魔女クラリッサ

 アルイースの街から離れたところにある、ケンドール家の屋敷。


 元々はここを治めていたロムリア家が所有していたものだが、そこの当主が行方不明になったことをきっかけに、新たにこの地方を統治することになったケンドールの者達が所有することになった。


 贅を尽くした、最早悪趣味と呼べるレベルの過剰な装飾に彩られた屋敷の廊下を、ガエルは肩を怒らせて大股で歩いていた。


 当然、仕事をしている使用人は彼と目を合わせようとしない。ガエルの癇癪によって使用人がクビになることは日常茶飯事で、酷いときはそのまま暴行を加えられ殺されることもあった。


 だが、それでもケンドール家の権力によって全ては揉み消され、表に出ることはない。


 ガエルが向かった先は、屋敷の一室。


 ノックもせずに扉を強く開けると、そこには一人の太った中年男性がソファに座って寛いでいた。




「おぉ、ガエルか。冒険者としての調子はどうだ?」




 ガエルをそのまま老けさせたような顔立ち。そしてだらしなく目立った腹。豪華な貴族服を着ていても、何処か醜悪さが隠せないその男こそが、ケンドール家の長である『ドロウ・ケンドール』だった。




「どうもこうもない! 俺は銀等級にまで上り詰めたってのに! 邪魔をする奴等が現れたんだ!」


「邪魔?」


「ああそうだ! 俺が出世するのが気に入らなくて、妨害してくる奴等がいる!」




 ガエルはあることないことを、父の前で並べ立てる。


 父であるドロウは顎髭を撫でながら、しばらくそれを黙って聞いていた。




「お前にくれてやった水晶の欠片はどうなってる? それを使ってどうとでもしてしまえばいいだろうに」


「やったさ! でも駄目だった!」


「なんだと?」




 それを聞いて、ドロウの顔色が変わった。




「父さん、本体を貸してくれよ。この屋敷の宝物庫にあるんだろ?」


「それはできん」




 ガエルが持っている欠片は、ドロウが所有する水晶の本体から削りだしたものだ。問題ばかりを起こす息子を家から出す名目で、お守り代わりに持たせたものだった。




「なんでだよ!」




 魔物を呼ぶ水晶。


 そんな危険なものを所有しているとバレれば王国からも監査が入る。


 そうなればケンドール家が潰されることすらも、ガエルは想像できていなかった。




「あれは強力過ぎるのだ。だから、お前に欠片を渡してどんなものかを試している」


「だったらギルドに圧力を掛けてくれ!」


「ふむ、そのぐらいならいいだろう」




 ドロウの懐には多額の金が入ってきている。水晶を利用していのことらしいが、その詳細は彼本人にしかわかっていない。


 ドロウにとってギルドはあまり興味の対象ではなかったのだが、一応息子であるガエルが冒険者になる際に色々な口利きをしてもらう関係で多額の出資を行っていた。


 それを利用すれば、少しばかり人事を操ることも難しくはない。ただでさえ、冒険者など所詮は逸れ者と見下されている部分もあるのだ。


 イリス達のこれから先を思って、ガエルはほくそ笑む。


 しかしそれでも、彼の中の恨みや怒りが晴らされることはなかった。




「父さん、あいつらに復讐がしたいんだ。部下を貸してくれ!」


「お前にも何人も付けてやっただろうに」


「あんな犯罪者崩れじゃ駄目だ! もっとちゃんとした兵士が欲しい!」


「水晶を使った魔物でも倒せない相手なら、幾ら兵士を差し向けても無駄だよ。……いや、ちょっと待て」




 言いかけてから、ドロウは何かを思いついたような顔をする。


 そして手を叩き、ある人物の名前を呼んだ。




「クラリッサ」


「はーい」




 甘ったるいような、少女の声がする。


 じんわりと染み出るように現れたのは、薄紫色の髪をした少女だった。服装からして魔導師であることは察せられるが、見た目にはとても強そうに思えない。




「こいつの名前はクラリッサ。魔法学園を放校になった魔法使いで、路頭に迷っていたところをわしが雇い入れた」


「ちょっとー、おじさん。人聞きが悪いって。それじゃああたしが成績悪くてクビになったみたいじゃん」


「それはすまないな。クラリッサは禁術に手を出し、その暴走によって大きな被害を出した。そして禁術を読み解き扱えるのは、優秀な魔法使いだけと言われている」


「そういうことー」




 楽し気で、何処か挑発するような声色。


 しかし、その瞳の奥には確かな狂気が秘められていることを、ガエルは見逃さなかった。




「じゃ、じゃあ俺の仲間の魔導師なんかよりもずっと強いんだな?」


「あったりまえでしょ。冒険者になるような魔導師なんて、学校も出てない我流の雑魚ばっか。あたしの足元にも及ばないもの」


「ちょうど仕事が行き詰っていたところでな。ガエル、お前の気に入らない奴をこのクラリッサを使って倒してみればいい」


「あ、ありがとう父さん!」


「あたしは別に何でもいいけどねー。まー、そこそこのレベルの魔導師を倒せば、箔も付くだろうしやったげる」




 そう言うと、蠱惑的な笑みを浮かべながらクラリッサが近寄ってくる。




「それじゃあ、精々頑張ろっか。おにーさん?」


「お、おう!」




 その時既にガエルの中には計画が形作られていた。


 父の力を使い、ギルドをクビにしたあの女達を、再び冒険者にしてやると嘘を吐いて呼び出す。


 そこでクラリッサの力を借りて、奴等を倒す。その後はガエルの恨みの全てをぶつけるだけだ。




「いや、それだけじゃねえ……! 俺をコケにしたあの冒険者共にも目にもの見せてやる!」




 あの時、ガエルを捕まえに来た冒険者達のことははっきりと覚えている。


 彼等全員に痛い目を見せて服従させるまで、ガエルの怒りの心は収まることはなかった。

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