暴走
ケンドール家の当主であるドロウは、突然血相を変えて飛び込んできた息子に対して訝し気な視線を向けていた。
豪奢な家具や調度品が並べられた彼の私室は、そこに統一性はない。目に付いた豪華そうな品物を、ただ自身の威容を示すために集めたような空間だった。
そこにあるソファに腰掛け、昼間からワインを楽しんでいたドロウは、例えそれが息子であろうと突然の闖入に対して不愉快そうな表情を隠そうともしない。
「何をしている、ガエル?」
その背後では、開け放たれた扉の先から使用人達が不安そうに覗いている。
ドロウは視線で彼等を何処かにやると、改めて再度ガエルに問いかけた。
「ケンドール家の息子ともあろうものが、何を醜態を晒しているのだ」
「父さん! ……あの水晶の力を貸してくれ! こんな欠片じゃ駄目だ、こんなもので呼び出せる魔物じゃ……あいつには勝てない」
「何を馬鹿なことを。欠片だけとはいえ、それにはオークやゴブリンを呼び出す力がある。数で攻め立てれば、並みの冒険者風情では相手になるまい。それこそ、聖騎士や金等級冒険者レベルでなければな。それにだからこそ、クラリッサをお前に預けたのだ」
「……何がクラリッサだ! あんなの役立たずじゃないか! あのいけ好かない魔導師に、全く歯が立たなかったんだぞ!」
怒りに燃えるガエルの態度は、既にドロウが父親であることすらも忘れているのだろう。激しく吠えたてるように詰め寄ってくる。
「クラリッサが?」
ただ、幾ら冷静でないとはいえ息子の言葉に、ドロウも態度を改めることになった。
クラリッサはドロウが見つけてきた、逸材だ。その気性や性格面から表舞台には上がれないが、魔法学園に所属していた魔導師だ。
そんな彼女が相手にならない魔導師ならば、いったいどれほどの腕前なのか。
息子の怒りを鎮めることよりも、ドロウにとってはその魔導師を己のものにすることに興味が向いていたのも無理もない話だろう。
「クラリッサを容易く跳ねのける魔導師か。ならば、水晶の研究ももっと捗るだろうな」
元々、クラリッサを雇っていた理由はガエルにも預けてある水晶を解析させるためだ。
ある伝手で手に入れたこの水晶だが、その力には謎が多い。元々対立関係にあったロムリア家を滅ぼすことには成功したが、その力が制御できているとは言い難かった。
だからこそ、息子に欠片を与えて実験させていたとも言える。この家を乗っ取るための一件において、むしろドロウは水晶の力は無暗に使えるものではないと判断していた。
「父さん!」
「ガエルよ。その魔導師に興味が湧いた。頭を下げて、ここに連れてこい」
ドロウはガエルがイリスと、その周囲の人間に何をしたかを知らない。だからこそ気軽にそんなことが言えた。
ガエルは愚か者ではあるが、自分がしたことが既にイリスにとっては許されないであろうことは理解していた。だからこそ、父からのその命令に顔を青くする。
「だから、水晶本体の力をを使わせてもらえば」
「くどいぞ!」
ドロウが一喝し、ガエルが押し黙る。
散々甘やかされていた彼にとって、父に怒鳴られるなど初めてのことだった。
同時に、ドロウが所有するその水晶にそれだけの価値があることを、言外に伝えることになる。
「あれはまだその力の全てを解明できてはいない。確かに凄まじいものではあるが、使い方を誤って破滅しては元も子もあるまい」
その水晶を手に入れたとき、ドロウの野心は燃え盛った。
ロムリア家を滅ぼすほどの外道でもあるが、無謀ではない。強大な力だからこそ、慎重に事に及ぶべきと考える程度の老獪さは持っていた。
ドロウが判断を誤っていたとするならば。
自分自身のその考えを、息子に伝えることをしなかったことだろう。
「そうか」
「わかったならばさっさと」
静かな屋敷の中に、鞘から剣を抜く音が響く。
「何のつもりだ?」
「父さんはその力が惜しいんだろう。俺に使わせず、独り占めをして! 一人で贅沢を楽しむつもりなんだ!」
「何を言っている……?」
ドロウは戸惑いの後に、理解した。
殆ど関心のなかった息子。適当に甘やかし、欲しがるものは与えてきた。
彼が問題を起こしたときも、放逐するのではなく冒険者という形で社会勉強をさせる名目で遠ざけた。
「だから俺には冒険者なんて薄汚い仕事をさせて、自分はこんなところで酒を飲んで!」
父として、力は与えたつもりだった。
だがそれは、心が幼稚なまま大人になってしまった息子にとっては劇薬だったと。
今、ドロウは目の前に光る刃を見ながら後悔する。
「や、やめっ……!」
逃げる間もなかった。
ドロウの胸に、切っ先が滑り込んでいく。
「ごほっ……!」
そのまま口と斬られた個所から大量の血を吹き出して、ドロウは絶命する。
実の父の返り血を浴びたガエルは、その手に懐から取り出した水晶を握り、狂気の笑みを浮かべる。
「くくくっ……これで力を手に入れた。お前も本体に戻れて嬉しいだろう!」
彼はもう、父を殺したことには何の感慨も抱いていない。
ただその手に入った圧倒的な力。そしてそれを用いてこれから思う存分嬲れるであろう憎い女のことで頭が一杯になっていた。
血塗れのまま、ガエルは屋敷の地下にる宝物庫へと向かっていく。
その途中ですれ違った、悲鳴を上げる使用人達には一切目もくれずに。
どちらにしても、それは関係のないことだった。
それから数刻も出ずに、ケンドールに屋敷には大量の魔物が出現し、そこで働いていた人々は一切の情けもなく惨殺されてしまったのだから。
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