第12話 良い人
「お……お前……」
「リロ~! もう~、まずいよさすがに! ちゃんと謝って!」
「……ご……ごめんなさい……こんな事するつもりは……ちゃんと、ちゃんと話し合いをするつもりで……私……」
ユーリにそう言われてリロが素直に頭を下げて来たが、これは……謝れば良いと言う問題なのだろうか。
「おいおいおい……あんたに物申すといちいちこうなちゃうのかよ? 話し合いするつもりだった? じゃあ精霊が勝手にやったって事だな? なぁ? 加護付きって奴はどいつもこいつもこんな危ない奴ってわけか、それなのに試験免除で堂々と此処に居れるってどんなご身分だ?」
可愛いだけで何でも許されると思ったら大間違いだ。
しかも上着をダメにされるのは二度目だからな。一体俺の上着に何の恨みがあるってんだ。
「違っ……!」
「そんな言い方ないだろう!」
俺の言葉にリロが反論しようと口を開くと、教室のどこかからリロを擁護する声が上がった。
それを皮切りに其処此処から声が上がる。
「加護を侮辱する気か」
「女の子をいじめるな」
「最初に態度が悪かったのはお前」
しかしその中には俺を擁護する声も同じくらい混じっていた。
「燃やすなんてありえない」
「本当に精霊が勝手にやったのか」
「扱いを抑えるべき」
いつの間にか、それは教室中を巻き込む騒動になり、もう俺達の関係ないところでまで言い争いが始まっている。
それもいたる所で……。
その構図はもしかしたら加護付きとそうでない者の争いだったのかも知れない。
アッシュは加護付きだからどう考えてもあの発言はまずかったワケだがそんなものは関係なさそうだ。
結局、騒ぎは拡大をし続け、担任の教師が教室に入って来た事でどうにかおさまったカタチになった。
そして一体何の騒ぎだったのかと説明を求められ、俺とリロは諸悪の根源とされてしまったのである。
「なるほど分かりました~。二人とも、とーっても仲良しみたいなのでもっと仲良くなるために校舎裏の草むしり、お願いしますね~。入学前に業者を頼んだんだけどめっちゃ適当な業者でね~。え? 是非ともやって親睦を深めたいって? ああ~良かった良かった! これでもう二度とこんな騒ぎはおきませんね! 先生安心しましたぁ~」
……こうして、俺の学園デビューは……極力大人しく過ごして有力な情報を国に流す筈だった俺の学園デビューは、入学初日にクラスに強烈な印象を残すと言う結果になった。
つまり、大失敗だ……。
「ごめんリロ、草むしり手伝ってあげたいけど今日は用事があって……」
「良いよユーリ、頑張るよ。私が悪かったんだし……」
先に帰ると言うユーリに、リロはしおらしくそう言った。
しかし、担任が言った様にリロと親睦を深める必要はない。
それに、早々にこの学校の構造とかも詳しく見ておきたかったしな。
本来新入生が居たら不自然な校舎裏に堂々と行けるんなら別に悪い話じゃないぞ。
「おい、お前……じゃない、君も来なくて良いよ、僕一人でやるから」
アッシュならここに気弱そうな笑顔もプラスするんじゃないかな。
よし、ニコォ~。
「えっ! どうしてっ?」
そう言うリロの顔は嬉しそうだ。自分が悪いから頑張ると言っていたのに全く分かりやすい。
「イヤでしょう草むしりなんて。汚れるし臭いし虫も居るかも知れないし」
「……良いの? 本当に良いの? 汚れて臭くて虫が出るの、アンはイヤじゃないの?」
だからアンはやめろと言う言葉を飲み込む。そんな事でアッシュは怒らない。そう、それに……。
「全然イヤじゃないヨ、僕は植物が好きなんだヨ」
「もしかしてアンって……実はすごく良い人なの?」
ああ~草むしりやってやるってだけで良い人になっちゃうのかよ~。
こいつ本当に大丈夫か? すぐ人に騙されそうなんだが……。
いや、そんな説教アッシュはしない。
「そうだヨ、大人しくて目立たない優しい良い奴だヨ。さっきは入学初日に自分を変えたくてちょっといきがっちゃっただけだヨ」
こんな感じかな。基本敬語で喋るようにした方がやりやすいかも?
まぁちょっとくらい変でもリロなら……。
「そうだったんだ! ごめんね、ありがとう!」
ほらな。
あっさり信じたリロに胸を撫で下ろすも、こんな単純な少女と喧嘩をして大事にしてしまった自分を恥じる。
もっと冷静に……冷静にだ……俺は出来る筈なんだ……だからこそこの任務にも選ばれた。
早く本来の自分を取り戻そう、そう思ったのに、リロが聞いてもいない言葉を繋げる。
「私、草むしりがイヤなんじゃないけど、今日はどうしても探さなきゃならない人が居るの……つまり、運命の人をっ!」
ドクンと心臓が跳ね上がる。
おい待て、冷静にとさっき決めたばかりだろう。
もう居もしない昔の俺を運命の人だと言って健気に探そうとしている、そして会えるに違いないと信じて目を輝かせるリロなんかのたった一言に、俺は心を動かさない。
「もう……」
居ないんじゃないか? そう言おうとして止めた。
運命の人が誰なのかも知らずにこんな事を言うのはおかしい。
今日じゃなくても俺が居ないのはすぐに分かる。
きっと試験に落ちたのだと理解するだろう。
そうなったらもう、それでおしまいだ。
二度とリロにやきもきする事もなく上手くやれる筈。
何とか心の整理を付けて口を引き結んだ直後、新たな刺客が俺の前に現れる。
まるで金縛りにあった様に身体が不自然に固まってしまうが、リロはまだ気付いていない。
「もしかしたらまだ学校内に居るかも知れなくて……ごめんね! 後でちゃんと話すわ!」
そう言ってくるりと後ろに駆け出そうとした小さな光は、背後の巨大な壁にぶつかって吸収されてしまった。
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