オーク討伐

 森の奥に更に進むと洞窟があり、そこにオーク達の巣があった。


 そこでヘイゼルは、先ほどに続いて信じられないものを目撃することになる。




「……強い……」




 思わず、そう呟くことしかできなかった。


 ルブリムは見張りに立っていたオーク二匹の首を一瞬で掻き切り、洞窟の奥から現れるオーク達をイリスの魔法がまとめて葬り去る。


 その後も二人の進撃は止まらず、洞窟の中を突き進んでは見つけたオークを片っ端から、それこそ片手間で倒していくようなありさまだった。


 それなりに経験を積んだリック達が敗北したように、オークはそう簡単に倒せるような魔物ではない。


 勿論化け物レベルの実力を持つ冒険者や、魔法学園を卒業した一流の魔法使い、国家に属する騎士など単体で複数を圧倒できるような猛者も挙げれば多いが、並みのレベルの冒険者ならばパーティを組んで連携しながら戦うような相手だ。


 そこまでしてようやく、安定して犠牲者を出さずに戦うことができる。


 理性なく、多少の痛みにも怯まない。そして通常の人間を遥かに超える膂力を持つ怪物達と渡り合うというのは、そのぐらいの戦術が必要だ。そう、ヘイゼルは思っていた。




「……弱い」




 そう言いながら、ルブリムが左右から迫るオークの剛腕をそれぞれの腕で受け止める。


 力で無理矢理に押し返してからリックの大剣を振り回し、胴体を薙ぎ払い絶命させていく。


 その背後ではイリスが詠唱もなしに魔法を唱え、生み出された風の刃がオークを纏めて五匹以上撫で切りにした。




「数が多いな。そろそろ疲れた」




 などと言うイリスは、額に汗一つ浮かんでいない。鞄から取り出した謎の箱を手に握って、そこから魔力を体内に取り入れている。




「あの、イリスさん。それは?」


「ん? ああ、これはカードリッジといってね。魔力が凝縮されて封印されている。ボクが自身に保有できる魔力は……物にもよるが数発分だからね」




 果たしてその理由を尋ねていいものか、ヘイゼルが悩んでいるとイリスは何でもないことのように勝手に語りだした。




「魔法学園を追放されたときに封印術式を掛けられてね。それ自体は学園の秘術が表に出ないための処置ではあるのだが……ま、ボクのような天才に掛かればこの程度の抜け道は用意できるというわけだ」




 自信満々に、空になったカートリッジを鞄に放り込む。


 その大言も、今となってはあながち嘘にも思えない。


 ヘイゼルは冒険者として歴が長い方ではないが、それでもベテランの魔導師と組んでクエストをこなしたことがある。中には確か、魔法学園の卒業生もいたはずだ。


 彼女は、イリスはそれを遥かに凌駕している。カートリッジという制限があってなお、それらの魔導師が束になっても叶わないほどの力を見せつけていた。




「あ! あそこにお宝の気配がある! 人型の魔物は魔力がこもった物質を儀式に使う道具として集める性質があると聞くからね。ちょっと漁ってきても……」


「駄目です! ルブリムさんも頑張ってるんですから!」




 何処かにちょろちょろと消えそうになったところを、手を掴んで引き留める。


 イリスは少しばかりの不満と、何故だか嬉しそうな顔をして特に抵抗することはなかった。




(……ロレンソさんのパーティでもこんな感じだったんでしょうか……)




 目を離した隙に何処かに行かれたのでは、確かにクエストの達成には支障が出る。


 だが、それでもこの力は他に代えようがない。それほどまでに圧倒的だった。


「……わたしばっかり働いてる」




 最前線からルブリムの不満げな声がする。


 彼女もまた、規格外だ。


 鍛えに鍛えた冒険者が重武装を纏い、それでようやく受け止められるオークの一撃を難なく片腕で防いでいる。


 そこから無理矢理力で押しのけ、大剣を叩き込む戦い方で既に十匹以上のオークを屠っていた。




「……邪魔」




 鈍い音がして、大剣がオークにめり込む。


 哀れにもその一撃で頭蓋を砕かれて、オークが仰向けに倒れた。




「もっと働いて」


「そうは言うけどね、ルブリム。倒した数を見たまえよ、ボクはもう既に十五匹は仕留めている。君はどうかな?」


「……十二匹」


「つまりはそういうことだ。効率的に働くことを覚えたまえよ」


「性格悪い。そんなんだから友達がいない」


「な、なななななななにを根拠にそんなことを……!」


「敵、きた!」




 わかりやすく動揺するイリスを他所に、ルブリムは更にやってくるオークを次々と斬り倒していく。


 その途中でリックの大剣が彼女の力に耐えられずに折れたが、「あ」と一瞬呟いただけですぐにオークが持っていた棍棒に持ち替えて、それまでと変わらないペースで倒し続けた。


 イリスもルブリムに発言の意図を問いただすためなのか積極的に魔法を放ち、結果として凄まじい勢いでオークの巣は壊滅することになった。




「今ので最後かな?」




 イリスが尋ねると、ルブリムが奥を見渡す。


 オークの巣は暗くて何も見えないが、彼女には何かが見えているのかも知れない。




「もう気配はない」


「ならいいだろう。ヘイゼル君、君の仲間達を助けようじゃないか。そして凱旋と行こう」




 イリスにそう言われて、唖然としながら戦いを見守っていたヘイゼルは我に返る。


 勿論ヘイゼル自体も戦わなかったわけではない。基本的にイリスの前に立って、ルブリムの討ちもらしたオークの攻撃から彼女を護る盾として活躍した。


 だが、屠ったオークの数は圧倒的に少ない。




「……あっちに人の気配」


「行きましょう」




 ルブリムを先頭に、一行は巣の奥へと向かっていく。


 そこでヘイゼル達は、傷だらけで狭い穴倉に閉じ込められていたパーティメンバー二人を救出することに成功した。


 戦った時のダメージこそあったものの、それ以外に大きな外傷はない。命に別条がなさそうなのも、不幸中の幸いだった。


 ヘイゼル達はそこからリックと合流し、街に帰還する。


 その道中でも、イリスとルブリムの二人に対する興味と関心がヘイゼルの中で消えることはなかった。

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