星の魔法
「やれやれ、してやられたね」
イリスの細い肩には一本の矢が刺さっていた。
そして現在、彼女を取り囲むのは無数の魔物達。
それに加えてガエルと、潜んでいたであろう彼の部下達が十名以上。
「へ、へへへっ! 馬鹿がぁ! まんまと引っかかりやがってえぇ! 今日ここにてめぇをおびき寄せたのは、全部この時のためなんだよぉ!」
矢を放ったのは彼の部下だった。それ以外にも、全員が武装して、中にはスクロールを構えている者もいる。
「参ったね」
痛みに疼く肩を抑えながら、イリスが呟く。
その悔しそうな声が届いたのだろう。ガエルは一層上機嫌になって声をあげた。
「ひゃはははっ! 少しばかり魔法が使えても、所詮はガキ一人! 俺の知略を見抜くことができなかったようだな! さあ、てめぇをどうしてやろうか! 全員で徹底的にいたぶって、手足を斬り落としてから一生奴隷として飼ってやろうかぁ!」
「……やれやれ、品がないものだ」
「なんとでも言え! 俺は勝者でお前は敗者! 勝者こそが全てだ! 全てを手に入れてお前は全てを奪われる! これが社会の常識なんだよ!」
「嫌な常識だよ」
「ひゃはははっ! 悔しそうだなぁ、おい! どんな気分だぁ? もうすぐ俺達にいたぶられて、魔物に殴られまくって、それから奴隷にされる気分ってのは! 教えてくれよお嬢ちゃん!」
「その魔物についてなんだが、こんなところでのんびりしていていいのかい? 奴等が君達を襲わない理由はないと思うけど」
「ひゃっはぁー! ぐへへへっ! 馬鹿め! お前は本当に馬鹿な女だ! 魔法しか取り柄のない馬鹿女め! この俺の、完璧な知略を誇るこの俺がその程度のことを考えていないとでも思ったのか!」
言いながら、ガエルは懐から何かを取り出す。
それはあの時彼が落とした、紫色に輝く水晶の欠片だった。
「全てはこいつの力だ! こいつは魔物を呼び出し操ることができる。最初から仕組まれてたんだよぉ! そんなこともわからねえなら、地面に這いつくばって全裸になって命乞いをしろぉ! 俺の靴を舐めやがれぇ!」
片手に水晶を大事そうに握りながら、高らかにガエルが語る。
周りの男達もそれに合わせるように、イリスを哄笑していた。彼等にとってはここで何が起こっているのかもわからず、ただ主の機嫌を損ねないようにそうしているのだろう。
「……なるほどね」
肩から手を退ける。
そこからは一切の傷が消えていたのだが、興奮状態にあるガエルは気が付いていないようだった。
「おぉっと! 魔法を撃とうとしても無駄だぁ! こっちには何枚のスクロールがあると思ってやがる! 役立たずを処分しても、俺達にはこういう賢い手段があるんだよ!」
ガエルの号令に、周りの連中が一斉にスクロールを構えた。
どうやらそれでイリスを仕留めるつもりらしい。
両者が動くその直前に、その更に後方から一人の女の声が響く。
「待ちなさい!」
黒髪を靡かせた鎧姿の少女が、そこに立っていた。
「あぁん?」
ガエルとイリスの視線がそちらに向けられる。
「ヘイゼル君……?」
「なんだてめぇ!」
「それはこちらの台詞です、ガエル! わたしの目には、これは冒険者仲間に対する暴行の現場に見えますが」
その背後からは、更に数人の冒険者がやってきていた。あの時イリス達が助けたリックもその中に混じっている。
「く、ち、違うんだよ……! こいつが俺達の報酬を奪おうとするから」
「残念ですがガエル、貴方の言い訳は効果を持ちません。これまで多くの冒険者が貴方の横暴で泣かされてきたこと、知らないとは言わせませんよ」
「だったらどうするってんだよ! 父さんに言って、お前をギルドから首にしてやってもいいんだぞ! そしたらてめぇみたいな身分のない女は、娼婦になるぐらいしか道はねえぞ!」
「……なんとでも言いなさい。ですが、もう貴方の横暴には、我慢の限界です!」
ヘイゼルの表情は、何かを堪えているようにも見えた。ガエルに対する怒りは確かなものだが、彼女の中にはそれ以上の感情があるようにも思える。
「く、くくくっ……ひゃははははっ! おい、てめぇら、今日はいい日だなぁ!」
突然、ガエルが周りの仲間達に語り掛ける。
彼等は突然の冒険者達の乱入に戸惑っていたが、その一言で再び生気を取り戻したようだった。
「あのガキだけじゃなくて、もう一人女が手に入る! いやそれだけじゃねえ、ここに来た冒険者全員、死ぬより辛い目に合わさせてやる! 負けることはねぇ、俺にはこの魔物を呼び出して操る石があるんだからなぁ!」
叫びながら、ガエルが高らかに水晶を掲げる。
「さっすがガエルさん!」
「一生ついていきます!」
「前からあのヘイゼルって女は気に食わなかったんだ!」
それを聞いて、周りの男達も鼓舞されていく。彼等の目には、最早ヘイゼル達を蹂躙するという欲望しか宿っていない。
「……魔物を呼び出し、操る石……?」
ヘイゼルが呆然と呟いた。
ガエルはそれを恐怖から来たものだと判断したのか、更に調子をよくする。
「そうだ! 俺が父さんからもらったこの石の欠片で、魔物を呼び出して操れるんだよ! 怖いかぁ? 今ならまだ許してやるぜ! ここで裸になって、俺に永遠の忠誠を誓うならなぁ!」
ガエルの言葉通り、その力は本物のようだった。
「やれえええぇぇぇぇ!」
彼が水晶を握り込み、そこに紫の光が宿ると、それまで大人しくしていた魔物達が一斉に動き始める。
「あー、そろそろいいかな」
「あぁん?」
ガエルが振り向く。
そこで彼はようやく、イリスの肩の傷が治っていることに気が付いたようだった。
「何やらありがたい増援がきてくれたようだが、心配はご無用だよ、ヘイゼル君」
足元に魔法陣が広がっていく。
そこから放たれる白い雷に、イリスに向かってきた魔物達は焼かれ近付くことすらできなかった。
「ボクを助けに来てくれた人たちを傷つけたくはない。伏せていてくれたまえ」
イリスの声に、咄嗟にヘイゼルと冒険者達が言う通りにする。
「一つ勘違いをしていたようだね、ガエル君」
「何を……!」
「君が何らかの策略を企んでいることぐらい、最初からわかっていたよ。と、自慢げに言ってはいるが、正直子供でも理解できたとは思うけど」
「なんだと、俺の完璧な演技が……!」
本気でそう思っているのならば、ある意味では大したものだ。いや、彼の場合はそれ以前の問題であろうが。
「それからもう一つ、ボクをこの程度の魔物で倒せると思ったのかい? 相手は天才美少女魔導師だよ?」
「じゃ、じゃあ俺の勘違いは二つじゃねえか……!」
「それは確かに。まあいい、貫け閃光よ。《スターライト・レイ》」
イリスの掌に生み出された小さな光の玉が、空中に浮かぶ。
それは上空で弾けるような眩い輝きを撒き散らし、無数の閃光となって地上にいる魔物達に一斉に襲い掛かった。
何が起こったのかわからない。魔物達の悲鳴からも、そんな感情を読み取ることができた。それぐらい圧倒的で、一瞬の出来事だった。
光が収まると、辺りには大量の魔物が倒れている。彼等はその身体の半分以上を、天から降り注ぐ光によって焼かれ、消滅させられていた。
「さて、君達を皆殺しにするのは忍びないが、拘束はさせてもらうよ」
カートリッジが消費される。
次の魔力を装填して、地面に手を向けた。
「《岩の枷》」
地面の岩が脈動し、ガエルの部下達に一斉に絡みつく。
そのまま腕や足を抑え、岩に縫い留めるようにして彼等を一瞬にして無力化した。
「な、なんだぁこりゃぁ!」
「ガエルさん、助けてください!」
それを聞いて、イリスが首を巡らせる。
岩の拘束に、ガエルの姿はない。スターライト・レイの光に紛れるように、彼の姿は気が付いたら遠くにあった。
「命知らずかな? 巻き込まれたら死んでいたと思うけど」
「ガエル!」
慌てて、ヘイゼルがそれを追いかけようと踵を返す。
「待ちたまえ」
それに対して、イリスは背後から呼び止めた。
「追いかけるのは危険だ。あの水晶の力がわからない以上、滅多なことはするものじゃない」
「……でも!」
「一先ず、深呼吸だ」
ヘイゼルの近くに言って、落ち着かせるように背中を摩る。
言われた通りに深呼吸をして、ヘイゼルはようやく落ち着いたようだった。
「……確かに、イリスさんの言う通りでした」
「水晶が力を失ったとは思えないからね。何をしてくるかわからない以上、ボクも追撃は難しいと思う」
鞄の中には、空になったカートリッジが幾つも転がっている。少なくともその中に魔力を充填するまでは、未知の相手と戦うのは避けたかった。
「それにしても、よくここがわかったね」
「はい。ギルドに行ったら、ユスティさんが心配そうな顔をしていて、それでその場にいた人達に声を掛けて急いできました」
「そういうことか。ユスティには心配をかけるね」
視線を巡らせれば、リック達は拘束の魔法が解けだしたガエルの部下を、一人ずつ拘束している。
「それでもよく来てくれたね。君達に得なんてないだろうに」
「得はないかも知れませんが、義理はあります。一度はイリスさんに助けられてますから。……もっとも、来る必要もなったみたいですけどね」
そう言って苦笑するヘイゼルの顔には、ほんの僅かばかりの悔しさが滲んでいた。
「そんなことはないよ。ボクは結構臆病だからね、仲間がいるってのは心強いものさ」
「そう言っていただけると……」
「イリス!」
二人の会話を遮るように、遠くからルブリムが駆け寄ってくる。
そのままイリスの背後に回り、背中から腕を回して小さな身体を抱きすくめた。
「怪我はない?」
「ああ、問題ないよ。ヘイゼル達のおかげでね」
「……そうか。ありがとう」
ルブリムにも礼を言われて、ヘイゼルはどうしていいかわからない様子だった。
「おおい! こっちはもう終わったぞ!」
リックがそう声をあげた。無事にガエルの仲間達は、全員捕まったらしい。
「じゃあ、帰るとしようか。色々とやらなければならないこともできた」
イリスの言葉で、冒険者達は街への帰路に付く。
イリスの両側にはルブリムとヘイゼル。
色々なことを話しながら帰った道中、会話が途切れるたびに曇るヘイゼルの表情に気付く者は、誰一人としていなかった。
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