ヘイゼル対クラリッサ

 リック達を襲撃し、ガエルはイリスに一人で来るように要件を伝えて去っていった。


 傷だらけになった冒険者達は彼等に抵抗することもできず、大人しくその場を去ることにしたが一人だけ、ガエルの奇襲をかわしたヘイゼルはそのまま追撃を敢行していた。


 卑怯な行動を繰り返すあの男に、何よりも父の死に関与し家を乗っ取ったケンドール家に対して遂に我慢の限界がきていたからだ。




「待ちなさい、ガエル!」




 ガエルは襲撃地点からそれほど離れていない草原で、少女魔導師と一緒に馬鹿笑いをしていた。


 余程リックやロレンソを傷つけられたのが嬉しいのだろう。リックは先日ガエルの部下を捕まえているし、ベテラン冒険者のロレンソはこれまで何度もガエルに苦言を呈している。




「ん~? なんだてめぇ? 俺は貴族様だぞ? 俺を呼ぶときはちゃんと様をつけろ!」


「……貴方に対して、一片たりとも敬意を払うつもりなどありません……!」




 押し殺した怒りが、無意識に零れる。




「あぁん? てめぇは誰だってんだよ!」


「わたしのことを覚えていませんか? ……ヘイゼル・ロムリアのことを!」


「知らねーよばーか! 俺みたいな高貴な人間、覚える人間も厳選……ん? ちょっと待てよ。ロムリア……? てめぇ、生きてやがったのか!」


「……その言い方からして、やはりそうだったのですね」




 ヘイゼルはかつて、ここの辺り一帯を治める貴族の令嬢だった。


 その際にガエルとも社交界であったことがある。もっともその時は、ガエルがヘイゼルに一方的に暴言を言った程度の関係でしかなかったが。




「く、くははははっ! ハァ~ッハッハッハッハッハ! こいつはいい! こいつは面白いぜぇ! 俺の父さんがぶっ潰してやったロムリア家の娘が、自分からノコノコ出てきてくれたとはなぁ!」




 ヘイゼルの剣を持つ手に力がこもる。




「いやぁ、探したんだぜ? お前の親父も母親もオークだかミノタウロスだかにぶっ殺されたってのに、お前だけが消えてたんだからよぉ! とは言ってもとっくに落ちぶれて娼婦にでもなってるかと思ったら、まさか冒険者になってたとはなぁ! どっちにしても惨めだぜぇ!」


「……貴方達がそれをやったんでしょうに」


「どうだかなぁ? 証拠はないぜ?」




 言いながら、ガエルは手の中で水晶を弄ぶ。


 内側に紫の不気味な光を秘めた水晶は、太陽に反射して怪しい輝きを放っていた。




「わたしは忘れません……! 家に現れた大量の魔物。彼等は無差別ではなく、人間だけを攻撃していた。そんな統率が取れた魔物がいるわけがないと、調査をしても真実はわからなかったけど……その石の力なら」


「ヒャハハハハッ! いいぜぇその顔! 親を殺されて、家を奪われてもまだ心が折れてねぇ! そいつにわからせてやるのが最高に楽しいんだからなぁ!」


「ガエル!」




 最早問答をしても意味はない。


 ヘイゼルの怒りは頂点に達していた。


 親を殺し、家を奪った仇が目の前にいる。例え彼を殺して罪を被ることになったとしても、自分を止められそうにない。


 今日のこの日のために、冒険者を続けてきたのだから。自らの力を高め、そしてケンドール家の秘密を暴くために。


 剣と盾を構え、真っ直ぐにガエルに突撃する。




「ひっ、はえぇ……!」




 ガエルが水晶の力を使うよりも、剣を抜くよりも早くヘイゼルは剣の間合いにガエルを捉えていた。




「覚悟!」




 その心臓を目掛けて剣を振り下ろす。


 寸分違わぬ精度を持った、ヘイゼルの剣。


 今日のこの日まで鍛錬してきた一閃は、しかしガエルに届くことはなかった。


 硬質な音がして、ヘイゼルの剣が何か硬いものにぶつかった。




「ざ~んねん」




 目の前には、ヘイゼルよりもやや小柄な少女が立っている。


 ガエルと笑いながら談笑をしていた少女が、目の前に魔力障壁を展開し二人の間に入り込んでいた。




「貴方は……!」


「ぷぷっ、よわーい!」




 バチンと、何かに弾かれるようにヘイゼルの身体がその場から吹き飛ぶ。


 草むらを転がったヘイゼルに対して、少女は手に持っていた魔法の杖を向けていた。




「《マジック・ミサイル》」




 無数の光弾が放たれ、ヘイゼルのすぐ傍に幾つも着弾する。


 魔力の塊によって作られたマジック・ミサイルは物理的な破壊力で、ヘイゼルの周囲の地面を抉っていく。




「くっ……!」




 慌てて起き上がり、盾を構える。


 飛来した光の玉を何とか盾で弾き、剣で切り払ってはじりじりと距離を詰める。




「ふぅーん、頑張るじゃん」




 マジック・ミサイルの弾幕に晒されながらも、ヘイゼルは少しずつ距離を縮めていく。


 しかし、少女の顔に焦りはない。


 再びヘイゼルが彼女に近づいたその時、向けられた杖の先端についている宝珠が異なる色に変わった。




「《エアブラスト》」




 巨大な風の衝撃波が、草原に生えている草花ごとヘイゼルを薙いだ。


 ヘイゼルの身体は盾を構えたまま吹き飛ばされて、先ほどと同じだけの距離を再び離されてしまう。




「あーっはっはっはっはっ! ば~か! 魔導師がそんな簡単に接近を許すと思った? 遊んでるに決まってんじゃん!」


「やるじゃねえかクラリッサ!」




 横でガエルが歓声を上げる。




「死んじゃえよ、ざーこ! 《ファイヤーボール!》」




 赤い魔方陣から、火球が出現する。


 巨大なそれは、まるで流星のように地面に這いつくばるヘイゼルへと降り注ぎ、その身体を炎で焦がしながら、爆炎によって吹き飛ばした。




「あぅ……!」




 ヘイゼルの身体が激しく地面に叩きつけられる。


 その痛みと、炎による火傷でヘイゼルは立つこともままならないほどのダメージを受けていた。




「ねえねえ教えて? 雑魚の癖になんで一人でこんなところに来たの? 家族の仇が取りたかったから? それともあの雑魚冒険者を傷つけられたのが悔しかったの? どっちどっち? 両方? だとしたら残念! あんた弱すぎて何にもできてませーん!」




 いつの間にか近くにいたクラリッサの杖が、ヘイゼルの身体を打ち、無理矢理仰向けに転がす。


 その目に浮かんでいた涙を見て、クラリッサはますます上機嫌になっていた。




「わぁー! 泣いてる! 雑魚が雑魚らしく痛めつけられて泣いてるよ! 馬鹿じゃないの? 最初っから勝ち目なんてないのにさぁ!」




 焼けこげたヘイゼルの身体に、何度も杖が叩きつけられ、次第に踏みつけるような蹴りへと変わっていく。


 その行動に意味はなく、恐らくはクラリッサが勝利を確信したうえでの挑発なのだろう。




「……お父様、お母様……!」


「はぁ? 何言ってんの? そいつらもう死んでんじゃん。お空の上であんたを見守ってくれてんじゃん? あ、でも娘がこんな酷い目に遭ってもゴーストの一匹にもなれないんじゃ、あんたなんて別にどうでもよかったんじゃないの?」




 クラリッサの挑発は、ヘイゼルに力を与える。


 何とか手を動かして、蕎麦に転がっている剣を掴もうとする。お互いの距離はすぐ傍、一突きできれば勝機はある。




「……何やってんの?」




 だが、クラリッサはそれを見逃さない。


 小さな火球を出現させて、それで剣を握ろうとしていたヘイゼルの手を入念に焼いていく。




「うああああああぁぁぁぁぁぁ!」


「キャハハッ! 無駄な抵抗しちゃ駄目だってぇ! あんた弱いんだからさぁ!」




 思いっきり腹を踏みつけられて、ヘイゼルの口から呻き声が漏れる。




「ねえ聞いた? 今の間抜けな声! ダサいし弱いし、早く死んだ方がいいね」


「おいおい、殺すんじゃねえよ。そいつは俺のペットにするんだからよ」


「え、そうなの? 結構ボロボロだけど、あんたも趣味悪いね」


「別に回復魔法でどうとでもなるだろう。それより、自分の両親を殺した血筋の子供を産ませてやった方が面白れぇからなぁ!」


「……アハハッ! あんた最低! でも面白いねぇ! じゃあごめんね、思いっきりお腹踏んじゃってぇ!」




 ツンツンと、揶揄うように杖の先端でヘイゼルの胎の辺りを突く。


 その様子を見て、何が可笑しいのかガエルもクラリッサも笑っていた。




「ヒャハハッ! 別に構わねえよ! どっちにしても楽しんだら部下達にくれてやるつもりだからなぁ! こいつらの所為で俺の部下が減っちまったんだ、増やす手伝いぐらいはさせてやらねえとな!」




 そう言いながら、ガエルが思いっきりヘイゼルの身体を蹴飛ばした。


 ヘイゼルは無抵抗で吹き飛ばされ、そのまま草原を転がっていく。


 その姿がまた愉快で、ガエル達は腹を抱えて笑っている。


 最早ヘイゼルの耳には、二人の会話もろくに聞こえてはいない。


 ただ愚かで無力な自分を悔やみ、仇を打てなかった両親への申し訳なさだけが渦巻いていた。


 その闇の底と言ってもいいような心の中で、ヘイゼルは無意識に口にする。


 どうして最後にその一言を零したのか。


 そしてその言葉が、ヘイゼルに自分は所詮無力であることを自覚させる。


 だが、それでも。


 このまま終わりたくはない。


 どんなに無様であっても、笑われたとしても、今目の前にいるような連中を野放しにしておくわけにはいかなかった。




「助けて……」




 あまりにもヘイゼルは無力だった。


 そう呟いたまま、死んでいくしかない。


 なんと無様な死にざまだろう。これでは仇を打てないのも、何も成せないのも当たり前だった。


 所詮、自分はこの程度だ。


 復讐を胸に刻み生きた日々も終わる。


 そう思っての諦めの一言。




 ――そのはずだったのに。




「うん、助けよう」




 少し低めで気だるげな少女の声が、草原に響いた。

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