クエスト受注停止命令
その異変がイリス達に伝わったのは、それから三日後のことだった。
ここ数日はルブリムと一緒にギルドのクエストをこなし続けていたイリスが、ギルドの扉を潜ると、その先ではユスティと別の男性職員が何か言い合いをしている。
「それはおかしいですよ!」
「いや、しかしね……こちらとしても大口の投資先からの命令だから」
「イリスさん達は既にギルドに対して多大な貢献をしています、それを……!」
どうやら言い合いかと思ったら、一方的にユスティが捲し立てている様子だった。カウンターの向こう側では、自分よりも一回り小さい眼鏡を掛けた少女の剣幕に、気弱そうな中年男性がたじたじになっている。
自分の名前が呼ばれたことに気が付いたイリスは、てくてくとそちらに歩み寄っていく。
「ボクがどうかしたかい?」
「あっ……」
ユスティは怒りのあまり、イリス達が入ってきたことにも気付かなかったらしい。慌てていつもの態度を取り繕おうとするが、その表情は暗い。
職員はと言うと、ユスティから逃れられたと思ったのか、そそくさとその場から去って行ってしまう。
「……その、イリスさんとルブリムさんですが、冒険者ギルドからお二人には冒険者としてのクエスト受注の停止命令が出されました」
「それはまた、急な話だね」
横でルブリムも頷く。
「ギルドに多額の出資をしているケンドール家のドロウ・ケンドール様から、直接のお達しがあったとのことで」
「ふぅん。理由は?」
「……息子の名誉を傷つけられたから、だそうです」
「何から何まで、思った通りの話だ」
ふぅ、と溜息を吐く。
ルブリムが慰めるように、肩に手を置いてきた。
「……まぁ、わかったよ。別にボクも悪戯にここを混乱させたいわけではないからね」
イリスにとって、これは初めての経験ではない。
魔法学園の時も、こうやって何度も他者からの圧力により押さえつけられることがあった。悪意なく振舞ったとしても、その行いが誰かを傷つけてしまった場合、報復がくる。
例えそれが理不尽だとわかっていても、イリスはそれに対して抵抗することの無意味さを知っていた。
「仕方がないよ。人間はこうやって社会を作って生活している以上、上からの力には逆らえない。もし誰でもそれをすれば、秩序は乱れてしまうからね」
「イリス……」
本気で暴れれば、ガエルに痛い目を見せることはできるかも知れない。ケンドール家の主にも、何かしらの代償を払わせることは難しくないだろう。
だが、イリスはそれをしない。思うがままに力を振るった後のことを考えれば、それをする覚悟はこの少女にはなかった。
「だ、駄目です! 折角少しずつこのギルドに馴染んできたのに、諦めるなんて」
「でもどうしようもないだろう。力で解決できる問題じゃないし、ボクはここで彼とお互いに傷つけ合いを続けるのは気が進まない」
結局、これはイリスかガエルが消えなければ解決しない問題だ。
そしてガエルは権力を持ち、この街に居続ける。であれば、イリスが消えるのが一番の近道だった。
いつも、何度もそうやってきた。
「慣れているから大丈夫だよ」
「だ、大丈夫じゃないです! わたし、絶対にそんなことはさせません! わたしがクビになっても、イリスさんを護ります! ……あ、すみません。わたし、勝手に熱くなって」
「ああ、いや。……それは素直に嬉しいよ」
「と、とにかくもう少しわたしの方からも交渉してみますので……!」
ユスティがそう宣言するのと同時に、背後の扉が勢いよく開かれた。
イリス達の視線がそちらに集中すると、入ってきたのは見覚えのある面々だった。
入ってきたのはリックと、それから以前イリスをパーティから追放したベテラン冒険者のロレンソだった。
「彼はいつも傷ついているね」
リックは傷だらけで、ロレンソに肩を借りて歩いている。彼だけでなく、他にも数人が重軽傷を負っているような状態だった。
それを見たユスティは慌てて彼等の元に向かって、傷に手を翳す。
「一先ずは応急処置をします。軽傷者は医務室の方に!」
ユスティの手から温かな光が溢れ、リックの傷を癒していく。どうやら彼女は、回復魔法を使い手のようだった。
彼女に言われるままに、他の職員達が傷ついた冒険者達を奥へと招き入れていく。
「ロレンソさん達は、今日は確か平原での魔物の討伐のクエストを受けていましたよね。そんなに強力な魔物が?」
「……いや、違うんだ。俺達を襲ったのは、人間だよ」
「人間……?」
回復魔法の負担からか、額に汗を浮かべながら、ユスティが自分より二回りも大きなロレンソを見上げる。
「……ガエルと、その部下の魔導師だ。魔物は召喚されるは魔導師は強いわで、全く歯が立たなかった」
「……ああ。下手したら、あんた以上かも知れない」
リックがか細い声でそう言った。
「ガエルからの伝言だ。あんた一人で、ケンドールの屋敷に来いってよ。さもなくば、他の冒険者への攻撃を続けるらしい」
「……ガエルさんは何がしたいのでしょうか……?」
リックを傷を塞ぎ、疲れを見せながらユスティがそう尋ねる。
「……嬢ちゃんにかかされた恥を雪ぎたいんだろうよ。元々プライドだけは一人前だった奴だ。他の冒険者を見下したくて、親の力を使って銀等級に昇ったぐらいだからな」
「だとしても、やっていることが滅茶苦茶です!」
「……だが、それがまかり通っちまう。ガエルはずっとその状況にいた」
「……イリス、行く必要ない」
黙って話を聞いていたルブリムがぼそりと言った。
「わたし達がここから出てけば、解決する」
「……そうだね。話がここまで拗れてしまった以上、それで何とか」
「……だ、駄目だ」
そう言ったのは、意外にもリックだった。
横でロレンソも複雑な表情をしている。
「ヘイゼルが、奴等に付いて行っちまった。俺達と一緒に行動していたんだが、なんか様子が変だったんだ。それで、ガエルが去っていくときにもう許せないって……」
「ヘイゼルが……?」
「あ、ああ……。このままじゃ確実にヘイゼルは殺される……いや、殺されるだけじゃすまない。どんな目に合わされるか……! だから頼む! ヘイゼルを助けてやってくれ!」
リックが深々と頭を下げる。
「どうして、ヘイゼルさんがそんな無茶を……?」
ユスティの疑問に答えたのも、リックだった。
「……ヘイゼルは多分、ロムリア家の令嬢だ」
「そ、そうだったんですか?」
ロムリア家の当主は魔物の攻撃によって行方不明になり、その後釜に入ったのはケンドール家。そしてその息子が持っていた魔物を呼び出す水晶。
恐らくはヘイゼルの中で、一つの答えが出ているのだろう。
「俺は元々ロムリア家に世話になったことがあったんだ。その時はヘイゼルはまだ子供だったし、確証はなかった。……だが、あの怒りよう、間違いないだろう。……頼む! ヘイゼルを死なせるわけにはいかない! 俺はあいつとあんた達に命を救われてるんだ」
縋るように、リックは頭を下げ続ける。
そこに込められたヘイゼルに対する思いは、嫌と言うほど伝わってきた。同時に、そこまで誰かに慕われる彼女は本当に生きるべき人間なのだろうということも。
だとすれば、イリスがやることは決まっている。
「……そうだね。本来なら関わるべきではないのかも知れないが、幾ら何でも卑劣が過ぎる。ボクにもその行いに対して苛立ちを覚える程度の人間性はあると自負しているよ」
「……わたしも、行く」
「いや、ルブリムはここに残っていてくれ。一人で行かなければ奴等は逃げるだろうから、きちんと決着をつける必要がある」
ルブリムを見上げると、不安そうにこちらを見下ろしていた。
イリスはそれに対して、自信満々な笑みを返して見せる。
「大丈夫、ボクは天才美少女魔導師だよ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます