ガエルの暴虐

 アルイースの酒場。


 表に暮らす人々は滅多に近寄らないスラム街の一角にあるそこに、ガエルの怒声が響き渡る。




「畜生! なんなんだよあの女どもは!」




 片手に酒瓶を持ち、近くにあった椅子を蹴飛ばす。


 ロクに整備もされておらず足がぐらついていた椅子は、そのまま床に叩きつけられて完全にその役目を終えた。




「が、ガエルさん……」


「あぁん?」




 諫めようとした部下の一人が睨みつけられて押し黙る。




「ちっ……! 面白くねぇ! ……おい、お前等なんでそんなに静かなんだよ?」




 理不尽にも、部下達にそう声を掛ける。


 ここはガエルがよく使っている酒場で、いつもならば彼の部下達は酒を飲み、下品な遊びに興じているような場所だった。


 しかし、今日ばかりは彼の機嫌が悪すぎることもあってか、誰もその顔色を伺うばかりでちびちびと酒を煽ることしかしていない。




「盛り上がっていこうぜぇ! あんなクソ女共を忘れられるようによぉ! おら、女買って来いよ!」




 そう言いながら金をばら撒く。勿論それは冒険者として稼いだものではなく、彼の父のケンドール卿から出たものだ。


 言われるままに部下達は街へ繰り出し、その辺りで客引きをしている娼婦を連れてくる。


 彼女達もまた、スラムで客引きをしているからには変な客には慣れているのだろう。異様な空気に多少は気圧されながらも、逃げるまでのことはしなかった。




「おら、やるぞ」




 ズボンを脱ぎ、店内で行為に及ぼうとする。


 この店ではそれすらも日常茶飯事なので、既に老年に差し掛かった店の主は見て見ぬふりだった。ガエル達が来ればそれなりに懐に金も入るので、後始末をするのにもそれほど抵抗もない。




「乱暴ね。見られながらするの? 別にいいけど」




 娼婦の方も一瞬驚いたような顔をしたが、抵抗する素振りはない。相手が酔っぱらいであることもわかっているし、下手に抵抗した方が厄介なことになることも経験から把握済みだった。


 だが、今ばかりはそれが悪い方に作用した。




「ちっ、おい! そいつを連れてこい!」




 ガエルは部下が今からちょうど抱こうとしていた別の娼婦に声を掛ける。




「な、なんすか……?」


「いいから連れて来いって言ってんだよ!」


「へへっ、ガエルさん。二人と同時なんて、流石っすね」




 ガエルの意図を理解していない部下は、そんなことを言いながら、彼の相手をしようとしていた娼婦を連れてくる。




「お兄さん、結構凄いのね」




 少しばかり年上の娼婦はそう言いながら、ガエルの下半身に手を伸ばす。そうしながら、目線でもう一人の娼婦に合図をしようとする。


 一目見てガエルがこの場の中心であることを理解して、できるだけ媚を売ろうとしたのだろう。


 彼女の長きに渡るスラムでの生活で得た知識と経験は、結果として全て無駄になることになった。




「触るんじゃねえよ、ババア!」




 ガエルが腰から剣を抜いて、腹を一突きする。




「え、あ……?」




 真っ赤な血が噴き出し、そのまま年上の娼婦は目を見開いたまま、床に崩れ落ちていく。




「きゃああああっ!」




 他の娼婦達の声が上がる。


 ガエルの部下が連れてきた娼婦は全部で五人。残りの四人は一斉に酒場の外へと駆け出そうとしたのだが。




「逃がすんじゃねえぞ!」




 ガエルの声が飛び、呆気に取られていた部下達はそれでもすぐに娼婦達を拘束する。当然、ガエルの一番近くにいた若い娼婦は片手で抑え込まれていた。




「な、何! あんたいったい何なの!?」


「おい、ガエルさん! 金をくれるから大抵のことは黙っていたがな! 流石に殺しは拙い!」


「黙れえぇ!」




 若い娼婦と店主を蹴飛ばし、それぞれを床に転がす。




「がふっ!」


「俺が今見てぇのは、恐怖に歪む女の面なんだよ! てめぇらみたいな身体を売るようなゴミ女の、作ったようなにやけ顔に興味はねぇ!」




 そのまま女の上に覆いかぶさり、何度も何度も身体をいたぶりながら乱暴に抱いた。


 そうしながらも周りの部下達にも、女達を徹底的に傷つけること、そして抵抗するのなら殺すことを命令する。


 部下達は最初こそガエルの様子に恐怖していたものの、次第にこの狂乱に慣れ始める。


 そうなれば、娼婦達に希望はなかった。


 ガエルとその部下達は女達にひたすら乱暴し、悪戯に身体や顔を傷つける。


 ガエルの脳内では、目の前で組み敷かれているのは娼婦ではない。冒険者ギルドで自分に立ち向かい恥を掻かせた、あの気に入らない女共だ。


 悲鳴と怒声が絶えない酒場の中心で、ガエルはイリス達に対する復讐を思い描く。


 彼の懐では、紫色の光を放つ水晶が強い光を放っていたが、今それに気が付く者は誰もいなかった。

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