今夜は寝かせない

 それからイリス達はギルドに戻り、事情聴取を受けることになった。とは言ってもガエルの方に問題があることはギルド側でも承知していたようだった。


 ギルドの奥にある応接室、ソファにはイリスとルブリムが並んで座り、テーブルを挟んだ向こう側にはユスティが書類に今イリスが言ったことを書き込んでいる。




「はい。では以上で事情聴取は終わりとなります」


「ふー……自分に非がないとわかっていても、こういうのは緊張するね」




 息を吐いて、ソファに深く身体を沈める。


 そのイリスの言葉に、ユスティは眼鏡の奥の綺麗な瞳を光らせた。




「イリスさん。主な原因がガエルさんにあったとしても、イリスさんの行動が軽率だったことに変わりはありませんよ」


「ん」




 隣でルブリムが頷く。どうやら、彼女はユスティ側らしかった。




「わかっているよ。ただボクにも事情があったんだ」


「ガエルさんが持っていた謎の水晶ですか?」


「うん。やはり好奇心旺盛な天才魔導師としては、気になるじゃないか」


「それは……確かに。ギルドとしてもイリスさんからの報告が真実なら、何かしらの対策を考えないといけませんね」




 ガエルが持っていた水晶。


 あれが魔物を呼び出し操るものであると確定した場合、ギルドがそれの後始末に携わった可能性もある。


 そして今後もそのような事態が起こるのならば、間違いなく何らかの対処が必要になるだろう。




「ボクが言うことではないけどね、慎重にした方がいいとは思うよ」


「はい。まずは上層部に報告をして、それからですね。もしケンドール卿が関わっているのなら、その辺りの事情も確かめなければなりませんし」


「貴族があんな危険なものをね。想像したくはないけど」


「……いえ、あながち可能性がないわけではありません」


「ほう?」


「これはギルドの職員しか知らない噂なのですけど、ロムリア卿が失踪する直前、屋敷の周囲で魔物が不自然に増えていたとの報告があるんです」


「魔物が不自然に、ね」


「それ自体は冒険者達に依頼を出すことで解決しましたが、ロムリア卿の失踪はその前後だったと聞いています」




 そしてケンドール卿がその後釜に座り、彼の息子が魔物を呼び出し操る水晶を持っている。




「関係していると明言はできないが、何せ息子があの性格だからね」


「結局予想に過ぎませんので、他言は」


「わかっているよ」




 最初に出されたお茶を手に取って、一口飲む。


 そろそろ話が終わるというところで、イリスは言い忘れていたことを思い出して切り出した。




「ああ、そういえば。ヘイゼルにボク達のことを言って、冒険者を動かしてくれたんだろう? 感謝するよ」


「いえ、そんな。実際に動いたのはヘイゼルさんを中心とした冒険者の方達ですし、それに話によればイリスさんは殆ど一人で事態を解決してしまったとか」


「まぁ、それはそうなのだけどね」




 お茶を飲み、謙遜することなく答える。少しばかり自慢げな表情で。




「ただそれはそれとして、やはり心強いものだよ。これまではそういうのとは無縁だったからね」




 言ってから、今のは失言だったかも知れないと思ったが、どうやらユスティはその部分は気にしていないようだった。


 それよりむしろ、表情は少し前と同じイリスに対して注意をするときの鋭い目つきに変わっていた。




「ですけど、無茶は駄目ですよ! みんなを心配させることはあってはいけません」


「いや、ボクは冒険者なんだけど」




 心配されるようなことをするのが、冒険者だろう。少なくともイリスとしてはそんな認識なのだが。




「ユスティの言う通り」




 横に座って話を聞いていたルブリムも、そちらに同意する。




「いやいや、君はボクの味方をするべきじゃないかな?」


「イリスは強いけど、戦い慣れてない。判断が甘い」


「イリスさんは確かに凄い魔法使いなのかも知れませんけど、やっぱり冒険者としてはまだまだ駆け出しなんです。ギルドとしては……」




 云々と、何やら説教が始まってしまった。最初の時点で素直に頭を下げておかなかったことを、イリスは少しだけ後悔する。


 ルブリムの言葉はあの時、別行動を取らせたことを言っているのだろう。イリスとしては充分な勝算があってのことだが、どうやらルブリムにはそうは思えなかったようだ。


 実際不意打ちで一矢を受けているのだから、無理もないかも知れないが。




「罰として、今夜は寝かせない」


「ふぇ……!」




 などと、とんでもない一言をルブリムが言い放つ。


 それを聞いたユスティは顔を真っ赤にして、イリスにしようとしていたお説教は頭から抜け落ちてしまったようだった。




「おい、なんてことを言いだすんだ君は」


「……じゃあ、しない?」


「いや、その件に関してはまた後で話し合おうじゃないか。そういうのは、他人がいるところでするものじゃないだろう」


「ユスティは他人じゃない」


「……いや、まあそれはそうかも知れないが」




 どうやらルブリムの常識はかなりズレいてるようだった。そもそもイリスからして常識的な人物とは言い難いのだが。




「え、あ、あの、お二人はつまり……そういう仲……と言うこと、ですか?」




 相変わらず赤い顔のまま、ユスティが尋ねる。お説教は何処に行ったと聞きたいが、どちらに転んでもイリスにとっては状況が好転するとは言い難いのも事実だ。




「同じパーティの仲間で、友達」




 何やら満足気にルブリムが答える。




「そ、それはつまり恋人でもないのにそういう行為を……いえ、確かに冒険者の仕事は命がけなので、不安を解消するために肌を合わせることもあるとかないとか……」


「ユスティ、落ち着きたまえ。肌を合わせるとかいうんじゃない」




 そんな言い方をされると、こっちが恥ずかしくなってくる。いや、もう既に充分恥ずかしいのだが。


 ユスティの眼鏡の向こう側の瞳はぐるぐるしていて、混乱しているのは明らかだった。魔法を使わずに混乱させられるものなのだと、イリスは他人事のように感心する。


 そしてそこに、ルブリムが更なる爆弾を投下する。




「ユスティも一緒にする?」


「はえぇ!?」


「ルブリム!」




 これには思わず、イリスも声を荒げてしまった。




「お姉さん達は、何人かでしてた。わたしも、ユスティなら許す」




 バリアントの文化、恐るべし。




「わ、わわわわたしが……イリスさんと、ルブリムさんと……二人ともそれは魅力的ですし、興味がないわけではないのですが……初めてなので、ご迷惑をおかけしたり……きゅう」




 混乱が最高潮に達したユスティは、何やら聞いてはいけないことを口走ったのちにソファに倒れ込んでしまった。




「君の所為だぞ、ルブリム」


「宿に運ぶ?」


「違う!」




 他の職員を呼んで、そのままイリス達はギルドを後にした。


 その後帰り道でルブリムに対して滾々と説教をしたのだが、わかってもらえたとは言い難い。


 ――イリスは結局、その日の夜は寝かせてもらえなかった。

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