化け物と呼ばれた少女

 アルイースから少し離れたところ、アルの森の近く。

 冒険者や街の守衛、その他の戦えるであろう者達を募った連合軍は、そこを最終防衛線として定めた。

 作戦を練る時間もない。正しくは、考えたところでまともな案など出てくるわけがない。観測されている魔物の数は千以上、既に現状ある物資や人員で、どのように頭を捻っても対処できるほどの数をとうに超えていた。


「……初めて見る数だ」


 ルブリムの隣で、ロレンソがそう呟く。

 更にその近くにいる、恐らくはロレンソと長くパーティを組んでるベテラン達が息を呑む声が聞こえてきた。


「スカウトの話によりゃ、魔物達を生み出している中心が森の奥にいるらしい。もっとも、俺達がそいつを叩けるとは思えないが」


 アルの森が、鳴動する。

 草木が揺れ、まるで地鳴りのような足音が少しずつ近づいてくるのがわかった。

 既に空は夕暮れに染まり、赤々とした太陽の光も少しずつ闇へと落ちていく。

 それはまるで、ここに募った者達の心境を表しているかのような不吉な光景にも見えてしまった。


「まるで……世界の終わりみたい」


 ロレンソとは逆隣りで、ヘイゼルがそう言った。

 これからの不安を暗示するようなその言葉に対して、誰もが異を唱えることができなかった。

 そう思っても仕方がないほどの絶望。圧倒的な暴力の群れに対して、僅かな戦力で相対しなければならないのだから。

 そして、それに対抗する手段は立った一つ。

 ここにいない自称天才美少女魔導師の、説明一つない魔法に掛かっている。


「わたしは、イリスを信じてる」


 自分に言い聞かせるように、ルブリムが言うと、ヘイゼルもそれに合わせて頷いてくれた。


「見えたぞ!」


 ロレンソが叫ぶ。

 森から次々と、黒い波のように溢れ出してくる異形の軍勢。

 そのどれもが殺気立ち、理性の欠片もない。或いはそれすらも、人間を滅ぼすために棄て去ったような破滅の軍勢が、一塊になって突き進んでくる。


「一番槍は誰が務める?」


 冗談めかしてロレンソが尋ねた。

 誰も声をあげないなか、武具屋から非常事態と言うことで装備を拝借したルブリムは、その手に槍斧、ハルバードを握って駆け出す。


「目的は時間稼ぎ。だから、みんなを護って」


 簡潔にそれだけを伝えて、魔物の群れに飛び込んでいく。

 すぐに戦闘のゴブリン達が、愚かにも単身で挑みかかってきた人型を見つけて方向を変えた。

 血走った眼をした彼等は、殺戮に本能を支配されている。ただひたすらに敵を屠り、例えそれが自分のものでも他者のものでも、どれだけ多くの血を浴びることができるのかが目的のようにすら見えた。

 だからこそ、一番仕留めやすそうな獲物を見て、一斉にそこに殺到していった。

 彼等に理性があったのならば、次の瞬間には後悔していただろう。

 ルブリムの身長よりも大きな槍斧が、全力で振り回される。

 それだけで先頭を走っていたゴブリンの群れは、まるで紙切れのように身体をずたずたに引き裂かれて吹き飛ばされていった。

 例え最前列がそうなろうとも、魔物達の群れは止まらない。ゴブリンが消えればその後ろにはオーク達が、武器を構えてルブリムの身体を叩き潰そうと立ちはだかった。


「……邪魔」


 横薙ぎの一撃が、オークの腹にめり込んでいく。

 奴等の防御の要となる肉厚の身体を以てしても、その切れ味と圧倒的な膂力による破壊力は止まることはない。

 そのまま二体、三体と巻き込んで薙ぎ倒していった。


「す、すげぇ……!」


 背後で誰かがそう言った。


「あれがバリアントの力か……古代種族に生み出された、戦うための……」


 羨望と、恐怖が入り混じったような声。

 それは戦場で何度も聞いた、もう慣れてしまった雑音だった。

 傭兵として転戦していると、雇い主ですらそんな心ない言葉を投げかけてくる。それでも、今のルブリムは武器を振るう手を鈍らせると言う選択肢はない。

 ルブリムを必要だと言ってくれた、イリスが頼ってくれたのだから。

 そう思って、更に強く武器の柄を握る。


 ――今日ばかりは、いつもと様子が違っていたようだが。


「ルブリムを中心に陣形を! こちらに敵を引き付けましょう!」


 戦場に凛とした、よく通る声が響いた。

 次の瞬間、ルブリムに背を合わせるような形で誰かが立っている。


「ヘイゼル?」

「ルブリム、背中はお守りします!」

「俺達も忘れてもらっちゃ困るぜ!」


 別方向から、ロレンソが体当たりで敵の軍勢を吹き飛ばしながら、武器を振るう。彼はその巨体と鍛え上げた筋肉に攻撃を一手に引き受け、他の者達が攻撃する時間を作っていた。

 ヘイゼルも同じように、剣と盾を用いて堅実に立ち回っている。実力はルブリムには遠く及ばないが、その代わりに状況を見ながら周りの仲間達に適切に指示を出していた。


「こちらに攻撃を引き付けます! 遠距離攻撃ができる方は、援護を!」


 彼女の声で、止まっていた戦場が一気に動いた。

 魔導師達が一斉に放ったファイヤーボールの魔法が、次々と魔物の一団に着弾しては爆発を起こす。

 背後からは弓やボウガンを装備した冒険者と、守衛達が一斉に矢を放ち、魔物達の足を止める。


「ロレンソさん! 二手に分かれましょう! こちらは……!」


 声を張るヘイゼルに、魔物達が迫る。彼女が司令塔だと気付いたのか、それとも単にその声が耳障りだったからなのか。

 その答えはわからないが、とにかくヘイゼルを背後から強襲した魔物達の攻撃を、ルブリムは腕の一本で軽々と受け止めた。


「あ、ありがとう……ございます……」

「お礼はいい」


 ハルバードを振り回し、攻撃してきた敵とまとめて数匹を屠る。


「思いっきり声を出して、みんなを助けて。……ヘイゼルはわたしが守る」


 さっき彼女が言ってくれたことへの返事というわけではないが、ルブリムの口からは自然とその言葉が出ていた。

 同時に、ガエルに言われた言葉も思い出す。

 化け物と、彼はルブリムにそう言った。

 子供のころはそう言われるのが嫌だったから、それを言わない二人に拾われたことが幸運だった。

 そして今は。


「来い」


 目の前には千を超える軍勢。

 例え血で赤く染まろうと、その目の輝きが消えることはない。

 それが戦うための種族。今はもう、その痕跡しか残らない誰かが身勝手に生み出し、彷徨う哀れな者達。


「化け物の力を見せてあげる」


 少女は止まらない。

 命が消えるか、彼女が信じた自称天才美少女魔導師が、全てを解決してくれるその時まで。

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