第13話 飛べない天使
「わっぷ!」
リロの頭が結構な勢いで胸下にぶつかったが、その人物は小動もしなかった。
「ダメだろリロ? 何やったか知らないけど罰はちゃんと受けろ」
そう優しくリロを見下ろすのは……。
「はうっ?! ルイス団長!」
壇上で見た時とはまた違うオーラを纏っているように見えた。
あの時よりも親しみやすさは感じるが……俺にとっちゃバケモノで間違いない。
と言うかこいつ、さっきリロって呼んだな。まさかこの二人知り合いなのか?
「どどどどどうしたんですかぁ~~~!」
その割にはリロが動揺しまくってる。顔も紅潮してるし、慌てながらも嬉しそうなのが一目瞭然だ。
「入学式の挨拶の後色々講師達と話しがあってな。手が空いたから生徒たちの様子でも見ようかと思ったんだけど……今日はもう終わりだったんだなぁ、お前たち以外」
わざとらしく最後の言葉を押し付け、リロに草むしりをする様にと言っている。
「ううっ……頑張って草むしります……」
「うんうん、そうしろ! ん? どうしたお前? 具合でも会悪いのか? 汗すごいぞ?」
ふいにルイスが俺にそう声を掛ける。
変に固まったままだった身体から嫌な汗が大量に吹き出していたのだ。
何も慌てる事はない。俺はただの、アシュバルト・アレンなんだから。
「あ……いや、憧れのルイス団長と思わぬところでお会いできてしまったので、少々緊張しているだけです」
「はははっ! 緊張なんてされる身分じゃねぇよ」
十分そんな身分なのは自分でも分かっている筈だが、まんざらでもなさそうにルイスが笑い飛ばしてくれて助かった。
「じゃ、リロ、ちゃんと頑張れよ?」
「はい! 頑張ります!」
「よしよし偉いぞ」
ルイスが馴れ馴れしくリロの頭をぽんぽんと軽く叩いた。
女はこれをやられると喜ぶんだそうだ。ザカエラが言っていた。
なるほど嘘じゃなさそうだとリロの顔を見て納得する。
「君も頑張り給えよ」
今度は俺の方にも手を伸ばす。
あんまり触られたくなかったが大人しくそのままにしていると、リロとは違い、少々乱暴に頭をくしゃくしゃと撫でられた。
「……いっ!」
変に一本引っ張られた感覚があり、思わず声が漏れる。
「あー悪い、ささくれに髪の毛引っ掛かっちまったな、許せ。じゃーしっかりやるんだぞ」
背中を向けて去りながら片手をひらひらと振るルイス。
リロはそんなルイスの後姿をうっとりと眺めていた。
両手を胸の前で組みながら……。
そうしてルイスが見えなくなるとほんのりと頬を染めながら俺に向き直ってこう言った。
「……カッコ良いね!」
「……そうですね」
髪の毛を直しながら、俺はそれだけ言うので精一杯だ。
カッコ良い?
普通だろ。オーラは異常だけど顔そのものはそうでもない。
そのオーラも慣れちまえばどうって事ない筈だ。
認識が甘かっただけでそのつもりで見ればオーラだって普通だろ。
だったらあんなのただのでっかいおっさんじゃないか。
改めて、大嫌いだ。
「ルイス団長と知り合いなんですか?」
指定された校舎裏へ移動し、草をむしりながら俺はリロにそう尋ねた。
「うん」
慌てて帰ろうとしていた癖に、あれからずっとリロはにやにやしている。
なんでご機嫌なんだよ。
この草の量分かってんのかよ。
日も当たらないこんな場所でよくもまぁ元気に育っているもんだ。
「私、十歳くらいの時にね、当時団長に就任したばかりの団長に助けられたんだぁ」
ああ、なるほどね。
リロならそんなシチュエーション作ったら一発だろうな。
確かルイスの団長就任は異例の速さの二十五歳って言ったか。
くそ、この草根っこ深過ぎだろ。
「今でもそうだけど、子供の頃はもっと精霊の扱い方が分からなくて、お母さんが死んじゃった時に、もう会えないんだって言う悲しみと、どうして私を置いて行っちゃったのって言う怒りで自分が居なくなっちゃったの」
自分が居なくなる……ねぇ?
妙な表現だが何となく分かる。
げ、ミミズだ。あっち行け。
「精霊が大暴走して、このままじゃ皆に迷惑かけちゃうと思った私は、炎と水を纏いながら街の大時鐘へ登ってお祈りしたら間違えて落ちちゃったの」
おいおいおい何だかヘビーな過去語り出してないか。聞いてないのに語り出してないか。
たぶんこいつ説明とか下手くそなタイプだからちゃんと伝わって来てるのか心配だけど、それって一歩間違えたら死んでたって事で良いんだよな……あ、いかん。
さすがに草をむしる手も止まった。
「それを颯爽と助けてくれたのがルイス団長だったの!」
「へー。それはカッコ良いですね」
「でしょう! 普通ならドーン! ってなるところをルイス団長がふわぁ~ってお姫様抱っこ! そしてこう言ったの! 飛べない天使も居るんだなっ……て!」
「へー。それはクソ寒……カッコ良いですね」
良くそんな寒い事言えるな。鳥肌立ったわ。
だけどまぁ、弱りきってる時に圧倒的な存在に出会うとそんなセリフでも刺さってしまうのは分かる。
子供の頃なら尚更だ。
俺も……、エフィームに引き取られてしばらくは、俺を救ってくれた唯一の大人だと思って盲信してたもんだ。
そのうちやべぇ大人だったと気付いたが。
あークソ終わんねぇ~。暗くなっちまうじゃないか手を動かせよなリロ。
「私、その時からルイス団長が大好きで、騎士団の……第一小隊を目指してるの!」
つまりルイスが率いるエリートだらけの小隊に入りたいってワケか。
ま、任務上それは俺も目指すところではあるんだがな。
それにしてもこの……雑草の逞しい事よ。
「そうですか、大好きなんですか、頑張って下さいね」
大丈夫。大丈夫だ。
俺は何もショックを受けていない。
ただ、目の前の草をむしる事だけを考えている。
そうだろ? だからもしかして、さっきリロが言っていた運命の人ってのが俺じゃなくてルイスの可能性があったってそれを確かめたりしない。いや、もしそうならルイスが急に背後に現れた時あのリアクションはおかしいよな。いやでも命の恩人とたまたま出会った赤毛の男どっちに運命を感じるかって言われたら聞くまでもない。いやいやでも十歳の時に二十五歳って普通におっさんだろ。いやいやいやでも運命の人を探しに行くと言って慌てていたのに今のこの落ち着き様はすべてを物語っているんじゃないか。いやいやいやいやでも……!
草むしりをしよう!
リルベリー・シャンゼロロは惚れっぽい浮かれた女で、その場の空気に流されやすい。
ルイス・パーバディは俺の大嫌いなタイプの大人でとっとと殺してやりたい。
それが分かっただけで今日の収穫としては十分だ。
今後、冷静に事を進められるだろう。
いやそれどころか、これは大いに利用するべきではないか?
リロとはあまり関わらない様にと思っていたが、ルイスと知り合いだと言うのなら奴と関わるチャンスが増えるかも知れない。
一度草むしりを全部請け負ってやると言ったお陰で良い人と思われているしな。
「僕も……団長の事は尊敬しているので、今度色々教えてくれませんか?」
リロは一度意外そうな顔を見せた後で満面の笑みを浮かべてこう言った。
「うん! もちろん良いよ! 私、団長がどこで私服買ってるかとかも知ってるよ! 男性向けブランドだから私は真似出来ないけど、アンなら……」
「あ、別に真似したいワケでは……はは。じゃあ……今度お願いします」
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