ガエルの企み
先日と同じように、イリスとルブリムの二人は冒険者ギルドにて飲み物を飲みながら待機していた。
とは言っても今日は何もしてこなかったわけではない。午前中はちゃんと薬草採取のクエストを受けて、それをこなしてきたところだ。
「うむ。ボク達も冒険者として形になってきたじゃないか」
報酬が入った袋を手に持ち、ご機嫌にイリスが言う。
隣のルブリムは、少しだけ不満そうな顔をしていた。
「まだ足りない」
「……む。まぁ、それはそうだけどね。君の家にも仕送りをすることを考えると、もっと稼ぐ必要がある」
「ん。それに、宿も変えたい」
「宿を? また急な話だな」
何かと制限こそあるものの、今泊まっている安宿についてはイリスはそこまで大きな不満はない。部屋の広さで言えば、魔法学園時代の寮とそれほど変わりはないことが大きかった。
勿論魔導師としての諸々の研究を考えればもっと空間が欲しいところではあるが、それは現状では贅沢と言うものだ。その程度の分別もイリスにはある……というか、その辺りに関しては無頓着なのがイリスという少女だった。
「でも、夜中に声を出すと怒られる」
「……それは今後も、ああいった行為をすると言うことかい?」
悪びれも恥ずかしげもなく、むしろ何処か満足そうな顔で、ルブリムが数度頷いた。
「……ボクとしてはその、まぁ、あんまり……うん」
「嫌だった?」
「いや、別に嫌だったというわけではないが」
「痛かった?」
「……それはまぁ、全く痛みがないと言えば嘘にはなるが、むしろ気持ち……って何を言わせるんだ昼間から!」
どうにも、昨夜の一軒以降ルブリムに手玉にとられているような気がしてならない。何とか主導権を回復したいところではある。
「よぉ」
どうしたものかとイリスが思案しようとしたところを、別の人物の声でそれが遮られた。
聞き覚えのある嫌なその声に、思いっきり不快感を表しながら振り返る。
そこに立っていたのは、先日ここでとっちめた男、ガエルだった。今日は珍しく取り巻きもおらず、彼一人だ。
「なんの用だい? 昨日の今日で声を掛けてくるような人だとは、正直思わなかったけどね」
「まあまあ、そう冷たいこと言わないでくれよ。昨日あれから、俺も考え直したんだ」
にやにやした笑みを浮かべながら、ガエルはそう口にする。どう見てもそれが本心には思えない、友好的というよりは下出に出ていると言った方がしっくりくる話し方だ。
ルブリムの方に視線を向けると、当然彼を警戒している。
「本当に、俺が悪かった! ちょっと調子に乗ってた部分があったみたいでよ、おかげで頭が冷えたんだ。今日は朝から迷惑をかけた連中に謝って回ってきてたんだよ」
別に彼が何をしていようが、それはイリスの知った話ではない。
明らかにそれを表情に出していると、ガエルは自分が歓迎されていないことに気付いてもいないのか、勝手に話を進めていく。
「そこでよ、強いあんたに折り入って頼みがあるんだ」
「頼み?」
「ああ。俺達が受けた魔物の討伐クエストだ。本当は仲間内だけで終わらせられると思ったんだが、思ったより手ごわくてな」
「ボク達にそれを手伝えと?」
「ああ、そうなんだ。凶暴なオーク達が大量にいてよ、手に余ってる」
「君達の実力なら、オークぐらいは楽に倒せるとは思うが?」
ガエルは腐っても銀等級の冒険者だ。そのぐらいのレベルならば、オークに苦戦するとは思えない。勿論、それが正規の方法で上がっていったのだとすればの話だが。
「数が多いんだ! それに普通の奴よりも強力でよ。これも無駄な犠牲を出さないためだと思って!」
頭を下げて頼み込んでくるガエル。
その拍子に、彼の懐から何かが床に落ちて音を立てて転がっていく。
「おっと」
ガエルは慌てた様子でそれを拾い上げて、懐にしまう。それから再度イリス達の方を見て、嫌な笑いを浮かべた。
「それに、お互いに得をする話だとも思うぜ。かなりの額の報酬が出るから、折半しても銅級とは比べ物にならないぐらいの金が手に入る。高難易度のクエストをこなしたってことが伝われば、昇進だって早くなる」
「ふむ」
イリスが指を顎に当てて、考え込むような仕草をする。
ルブリムはそれを不安そうに見ていたが、答えはすぐに出た。
「いいだろう」
「イリス」
ルブリムがイリスの服の方の辺りを引っ張った。暗に抵抗しているのだろうが、敢えてそれを無視する。
「協力しよう。ただし、今日一日でケリをつけることが条件だ」
「ああ構わねえよ! 目的地まではポータルの魔法で簡単に行けるし、すぐに倒しちまってくれ!」
それから準備を整えるために少し時間を貰い、集合場所を決めると、ガエルは勢いよく去っていった。
横を見ればルブリムが、明らかに不安そうな顔をしている。受付の奥でユスティもまた、同じようにイリスを見ていた。
「……言いたいことはわかるが、ちょっと気になることがあってね。大丈夫、彼が素直にボク達を頼ろうとしていないことぐらいはわかっているよ」
「……でも、危ない」
「そんなことは百も承知さ。冒険者になって、危険を冒さずに仕事ができるつもりなんてない。違うかい?」
イリスにそう言われては、ルブリムとしては返す言葉もなかった。
「それにいざという時のために君がいる。精々、ボクをちゃんと守ってくれたまえよ」
「……ん!」
「現金なものだね」
少しばかり呆れながらも、その力強い返事は頼りになる。
無事に了承を得たイリスは、手早く準備を整えてからガエルとの待ち合わせ場所に向かうのだった。
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