第5話 トラウマ
「はぁ? 別に緊張してない」
「あははっ、そうやね、とりあえず確認ばい。……名前は?」
必要ないと言うのにザカエラは、『緊張を和らげる為のおさらい』と言う名目を『ただの確認』にすり替えて強引に話しを進めた。
「ほら名前ばい!」
まぁ、暇だし、付き合ってやっても良いか。
「名前は……、アシュバルト・アレンだ」
名前はアシュバルト・アレン。そう言った俺にザカエラは次々に質問をし続けた。
「何て呼ばれる事が多いかな?」
「アッシュ」
「ふむ、ではアッシュ君、年は?」
「十七」
「それはマサキやろ」
「分かってるよ十五だ。はぁ、周りが馬鹿ばっかに見えそうだ」
「あんたいつも人をバカにしとるくせに今更やね。アッシュ君はあんたと違ってとても優しくて目立たなか子なんやから頼むよ?」
「俺だって優しいし……こんな髪じゃなかったら目立ってない」
「これから優しくなか事させるんやけど? ま、目立たないようにだけど」
「分かってる」
「じゃー続き、簡単に生い立ちばどうぞ」
「水の精霊の加護を持って生まれた。生まれてすぐに両親を亡くし祖父と二人暮らし。その祖父も去年殺された」
「殺しとらんちゃ、ずっと肺を患ってて亡くなりよったんだ」
「どうだか」
「これは本当ばい。もう! 真面目にやっちか!」
「はいはい。友達もなく、真面目さだけが取り柄なので剣術道場は休んだ事がない……が、てんで才能無し。でも精霊の加護を受けている事でかのエリート学校へ優先で入れちゃうお偉~い身分だ」
「加護付きに対しての劣等感ハンパなかちゃね……」
隠すつもりもないが図星を指されて少しムッとする。だいたい俺にこんな劣等感を与えたのはお前ら加護付きじゃないか。
「赤毛の加護無しは、せいぜい自分にやれる数少ない事をしっかりやらせて頂きますよ」
「いくらなんでも自虐過ぎだっちゃ。確かにエフィームのやり方は過激だったのかも知れんけんちゃ……少なくともうちはそんな風に思っちおらん」
その名を聞くだけで身が硬くなる。
エフィーム・クリフ。
敵国シェークストの要であるシェークスト騎士団。
次期団員を育てる騎士団養成学校へスパイの坊やを潜り込ませ、団長、ルイス・パーバディを殺すと言う、このイかれた計画の首謀者だ。
「せいぜいこれ以上嫌われない様にしっかりやるさ」
「エフィームはマサキに期待しとるんちゃ。そうでなきゃこんな任務をやらせるわけなかやろ?」
「どうかな? 俺の赤毛が鬱陶しくなったから何年もかかる長期任務に追いやっただけじゃないか?」
「そんな風に思ったらさすがにエフィームだってたまらんばい。血は繋がってなかけど、それでもマサキの唯一の家族じゃなかか」
家族ねぇ……と、もうすっかり癖になっている眉間の皺が寄る。
単に赤毛が不吉だったからか、他に事情があったかは知らないが、孤児院の前に捨てられてそこで育った俺をエフィームが引き取った。
他にも同い年くらいの少年は居たが、何故かエフィームは俺を選んだのだ。
俺が七歳、エフィームはまだ二十代半ばだったか……。
あれから十年が経つのに、思い返してみてもエフィームはあまり変わらない。
奴に付いている火の加護が可視化したかの様な真っ赤な瞳も、ルイスに勝るとも劣らない立派な体躯も、あの時のままだ。美しい銀髪が伸びたくらいか。
つまりは昔から……居るだけで俺の劣等感を刺激する存在なわけだ。
到底エフィームには理解できない感情だろうがな。
女は要らない。面倒なだけだ。
まだ子供の俺にそんな事を明け透けに喋る奴で、加護を持たない俺に徹底的に剣術を叩き込み、加護付きの人間にどうやって勝つか、その知恵も色々と授けた。
それに、何故かフィーゼント訛りが一切なく、一緒に暮らすうち俺の言葉も勝手にだいぶ矯正された。なので今もその部分の苦労は少ない。まぁザカエラ程露骨なのも珍しいんだがな。
「だから、感謝してるって言ってるだろ」
実際、家族と呼べるような関係ではなかったけど、剣を振るのはどうも性に合っているらしい。それに気付かせてくれた事は素直に感謝している。それだけだ。
「どうした? おさらいの続きをしろよ」
ザカエラの唇がまだ何か言いたそうに動いたのを見て、俺は乗り気ではなかった筈のおさらいを促した。
これ以上、エフィームの話題はごめんだ。
俺を忠実な自分の犬にでも仕立て上げるつもりだったんだろう、容赦のない訓練の数々……いや、調教か? とくかく色んなトラウマが蘇ってくる。
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