二人の初陣
最前線に立つヘイゼルは、剣と盾を構えて必死にイリス達を護ろうとしている。
その身体は震えていて、そこからわかるのは彼女はこのオーク三匹に勝機を見出していないことだった。
例え勝てなくても、その先に悲劇が訪れるとしても、ヘイゼルはイリス達の命を最優先してくれた。
その事実が嬉しくて、何よりもそんな彼女だからこそ戦う理由ができてイリスは笑う。
顔を上げて、ルブリムに声を掛ける。
「下ろしたまえ。戦闘だ」
「ん」
言われた通りに、ルブリムはイリスを下ろす。
「イリスさん、何を……!」
「第三の選択肢を用意しよう」
オークはまるで獲物を前に舌なめずりでもするように、こちらを見下ろしている。すぐに襲い掛かってこないのは、恐怖を駆り立てて楽しむためなのかも知れない。
たった一つ、人間達の小集団を壊滅したぐらいでそんな風に自信を持ってしまうその愚かさに、イリスは小さな苛立ちを覚える。
「一つは愚か者達を見捨てて逃げる、もう一つは自分の意思のために死ぬ。そして第三の選択肢は、ボク達と力を合わせて最良の結末に辿り着く、だ」
「だって、貴方達は見習いで……!」
「ふふん。考えてもみたまえ、こんな偉そうな見習いがいると思うかい? ボクは生まれたときから性格の悪い美少女だったわけじゃないぞ。あ、美少女なのは生まれつきだけど」
「話が長い」
声をあげて、オークが躍りかかる。
ヘイゼルが盾を構えてイリスを庇ったその間に、ルブリムが入り込んでいた。
オークの持つ棍棒の一撃。まともに直撃すれば骨の一本や二本は簡単に砕けるようなそれを、ルブリムは片手で防いでいた。
「……え……?」
ヘイゼルから驚愕の声が零れる。
「君、強かったんだな」
同じくイリスからも、そんな言葉が出た。
「お二人はパーティだったのでは?」
「知り合ったのは昨日だからね。よし、ルブリム、そのまま押さえておきたまえ」
「イリスさん! 魔法を使うのなら距離を取らないと……!」
「いやいや、ボクを並のぼんくら魔導師と一緒にしてもらっちゃあ困る。……ま、杖は宿代にするのに売ってしまったがね」
片手を差し出す。
ルブリムがオークを力で弾き飛ばし、その態勢が崩れたところを、イリスは見逃さなかった。
「《雷の鉄鎖》」
掌から伸びた紫電が、先頭のオークに突き刺さり、焼き焦がしていく。
オークを貫いた雷は、そのまま少し後ろで戦闘態勢を取っていた残りの二匹も同じように撃ち抜き、全身を痺れさせた。
瞬く間にオークの全身が焼けこげ、嫌な匂いと共に煙が上がった。
「さて、後は一人一匹を倒すとしよう」
「これ、借りる」
ルブリムは、リックが持っていた折れた大剣を拾い上げる。
そのまま一気に踏み込んで、正面にいるオークの身体を一刀のもとに両断した。
悲鳴を上げる間もなく、オークは絶命して崩れ落ちる。残りの二匹もそれを見て撤退しようと後ろを向くが、それは許されなかった。
「魔力装填」
肩に掛けた鞄から、手のひらサイズの薄い箱を取り出して握り込む。
カートリッジと呼ばれるそこから、イリスが次に放つ分の魔法力が補充されていく。
掌に生み出した火球をオークにぶつけると、それがそのまま炸裂し、二匹まとめて吹き飛ばされていった。
木々を幾つも薙ぎ倒し、オークの巨体が森の奥に転がっていく。遠目に見ても炭のようになってしまったその身体には、生命力が残っているようには見えなかった。
「……すまない。ヘイゼル君の分もやってしまった」
そのつもりはなかったのだが、オークが逃げようとして焦ってしまったところはある。それで咄嗟に魔法の威力を調節できずに、まとめて吹き飛ばす羽目になってしまった。
「……いえ」
一方のヘイゼルは、それどころではないようだった。
イリスとルブリム、見習いだった二人の強さに驚いているのだろう。言葉もなく、呆然とオークの死体を眺めている。
「何を呆けている、ヘイゼル君」
イリスは調子に乗った顔で、ヘイゼルの背中を軽く叩いた。
「ボク達のリーダーは君だぞ? 早く号令を掛けたまえ、このままオーク達の巣に殴り込みをするとね」
イリスの言葉にハッとしたヘイゼルは、両手で自分の頬を強く叩いて、気合を入れなおした。
それからイリスとルブリムの方を見て、深々と頭を下げる。
「オークの巣に囚われている人達を助けたいんです。……お二人の力を貸してください。わたし一人では、無駄死にになります」
「リーダーは君だ。ボクは従うよ」
「……うん」
ルブリムは頷いてから、リックの方を向き直った。
「これ、もう少し借りる」
「え、ああ……」
了承を得た大剣を肩に担ぐ。その姿は妙に様になっていた。
「では行きましょう」
ヘイゼルが先頭を駆けだし、その後ろにルブリムが続く。
「え、あの。森の中でそんなに走られてもボクは追い付けないんだけど……」
あっという間に二人の姿は木々の影に消えていき、後にはイリスが残された。
「……うむ。一先ずは君は何処かに隠れていたまえ。ボク達が帰りにでも拾うとしよう」
なんだか可愛そうなものを見るような視線を向けてきたリックに対して、せめてもの虚勢を張ってそう告げる。
それから二人を追って駆け出そうとして、木の根に躓いて転んだ。
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