プロローグ②

「リロ待って!」


 後を追うユーリィに続いて俺も侵入してしまう。

 中は国のシンボルカラーである白を基調とした内装で、足元には扉から祭壇まで薄いブルーの敷物が続いている。

 両サイドに金の装飾がしてあるその厳かな敷物を、俺達はズカズカと踏み付けて祭壇を目指した。


 その祭壇に、ルイス・パーバディを入れた立派な棺が置かれている。

 丁度その真上、高い天井には大きな窓が設置されており、そこから月明かりが真っ直ぐに伸びて棺を照らしてた。

 その神聖な景色に、俺はらしくもなく敬虔な気持ちなる。

 精霊の加護を持たない、この俺がだ。


「はわっ……」


 恐らく、ユーリィも同じ気持ちだったのだろう。

隣りで息を飲む音が聞こえた。

 しかし、そんな事を感じていたのは俺とユーリィだけの様で、リロは速度を落とす事なく一直線に棺に駆け寄ると、おもむろに祭壇を駆け上がり、献花を蹴散らしてガッシと棺の底に手を掛けた。


「何やってんの二人共! 早くそっち側持って!!」 


「何やってんのはこっちの台詞だよぅ! バチ当たっても知らないんだからね?」


 言いながらもユーリィはそろそろとリロに続いて祭壇を上り、棺の反対側に手を掛けた。


「ううううおおおおおおおお!!!」

「ふっ……んんん!」


 棺の両端をそれぞれ持ちながら何とか持ち上げようと力を振り絞る二人の少女。

 その行動と形相に俺は心底引いた。


 だいたい……無理だと思う。


 ルイス団長は身長一九〇センチ、体重百キロオーバーの大男だ。

 その重量の殆どは筋肉で、更に愛用の鎧を着せたまま納棺していた筈である。

 それに加えその立派過ぎる棺は、装飾部分だけでもかなりの重さになると思われる。

 総重量が一体何キロなのか見当も付かないが、此処に運び込むのにも相当な男手が必要だっただろう。


「アン! ユーリの方に加勢してあげてえええええ!」


 俺がユーリィに加勢すればお前の方は何とかなるとでも言うのか。


「無理だリロ。例え持ち上がったとして一歩でも動けると思うか?」


「やってみなきゃ! わっかんないでしょおおおおお!」


 分かって欲しい……。

 そろそろ血管が千切れやしないかと心配になった頃にユーリィの方が根を上げた。


「はぁっ……はぁっ……もっ……無理……」


 その様子を見たリロも真っ赤な顔で棺を睨み、とうとうドサリと棺の上に突っ伏した。


「……重いよぉ……団長……」


 そう呟き、エンジンが切れた様にリロが大人しくなると、静寂の中にしばらく二人の息遣いだけが響いていた。


 しばらく無言のまま、三人でただルイス団長の棺を眺める。


「ねぇリロ? 棺を運び出して、どうするつもりだったの?」


 ポツリとユーリィが静寂を破る。


「精霊の山の頂上に……連れて行こうと思った……」


「それって……」


 ユーリィが神妙な顔で聞いてやってるが、それはあまりにも幼稚な提案であった。

 精霊の山の頂上、そこに住まう光の精霊は不老不死の力を司っていると言う……誰もが知っているそんなおとぎ話がある。

 つまりそのおとぎ話に縋ってみようとしたって事だ。


 まぁ実際に精霊は存在して、産まれながらにその加護を受けている人種が居る事はもちろん知っている。

 だいたいの人間には縁のない話だが、国の象徴、シェークスト騎士団にはそう行った『加護付き』がゴロゴロ居るわけだしな。

 しかし何百年もの間、精霊は火、水、土、風の四つのみで、光の精霊なんて物の存在は今のところ認められていないし居るとも思えない。


「はぁ~~~」


 俺は聞こえよがしにため息をつく。

 それに気付いたリロは棺の前で座り込んだまま、「そのため息は何よ?」と目で訴えて来た。

 すると、何となく不穏な空気を感じたユーリィがとりあえず理屈でリロを宥めに掛かる。 

 しかし、理屈でリロの暴走が収まるのなら今こんな事をしている筈はないんだが。


「で……でもさリロ? ちゃんと精霊の山の頂上まで運べたとしても……あの……山まですごく遠いの知ってるでしょう? この棺を担ぎながら、何日も掛けて上ってたら、団長がドロンドロンに腐っちゃうよ」


「……っっっ?!!!」


「あっ! ごめん!」


 結局、ユーリィの遠慮のない物言いに、リロは真っ赤な顔をして絶句してしまった。まだ堪えているが……。

 泣けば良いのに。


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