第9話 年上
「お前の風の精霊に爆発の力なんてあるのか?」
アッシュの背中を見送り、俺は愛剣を鞘に納めながら怒り顔のザカエラに確認する。
「あるわけないっちゃ。あんたがアホな事しよるからこんくらいの脅しは必要やろ。本当になんて事してくれたんちゃ」
「気に入らないなら追い掛けて行って殺せよ」
俺の言葉にザカエラが複雑そうな表情を見せ、窓際のリュウセイランとやらに目を向けた。
「……聞いた? この期に及んであの花に水ばやってくれって……」
「ああ……」
「……」
「ふっ……!」
「笑い事じゃなか! けど……、うちだってさすがに気が削がれたばい……ばってん万が一にもエフィームの耳に入ったらえらい事だっちゃ」
ザカエラはそう呟き頭を振って気を引き締めた様だった。
「つまり……うちはしばらくあん子を見張らんといけんくなった。顔を変える必要もあるかも知れんやろね。しばらくあんた一人でうまくやりなさいよ。時々様子は見に来るから……じゃあね、……アッシュ!」
最後にわざとらしく名前を呼び、ザカエラは慌ただしくアッシュの後を追って出て行った。
俺は静かになった家を改めて見回して、水場に掛けてある鏡の前へ進んだ。そこに見慣れた赤毛はない。
「今日からここが、俺の家……そして俺が、アシュバルト・アレン」
しっかりと確認する様に、俺はそう声に出した。
☆
入学までの一ヶ月、俺はアッシュとして過ごした。いや、もちろん今後もずっとそうなる。
まずは通っていた剣術道場に、騎士学校での授業があるからもう辞めると言いに行った。きょとんとした顔で「それは一週間前に聞いた」と返され冷や汗。
ザカエラがその辺の事も詳しく知っていた筈だがあれから全然顔を出さないので気を利かせたらこの様だ。
思いがけず一人になってしまった事の代償はその他もろもろあった。
いくらアッシュの交流関係が狭くても、いつも行っていたらしいパン屋のおばちゃんとか、隣の家に住むおっさんとか、街を歩いていてあいさつ程度の声を掛けられる事がある。
そう言う場合どんな対応が正しいのか、一ヶ月かけてザカエラの情報を元に準備を進める筈だったんだ。
しかし、やきもきしたのは最初の数日だけだった。
アッシュの交流の狭さに加えて、大人しさ……と言うか無個性さは、俺が多少挙動不審だったとして顔見知り程度には特に気にされない様だ。
そんなアッシュの生き方に感謝すると同時に、どうかトアナで幸せになってくれ、なんて……バカか俺は。
そして、窓際にあったリュウセイランは枯れ、入学式を迎える頃には、俺はなんの支障もなくアシュバルト・アレンとして生きる事が出来ていたのだ。
シェークスト騎士団学校。
このシェークストと言う国の柱、シェークスト騎士団への入団が見込める若者達を育てる学校だ。
後の英雄が誕生するかもしれないワケで、その注目度は当然高い。
入学式当日、学校のエントランスへ続く路は、両端を騎士団のエンブレムやイメージカラーのリボンで彩られていた。
そしてそのリボンはバリケードの役割も果たしているらしい。リボンの向こうでは大勢の人が未来の英雄候補の初登校を見守っているのだ。
俺はだいぶ恥ずかしいが、他の生徒たちは真新しい制服に身を包み、どこか誇らしげに胸を張って歩いている。
ギャラリーは特に個人を見ているワケではなく全体を楽しんでいたのだろうが、ふと、ギャラリーの視線が集まっているポイントがある事に気が付いた。
どうやら俺の左斜め後方だ。
俺以外にもその視線の先に気付いた勘の良いのも居て、すぐ前を歩く二人組が我慢できずに後ろを振り返った。
「うぉっ……」
「おお……」
二人は似た様なリアクションをすると声を揃えて言う。
「「可愛い……」」
そう言う事か。くだらない……と思ってからすぐに思い当たった。
可愛いと言うだけでこれだけ視線を集められるのはただごとではない。
しかし俺は、この街でそのレベルにある少女を一人知っている。
そしてあのレベルはそうは居ない。
さらに春から騎士団学校へ入ると本人が言っており、精霊も目の前で見たので試験も免除されている。
これだけ材料が揃えばもう疑いようもない、きっとこの視線を集めているのは……。
あの日の少女、リルベリー・シャンゼロロ……リロに違いない。
そう思ったら、考えるより先に振り返ってしまった。
「……っ」
あやうく俺も馬鹿みたいに独り言をぶちまけるところだった。俺はお前らより実際は二つも年上だからな。これが理性ってやつよ。まぁガキじゃ無理もないだろ。
朝の光よりも眩しく、木々の緑よりも瑞々しく、リルベリー・シャンゼロロは花のように歩いていた。
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