魔導師の戦い
草原に少女が立つ。
手には何も持たず、相変わらず肩から下げる鞄一つだけを装備して。
「無茶をするね」
ヘイゼルにはもう、喋る体力も残っていないのだろう。
ただこちらを見て、縋るような視線を向けるだけ。
「ボクを信頼してくれているのかい? うん、悪くない気分だ」
彼女はイリスを恐れない。
そればかりかまるで希望の光を見るような目で、見つめている。
その感傷は、イリスがこれまで受けたものではなかった。あれだけの力を見せてもまだ、彼女はイリスに対して希望を見出してくれている。
それは、イリスが彼女のために戦う理由としては充分だった。
「あんた、何?」
クラリッサが最初に口を開く。
答えたのはイリスではなく、ガエルだった。
「こいつが言ってた魔導師だよ! 早くこいつを殺せ!」
「はいはい。わかってるって」
ガエルを後ろに下がらせて、クラリッサが前に出る。
挑発的なその表情は、自身の敗北など全く想像もできていないからなのだろう。
「あんた、名前は?」
「イリスだよ。君は?」
「あたしはクラリッサ……イリスかぁ。ふぅーん、確か魔法学園にそんな名前の落ちこぼれがいたような気がするけど」
「恥ずかしながら、多分それはボクだね」
「あっそ。じゃあ、死にな」
クラリッサがマジック・ミサイルを発動。
空中に出現した無数の小型の魔法陣から、一斉に青白く光る魔法の弾丸が射出される。
魔力の塊をぶつけ相手を攻撃するマジック・ミサイルは、魔導師同士の戦いでは体勢を崩すための牽制として用いられる。
もっとも、あれだけの数が一度に着弾すれば、ヘイゼルに対してそうであったように、そのまま相手を倒しきることも不可能ではない。
それができるだけの手練れだった。目の前にいるクラリッサという少女は。
「そう簡単にやられてやるわけにはね」
手を翳す。
現れた光の障壁に、全てのマジック・ミサイルが吸い込まれて消えていく。
そしてそれはそのまま、イリスの鞄の中にあるカートリッジへと魔力として吸収されて行っていた。
「次はボクの番かな。《ライトニングブレード》」
手の中に生まれた雷を、剣の形にして全力で振りかぶる。
否。
その大きさは剣と呼べるものではなかった。
大剣を超えて、まるで巨大な鎌がその場を薙ぎ払っていくような規模の雷が、クラリッサを巻き込むように草原を薙ぎ払っていく。
「ちっ!」
クラリッサは舌打ちをして、障壁を展開。
バチバチとお互いの魔力がぶつかり合い火花を散らし、辺りに衝撃が走る。
魔力同士が反応し、破裂する。
大きな爆発音の後には、衣服を焼け焦がし息を絶やしながらクラリッサがそこに立っていた。
「ふむ」
「はぁ、はぁ……こいつ……!」
実際、クラリッサはそれなりに腕の立つ魔導師だ。
だからこそわかってしまったのだろう。目の前に立つイリスが、如何に規格外であるのかを。
鞄の中で、カートリッジが消費される。
イリスとしても、それほどこの戦いに時間を掛けるわけにはいかない。この後、ガエルとの戦いが待っているのだから。
「悪いが、次で決めさせてもうよ」
掌を向ける。
それだけで、クラリッサは身体を震わせて後ずさった。
しかし、すぐに何かを思い出したのか笑みを浮かべ始める。
「なーんちゃって……! この程度で勝った気になるなんて、ちょっと油断が過ぎたんじゃないの? おチビさん!」
クラリッサが懐から何かを取り出し、その場に放り投げる。
その道具は上空で破裂すると、半円状の屋根のようにイリス達を囲うように広がっていった。
「……これは?」
「魔導式妨害!」
「ジャマーか」
見えない圧力のようなものが、透明なドームの中に充満する。
イリスの身に着けていたローブなどの魔法道具から、一切の魔力による防御効果が消えていく。
「魔法使いは魔導式を使って魔法を発動する。それを妨害されたらあんたはただの雑魚ってわけ!」
「それは君も同じだろう。その杖に刻まれた魔導式も消えたし、術式を練ることもできない」
「ふふんっ、あたしはあんたみたいな馬鹿じゃないのよ!」
そう言いながら、懐から短剣を取り出す。
「この先端に塗ってある毒はね、ちょっとでも身体の中に入るとしばらく動けなくなっちゃうの。あー、可哀想。あんたは動けないまま、あのガエルに散々嬲られるんでしょうねぇ!」
そう言いながら、魔導式を練ることができないイリスの元にクラリッサは一直線に走り出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます