路地裏での一幕

 アルイースの街の路地裏。


 スラムに繋がるこの道は、表の住人が立ち入ることは殆どない。


 周りには家を持たない浮浪者が最低限地面に敷いた布の上に横たわり、ゴミや死体と判別もつかないような人間達が無造作に転がされていた。


 ガエルはイリスをパーティに誘ってから、そこにやってきていた。周りにはいつも通り取り巻きがいるが、その表情は明るいものではない。




「よぉし。連中、簡単に誘い出すことができたぜ。まったく、所詮は馬鹿な女共だ。ひょっとしたら、心の底では俺の奴隷になりたがってるのかもな」




 イリスの頭の中などわかるわけもないガエルは、事態が自分の思うように進んでいると思って、高らかに笑う。


 そして部下達を見渡す。彼等は殆どが表を歩けない犯罪者で、ガエルの父によりそれを許される代わりに息子の手足として扱われていた。




「お前等、作戦はわかってるな? 俺が目的地に奴等を連れて行って、この『魔物を呼び出して操る石』でオーク達を暴れさせる。乱戦になったら俺が奴等を背後から襲うから、そしたらお前等も戦いに加勢しろ」


「へ、へい……」




 部下達を代表して、取り巻きの男が返事をする。


 その気の入らなさに、ガエルは折角よくした機嫌をまた悪くすることになった。




「なんだぁ? 何が気に入らねえ? この石の力は本物だ。アルの森で実験して、凶暴なオークを大量に呼び出してやったんだ。もうちょっと力の使い方を覚えて始末してやろうと思ったが、誰かに先を越されちまったみたいだがな」


「い、いや、でも……」


「なんだよ? お前等もあのガキどもに痛い目に合わされただろうが! 殺そうなんて思ってねえよ。手足を捥いで、一生奴隷として使ってやろうってんだ!」




 ガエルの言葉に、誰かが唾を飲んだ。


 イリスに関してはまだ幼い見た目とはいえ、二人とも相当な美貌を持っている。確かにそれを今後長い間好きにできるというのならば、少しの危険を冒す価値はある。


 元々が私利私欲から犯罪に走った彼等は、短絡的にそう考えてしまっていた。




「それに金も入る。女に興味がないなら、そっちを多めに持っていけばいい」




 ガエルは次々と餌をぶら下げ、部下達の人心を掌握する。


 彼の父がこの辺りを治め、そして好き放題できるようになってからはずっとこうして部下達を操ってきたのだ。




「あたしは降りるよ」


「あぁん?」




 そう言ったのはあの時イリスに喧嘩を吹っ掛けた女魔導師だった。彼女はガエルにとっては貴重な魔導師の部下であり、同時に愛人のような存在でもある。




「何のつもりだ?」


「勝てない勝負をするつもりはないってことさ。あの魔導師、普通じゃない。ちょっとやそっとの浅知恵で勝てる相手じゃないよ」




 同じ魔導師だからこそ、それがわかってしまったのだろう。




「それにあの赤毛もバリアントだろ? バリアントが本気を出したら、騎士団一個小隊に相当するって噂は聞いたことあるんじゃないの?」


「臆病風に吹かれたってことか?」


「別にどう取ってもらってもいい。あたしは降りる。命あっての物種だからね」




 女の判断は正しかった。


 彼女は本能的か、それとも犯罪者に落ちたとしても魔導師としての知恵があったからか、相手の力量を見極めることができた。


 ――もっとも、狂気に駆られたこの男の前では、それも意味のないことだったが。




「そうか。なら都合がよかった」




 ガエルが剣を抜き、容赦なく女魔導師の足を突き刺す。




「いっ……!」




 女魔導師はその場に崩れ落ち、ガエルを睨みつけた。


 そこにすかさず、彼女を蹴飛ばして仰向けにしてから腹を踏みつける。




「がふっ!」


「魔法を使おうとか思うんじゃねえぞ。おい、喉を潰せ。そしたら後はお前等で好きにしろ」


「が、ガエルさん……?」


「報酬の前払いってやつだ。ちょっと年がいってるが、具合は悪くねえ。俺が奴等に取り入ってる間に、適当に使ってその辺りに捨てとけ。そしたら後はここのカス共が残飯処理してくれるだろうよ」




 言いながら、横目で浮浪者達を見る。


 汚らしい格好の男達は、期待を込めた目で女魔導師へと視線を送っていた。




「じゃあ、俺は行くからな。報酬の前払いも済んでるんだ。もし来なかったら、全員父さんに頼んで犯罪者に逆戻りだぞ」




 それだけ言い残して、ガエルはその場から去っていく。


 残された部下達は互いに顔を見合わせてから、一斉に女魔導師の身体を貪りにかかる。


 ただ刹那に生きる彼等にとって、目の前に転がった餌を食べることと、これから先に用意されているご馳走に胸を躍らせてガエルに服従すること。


 それ以外の選択肢など、最初から残されていないのだから。


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