ルブリムの怒り
最後の一匹のオークの頭蓋を、ルブリムの一撃が砕く。
相変わらず武器を持っておらず、手にはオークから奪った棍棒が握られていた。
巨体が崩れ落ちるのを確認してから、ルブリムは戦場で尻餅をついている男達を見下ろした。外傷はなく、ただ単に腰が抜けただけのようだ。
「終わった」
「た、助かったぜ、へへっ」
男達二人は、締まりのない笑みを浮かべながら、立ち上がる。よくそんな態度で、ルブリムがくるまでの間を無傷で持ちこたえられたものだと感心する。
「じゃあ、わたしは行く」
「ちょ、ちょっと待ってくれよ!」
踵を返したルブリムの背後で、男達が慌てた声をあげた。
嫌そうに振り返ると、彼等は変わらず笑みを浮かべたまま話しかけてくる。
「また魔物が出たら今度こそ死んじまうよ! 俺達は楽な仕事だって聞いてたから、ここに来たんだ。話が違う!」
「そうだそうだ!」
「……知らない」
そんなことはルブリムも知ったことではない。後でガエルと好きなだけ揉めればいいだけのことだ。
「そもそも俺達、ガエルさん……ガエルの野郎に脅されてたんだ! 本当はもっと静かに生きてえんだよ」
「ああ、まったくまったく!」
一人が言うと、もう一人が相槌を打つ。そのやり取りに何の意味があるのかわからず、ルブリムの中に苛立ちが募っていく。
「頼む、岩山の外まで護衛してくれよ! あの魔法使いのお嬢ちゃんは強いから、あんたが少しぐらい離れても大丈夫だろ?」
「そうそう! それにガエルの野郎も性格はともかく、腕は立つ。だからすぐやられはしないって!」
馴れ馴れしく近寄ってきて、男達が肩を叩いてくる。
「わたしの知ったことじゃない。勝手に何処へでも行けばいい」
言い捨てて、彼等に背を向ける。
走りだそうとした直前、背後から殺気を感じ取ってその場から飛びのいた。
「ちっ! 外したか!」
「何やってんだ! こうなりゃ!」
「何を……!」
男が懐から何かを取り出す。
それはスクロールと呼ばれる道具で、使い捨てだがそこに封じられている魔法を発動させることができる。
「《ファイヤーボール!》」
凄まじい熱量の火球が飛来し、ルブリムに着弾し爆発する。
「やったか!?」
「へへっ、まだまだ! バリアントだ、多少痛めつけても原型は残るだろうよ!」
「《ファイアボルト!》」
次はファイヤーボールよりも小さな火球。
爆発ではなく相手を焼き焦がすための炎が、幾つもルブリムがいる場所に飛来する。
岩でできた地面が抉れ、辺りが炎に包まれた。
「とどめを刺しちまえ!」
「おうよ! 《ファイアーボール!》」
もう一撃、火球が飛んできてルブリムとその周囲の岩山を容赦なく爆破し、その衝撃と熱量で削り取ろうとする。
「へへっ、これでもう動けねえだろ」
男達の下品な声が響く。
確かに彼等が今放った魔法の数々は、普通の人間相手には過ぎたるものだろう。
少なくとも銅等級の冒険者の技術や装備で防ぎきれるものではない。
――相手が人間ならの話ではあるが。
煙が晴れたその先に、身体を庇った姿勢でルブリムは立ち続けていた。
それを見た男達の表情が、驚愕に歪む。
「生きてる……?」
「つ、次の魔法を撃て! 早く!」
「もうねえよ! 高いんだからよ!」
「畜生! 化け物め!」
男達が剣を抜く。
ルブリムの金の瞳が、怒りに燃える。
「……お前達は、殺す」
地を蹴る。
「へっ……?」
男達はルブリムが何をしたのか、何処に消えたのかを知覚することができなかった。
すぐ目の前に、赤毛の少女が現れる。
そのまま容赦なく首に手をかけ、凄まじい力を込めて握り込んだ。
「あっ、がっ……!」
ゴキリ、と。
嫌な音がする。
一切の情け容赦なく、男の身体から力が抜けた。
ぶらりと垂れ下がった身体に一切の興味を示さず、ルブリムは離れたところに投げ捨てる。
「ひ、ひぃ……!」
もう一人の男はその場に尻餅をついて、我武者羅に剣を振り回しながら後ずさり始める。
「た、助けてくれ! 本当は俺は嫌だったんだ! だが、ガエルとあいつが無理矢理……!」
ルブリムは彼の言葉など聞かずに、今しがた死亡した男が手から取り落とした剣を拾い上げた。
「なぁ、頼む! わ、わかった! 取引しようぜ、俺がガエルに言ってあんた達から手を引くように説得するからよ! だから……頼むよ、子供がいるんだよ! こうやって金を稼がないとっ……!」
男の口から溢れる命乞いの戯言が本当か嘘かなどルブリムにはどうでもいいことだ。
魔法を撃ちこまれた苦痛もそれほどではない。
だが、嘘を吐いた。そして今イリスを害しようとしている。それをできるだけ早く止めるために、彼等の言葉を聞いているのも面倒だっただけの話だ。
だから、剣を振り下ろす。
その頭蓋に真っ直ぐに。
男の頭部を貫通し、切っ先は折れながらも顔面から首までめり込んで、彼を一撃で絶命させた。
「イリス」
彼女の名を読んで、ルブリムはその場から駆け出す。
そこに無様に転がる死体二つなどに、一切目をくれることもないままに。
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