第11話 アスバルト

「……てことで以上です。みんな頑張ってよね、待ってま~す」 


 一応ちゃんと聞いていたが、特にたいした話しはしないままルイスは壇上から去った。

 長話を聞かせるテクニックもない癖に、何か良い事言おうとしてダラダラ喋りまくってた大人たちに比べればマシだな。

 俺以外の生徒たちはすっかりルイスに傾倒してしまった様だ。まぁ、一目見てそうなってしまったのだろうが。


 結局ルイスが一人で全部掻っ攫って行ったかたちの入学式は、終わった。

 これから座学用の教室に向かい、この学校についての説明などがある。

 それが終わったら今日は終わりだ。本格的な授業は明日からになる。


 さて……と自分の教室に入り、今朝と同じ様に、どうも生徒たちの視線を集めている奴が居るなと気付く。

 おい待てよ……まさか。

 教室の一角が、ほんのり光っているような気がしてそちらに視線を向ける。


 そこに……リルベリー・シャンゼロロの姿を発見して、俺はゆっくり溜息を吐いた。


 これは浮かれて良い状況ではない。

 本来の姿であそこまで接触したのは、もうあまり関わらない状況を作れると勝手に思っていたからだ。

 まさか同じクラスになるなんて……ああいや、確率の話しをするならばそんなにおかしな事ではない。

 あの時の俺はここまで考えが及ばなかったのだ。

 つまり、浮かれていた。

 しかし今の俺は地味で大人しいアシュバルト・アレンだ。おそらくヒエラルキー的に上位に行くであろうリロと関わる事など……。


「あたしリロ! よろしくね」


 どう言う法則で並べられたか分からないが、黒板に張り付けられた席順によると俺はリロの隣に配置されていた。


「俺……僕は、アシュバルト・アレン……です」


 名前くらいはな。入学したら教えてやるって約束だったし。

 たったこれだけの接触を果たした俺に、クラスの男連中……いや女も含めて、羨望の眼差しを向けているのが分かった。


「アスバルトかぁ~カッコ良い名前~」


 ……は?


 たまたま席が隣になった地味な俺に、名前とは言え……こいつ、誰にでもカッコ良いとかそーゆーナンパな事言う奴なのか。

 別にガッカリする事じゃないが。

 てゆーかアスバルトじゃねーよ。


「アシュバルト! ア、シュ! バルトだ」


「ア! ス! バルト!」


「シュ!」

「ス!」


「……この発音苦手なのか?」


「いっ……言えてる! 言えてるもん! ねぇユーリ言えてるよね!?」


 埒が明かないと思った俺がそう返すと、リロは反対隣に座っていた女生徒に助けを求めた。

 ユーリ、聞き覚えのある名前だ。


 栗色の髪に、落ち着いたグリーンの瞳。

 それを縁取る上品なフレームの眼鏡が印象的だった。

 リロの様な派手さはないがこういう、ちょっと大人しそうなタイプの方が好みだと言う奴も多いだろう。


「え? あ、あーうーん、まぁアシュバルト君って呼ぶのも長いし、愛称で呼んだら良いじゃないかしら? アッシュ君とか」


 柔らかな物腰で、興奮しているリロを宥める様にユーリと呼ばれた女生徒が答える。

 言えてたか言えてないかには触れないと言う平和的な方向だったが、何か解決されたのだろうかそれで。


「なるほど! アッスね!」


 やっぱり何も解決してないじゃないか。


「言えてないぞ」


「あっ! じゃーさ! 私リルベリー・シャンゼロロでリロって呼ばれてるの。だからあなたの事……アンって呼ぶね!」


 名前の頭と最後をくっ付けて愛称にするパターンを提案して来たリロに俺は被せ気味でこう言った。


「やめろ、女みたいじゃないか」


「良いじゃない可愛いし」


「絶対やめろ。もう良い、呼ばないでくれ。俺に構うな」


 しまった、こんなに話しを続ける事はなかったんだ。

 アッシュだろうがアッスだろうがどうでも良い。適当にそうですよろしくお願いしますって言うだけで良かったじゃないか。

 それなのにこいつが……。くそ、どうにもペースを乱される。

 そう思ったら今度は極端に冷たくしてしまった。

 これもこれでまずったな……と、自分の未熟さを反省した途端に、もう手遅れだと思い知らされる事になる。


「……そーゆーのって……良くないと思うよ!」


 怒らせてしまった……。


「せっかく同じ学校で同じ目標に向かって頑張って行くのに、どうして最初からそんなに否定的なの?」


 残念。俺とお前の目標は同じじゃない。真逆だ。


 しかしまずい事になった。

 初日から、ただでさえ目立つリロと口論するなんて避けねばならない。

 現にさっきまでと比べて注目度は上がっている筈だ。


 反対隣に居るユーリが小声でリロを窘めている様だが、どうにもリロは顔を真っ赤にして怒っている。

 きっとその容姿のお陰でこんな扱いをされた事がなかったんだろうな。とりあえず謝ってしまおう。


「悪かった。ごめんね」


「思ってない! 私そうゆーの分かるんだからね!」


 ……面倒くさい女だな。


 もうこのままではダメだ。

 明日からとことん大人しくすればなんとかなる。

 ここは多少目立って見えてもリロに嫌われるくらいでちょうど良い。

 とことん嫌われて一切関わらないようにするんだ。


「悪いと思ってないけどお前と関わりたくないの、察せよ」


「もぉぉぉ! そーゆーのっ! 絶対良くないよ! どうして意地悪な言い方するの!」


「意地悪じゃない、思った事を言っているだけだ」


「ひどいっ……ひどいよ……」


 お? 泣くのか? 泣く程の事を言った覚えは……。


「リロ! ダメだよ!」


 ユーリが慌てた様子でそう声をあげる。リロはビクリと体を震わせて何かに耐える様な仕草をした。


「ううう……」


 きつく目を閉じて自身を抱き締める。

 一体どうしたって言うんだ……そう思ったと同時に体の周りの温度が急激に上がった様な気がした。

 しかしそれはほんの一瞬で、今度はさっきまでよりうすら寒くなった。


「……?」


 足元に何かがハラハラと落ちてくる。視線を落とすと、それは何か布の様なものの燃えカスに見えた。

 教室がざわつき出し、まさか? と足元の布の燃えカスを拾い上げ確認する。

 それは、俺の制服の上着の残骸だった。

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