不意打ち

 イリス達がガエルと一緒に向かったのは、街からそれほど離れていない場所にある岩山だった。


 この世界では魔法の技術の発展により、ポータルと呼ばれる魔法によって短距離の瞬間的な移動が可能となっている。


 もっともポータル自体を維持するのに定期的な魔力の補充が必要であったり、それを使用するためには国の規定で距離ごとにお金がかかるなど、万能と言うわけではない。


 とはいっても、今回のようにそれほど距離が離れていない場合には重宝する技術だった。


 それにより、イリス達はそれから一日も経たずにクエストの場所へとやってきていた。


 現在この場にいるのはイリスとルブリム、そしてガエルとその部下が二名。


 彼等は情けないことを腰が引けて、イリスを先頭にして岩山を進んでいる。




「ここは魔法鉱石の採掘場なんだが、最近魔物が住み着いちまったみたいでな」


「へぇ。魔法鉱石の。それは少し寄り道をしたくなるね」


「勘弁してくれよ。仕事が終わったら、採掘が再開されるみたいだからよ」




 以外にもガエルは、積極的にイリスに話しかけてきた。ルブリムはその横で、面白くなさそうにそれを聞いている。


 岩山に入ってからそれなり時間が経ったところで、いい加減にイリスの足腰に限界が近付いてきていた。




「ふぅ……。魔物というのはまだ出てこないのかい? そもそも、この辺りは採掘場からも遠いと思うのだけど」




 元々、イリスは体力には自信がない。ルブリムにおぶってもらうという手もあるにはあるが、ある理由から今回はそれをしなかった。




「確かそろそろだ。前回はこの辺りで」


「た、助けてくれぇ!」




 背後から大声が響く。


 振り返ってみれば、それまで一緒についてきたはずのガエルの部下達が姿を消していた。


 岩山の影に隠れて声こそ聞こえてくるが、彼等が何処にいるのかまでは把握することができない。




「世話が焼ける」




 イリスが振り返ろうとしたところで、ガエルが声をあげる。




「お、おい! あれ!」




 ガエルが指をさしたのは、イリス達の目の前に聳える岩山の上。


 そこにはオークを始めとする大勢の魔物達がこちらを見下ろすようにして立っていた。


 奴等は全員が息も荒く、明らかに興奮状態だ。縄張りに入ったからだろうか、イリス達を敵と見定め、血走った目を向けている。




「いつの間に……?」




 ルブリムも同じ感想を抱いたようだった。


 魔物達はまるで、イリス達の前に急に染み出すように現れていた。明らかに、潜めるような数でもないし、魔物はその手の行動はとらないと言われている。


 驚いている間にも、背後から聞こえてくる声と戦いの音は次第に激しさを増していく。彼等も同じように、急激に包囲されたと考えるのが妥当だろう。




「な、なぁ! 俺の部下を助けに行ってやってくれよ!」


「背中を向ければやられるよ」


「だから、そっちのバリアントがさ! ここは俺とあんたで何とかしようぜ!」




 そう言って、ガエルは剣を抜いた。




「……仕方ないか。人命を無駄にするわけにはいかない。ルブリム、行ってあげてくれ」


「……でも……!」




 ルブリムは不安そうに、イリスを見返す。


 彼女の言いたいことはよくわかるが、それでもこのままではガエルの部下達は命を落とす。救える命を見捨てる選択肢は、イリスにはなかった。




「大丈夫だ。ボクはこう見えても、結構強いんだから」


「……すぐ戻る」




 ルブリムが岩山の向こうまで駆け出していく。




「ガエル君、前線をお願いしていいかな?」


「ああ、任せろ!」




 岩山の上のオークが吠える。


 同時に何処に控えていた魔物達が一斉にそこを駆け下りてきた。




「オークに、ゴブリンか」




 どちらも人型をした魔物だが、その生態や文化形態が一緒なわけではない。


 だが、数少ない両者が交わる機会がある。それはお互いの生活圏が被った時だ。


 そうなると基本的に身体が大きく腕力のあるオークがゴブリンの群れを倒し、そのまま部下として扱う場合がある。




「つまり、かなりの群れがこの奥に控えている?」




 確認するように、イリスは一人呟く。


 だが、そんな情報は聞いていない。魔物達が群れを作っているとするならば、それは人間達にとっては大きな問題だ。真っ先に、ギルドに対して討伐以来が出されるだろう。




「お、おい! 戦ってくれよ!」




 気づけば、ガエルは魔物達の真ん中で奮闘していた。


 オーク数匹に囲まれても何とか捌き、数匹は薙ぎ倒しているところからするとやはり銀等級の冒険者と言うのは伊達ではないのかも知れない。


 彼の部下達の悲鳴も聞こえなくなり、恐らくはルブリムが戦場に到着したのだろう。




「すまないね」




 片手を掲げ、魔法を発動。


 凄まじい魔力の集まりに、殺到する魔物達すらも一瞬たじろぐ様子を見せた。




「《雷の鉄鎖》」




 掌から伸びた雷が、次々と魔物達を焼き焦がす。


 前回のオークはそれで片付けることができたが、今回は数も多く、それだけで全てを倒しきることができなかった。


 魔物達はガエルの裏で強力な魔物を放つ存在がいることに気付いて、一部攻撃の対象をそちらに切り替える。


 鞄からカートリッジを取り出して、魔力を補充する。




「ガエル君、下がってくれ。強力なのを撃つ」




 戦いに集中しているのか、ガエルの返事はない。


 今度は両手を前に突き出したところで、イリスの肩に焼けるような痛みが走った。

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