第31話 任務遂行
「昨日は大変だっただろう。命令違反、本当はリロが言い出したんじゃないのか?」
拘りのカップは、ルイスの手には小さい様に見えたが、それでも満足そうに紅茶をすすりながらルイスが言った。
そこまで分かっていて良く俺をこき使おうと思ったもんだ。
「あいつの事は昔から知ってるんだ、だから何となく分かるよ、そうなんだろ?」
昔から知ってるから何だってんだ。気に入らない。気に入らない気に入らない。
「何となくって……その前に、風の精霊で見張らせてたんじゃないんですか?」
「ははっ! あんなのハッタリさ! 詳細な会話まで分かるわけないだろう。でも当たりだろ? 今でこそ持ち前の能天気さで元気に明るくやってるが、一時期ちょっと見てられないくらいに荒れてたみたいでな」
「知ってますよ。大時鐘から落っこちたんでしょう」
こんな事、きっとユーリィだって知ってるだろうに。俺は何を張り合っているんだか。
「ははっ! そうそう、祈りを届ける鐘にうんと近付けば間違いないだろうって子供の考えだったらしいんだが……みんなに迷惑を掛けたくないと祈ったら落っこちた……自分が居ない方が良いんだと神様に言われた気がしたと言ってたよ。あり得ないだろう? あんなに可愛いのに」
飛べない天使だとか何とか寒い事言ったのも知ってるぞ。
神様に否定されたところを天使だと言って助けられたら寒いとは思わないんだな。
「実際あいつの精霊の力はちょっと特殊過ぎる。相反する加護を受けてしまったせいなのか、どうにもコントロールが難しいらしいからな。だが年月を掛けてうまい付き合い方を覚えて行けばきっと偉大な騎士になれる筈だ。何か良いキッカケでもあればと思うんだがな」
「随分気に掛けているんですね。そりゃリロも……その気になるでしょう」
「ははっ! 後もう五年経ったらちょっとは真剣に考えてやらないでもないかな」
白い歯を見せて笑うルイスに殺意が沸く。
もし俺が、マサキとしてちゃんと普通に出会っていたら、きっと俺達は……。
いや、そうだろうか、分からない。リロは俺を運命だと言った。でも、こいつが居たらダメな気がする。
「おっ、そうだそうだ!」
ルイスは紅茶を飲み干すと、鍛冶屋に鍛え直してもらった剣を持って来ておもむろに俺に突き出した。
もちろん鞘に納めたままだが俺は少し驚いて身を引いてしまう。
「リロが無茶したせいで、お前愛剣持ってかれただろ! これ使え」
「え……?」
戸惑いながらも受け取ってそっと鞘から引き抜いて剣身を確認した。
俺が今まで使っていたものより明らかに良いものだ。まるで炉から出したばかりの様に、西日を浴びてオレンジ色に輝いては存在を主張した。
「俺が使ってたやつだけど、もっと重量のあるやつ新調したんでな」
「良いんですか」
今俺に、こんな物を預けて。
使ってくれと微笑むルイスに、朝からザワザワ騒いでいた血が急に落ち着きを取り戻したように感じた。
それだけじゃない、今の俺の血に不純物はない。
ただ、目の前のこの男を殺す為だけに流れている。
その為に来たのに、色々と余計な物を入れてしまったもんだ。
「言っておきますけど、命令違反をしたのは……僕です」
最初にアッシュを逃がした、それがそもそもの間違いだった。あの時、アッシュと共に俺の自我なんて殺すべきだったんだ。
そしたらずっと、綺麗な血で居られた。
「ふぅん? 意外だな」
幼い仕草でルイスが首を傾げる。
「……もう二度と……逆らいませんよ……。一人前になったつもりで命令に背いても辛いだけです。立場を考えるべきだったんだ……」
「おいおい、俺はそこまで言ってないぞ?」
困惑するルイスに、特に弁明はしない。必要ないから。
「それともお前は……どこかの犬なのか?」
綺麗な血が、一瞬で燃え上がった。
そこまでは言ってないと言いながら、言ってはいけない事を言われた気分だ。
「お前に言われる事じゃねぇんだよ!!」
俺とルイスの間を遮る小さなテーブルを蹴り飛ばすと、上に乗っていたカップが飛んだ。
「あっ……! お前っ……!」
ルイスが空中のカップを追いかける。
狙ったワケではないがルイスの脇ががらあきだった。
右腕を突き出せば、それで終わりじゃないか。
本当に? 本当にこんな事で終わるのか?
終われ!
全身全霊で、右腕をただ、伸ばす。
何千何万と繰り返し稽古をして来た基本の型だ。
ああルイス、良い剣だな。何の迷いもなく、お前の中に入って行くじゃないか……。
「あぐっ……!」
剣が背中まで突き抜け、ルイスの口から苦しげな声が漏れた。カップを見詰めていた視線が、ゆっくり降りて俺を確認する。
「アッ……シュ……」
素早く剣を引き抜き、次の一撃をと構えたところで、ルイスは豪快に前のめりで倒れた。
後ろに飛びのくと、ルイスが倒れたところからじわじわと血が広がった。
「……はっ……はぁっ……はっ……はっ……」
血振りをして剣を鞘に納める。
惰性だったがここまでが染みついた型だ。
息を整えながら、ルイスの血が絨毯を濡らして行くのをしばらく見詰めていた。
汚れてしまわない様に、一歩下がる。
「はぁ……はぁ……は……はは……」
馬鹿な奴!
カップを割られたくない一心で死んだ!
何て馬鹿なんだ! 油断しきってりゃ、俺にだって殺せるんだ! 死ねば精霊だって手を出せないじゃないか! ざまあみろ!
俺は護衛に怪しまれない様に極めて自然な態度で騎士団本部を後にした。
メインストリートを南下し、ザカエラが居るであろう家に向かう。
走り出したい気分だったが歩いた。
だがそれも、家が近付いて来るにつれて我慢出来なくなった。
間もなく到着と言うところで、俺はもうほとんど全力で走っていて、そのままの勢いでぶつかる様に家のドアを開けた。
「おいザカエラ! 居るな! 居るだろ!? ルイス・パーバディをぶっ殺したぞ! ああなぁおい居るんだろう! 出て来いよ聞かせてやるから! 簡単だったぜ! 騎士団に潜入するまでもねぇ!」
急に帰って来て喚き散らす俺に、血相を変えて二階からザカエラが降りて来る。
「マサキ……! おっ……落ち着くちゃ! 大声でなんっち事言うとるんちゃ!」
「ザカエラ!」
姿が見えた瞬間、ザカエラが階段を降り切る前に、俺は走り寄ってみっともなくザカエラにしがみ付いた。
「アイツさえ居なけば良いんだろう! 他に殺さなきゃいけない奴もいるかも知れないがそれは! もうそれは……」
もうそれはやらせないでくれ。頼む……。もうこれで十分だと言ってくれ……。
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