クラリッサへの報い
クラリッサ。
そう呼ばれる少女魔導師は、決して魔導師として未熟なわけではない。
ただ、彼女にはいい意味で魔導師としての高潔さはなかった。魔法の力を研究し、高め、己の血肉とする。魔導師とはそうあるべきという学園の教えには、ついぞ染まることはできなかった。
ある意味では即物的な生き方であり、金に困らない貴族が数多く所属する魔法学園の生徒としては異端であったと言えるだろう。
だが、だからこそ彼女は強くなった。魔法に加えて手段を選ばぬ性質があってこそ、クラリッサは特異な魔導師だった。
だからこそ、様々な手段を用意する。
例え自分自身が魔法で決着をつけられなかったとしても、相手を倒して依頼を遂行できればそれでいい。
どのような手段を用いて敵を倒そうと、その果てに手に入れることができる報酬に一切の差は出ないのだから。
そしてこの勝負、クラリッサは勝利を確信していた。
相手は自分よりも恐らく年下で、体格も子供同然。
そうでなくとも、クラリッサが用意した短剣には麻痺毒が染み込ませてある。一撃でも掠らせれば、身体の自由を奪うことができる。
過去にも、自分よりも格上の魔導師達をこうして倒してきた。
そう、そいつらがクラリッサより秀でていたのは、あくまでも魔法だけだ。
こうした戦いの技術や、戦場における狡賢さ。そう言った部分ではクラリッサが勝っている。
結局は、そういうことだ。命のやり取りをしているのだから、そこに卑怯も誇りもあったものではない。
「死いねえええぇぇぇぇ!」
相手は目の前。
咄嗟のことに反応できないのか、背を向ける逃げることもしない。
勝利を確信し、短剣を突き出す。
その切っ先がイリスの胸に触れる直前。
――クラリッサの身体が宙を舞っていた。
何が起こったのか、クラリッサには理解できなかった。
一瞬、心地よさすら感じる浮揚感。
その直後、草地に叩きつけられる強烈な痛みが、即座に彼女を現実へと引き戻す。
そしてそれは、知りたくなかった事実。
「あ、がっ……!」
それが強烈な……いや、出力こそ圧倒的でありながら、クラリッサを殺さない程度に手加減した風の魔法だと気づくのに、それほど時間は掛からなかった。
「あ、んた……!」
「卑怯などと罵るつもりはないよ。それに関しては、ボクも負けていないと自覚しているからね」
「このっ!」
転がっていた杖を拾い上げて、その先端を向ける。
ジャマーの不発であると判断したクラリッサは、すぐにマジック・ミサイルを発動させようとして、そこに刻まれた魔導式が全く反応しないことに気が付いた。
「……な、なんで……?」
「君が自分でやったことだろう。ジャマーによって魔導式の発動を妨害している。その杖に刻まれているマジック・ミサイルを速射する魔導式は、しばらく起動しないよ」
杖の補助用の魔導式も、自身の内側にある式も全く反応しない。それこそが、クラリッサが自ら用意したジャマーの効果だった。
「じゃあ、あんたはなんで……ぐあっ!」
ガツンと、強烈な痛みが走る。
青白い光のマジック・ミサイルが、クラリッサの顔面を撃ち抜いて吹き飛ばした。
仰向けに倒れる彼女の上空に、無数の青い光が浮かんでいる。
その数は数十個に及び、クラリッサが一度に発動できる数を優に上回っている。
「そもそも魔導式とはマナを集めそれらを変換するのを補助するためのものだ。別にそれがなければ、魔法を発動できないわけではない」
「だからって……!」
例え一流の魔導師でも、魔導式を用いずに魔法を発動させることは困難なはずだ。
それこそ魔法学園の首席ですら、初歩的な魔法を操るのが精々だろう。
「じゃあ、あんたは……!」
「察しの通り。魔導式を使わずにマナを操っているだけのことだ。マナの性質さえある程度コントロールできれば、後は知識の問題だからね。どのぐらいの魔法が、頭の中に入っているかの話さ」
「そんなの……!」
「できるわけない? 現実をみたまえ。今、君の目の前でボクがそれをやっている。……さて、君はボクの友人候補を随分といたぶってくれたみたいだね」
「は、はひっ……!」
起き上がって、逃げようとする。
クラリッサは、決してレベルの低い魔導師ではない。
だからこそ理解してしまった。
目の前にいる規格外の魔導師には、例え逆立ちしても叶わないことを。
「誰が逃げていいと言った?」
足元に、一発のマジック・ミサイルが着弾する。
地面が抉れ、穴が開く。
それは先ほど顔面にぶつかった一撃が、どれだけ手加減してくれていたかを表していた。
「ひっ……!」
腰が抜け、その場に尻餅をつく。
情けなく両手を前に突き出して、相手に待ったをかけた。
「ちょ、ちょっと揶揄っただけじゃない! それにあいつに雇われて仕方なく……!」
「言い訳を聞くつもりはないよ」
冷静な声が、クラリッサに死刑を宣告する。
恐らく全身の骨を砕かれ、苦痛に悶えて死ぬだろう。
彼我の実力差から自身の惨い最期を想像してしまい、クラリッサの股から温かい水が流れ出す。
「や、やめて、許して……! お願い、何でもするから! 何なら、魔法学園に復学のお願い、一緒にしてあげる!」
「必要ないよ」
イリスが上から下に、視線を動かす。
まるで星のように瞬いていた青白い光が、一斉にクラリッサの元へと降り注いだ。
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