宣戦布告
結論から言うと、家は即購入に踏み切った。
アルイースの外れにあり、確かに交通に不便な点こそはあるが、逆に周りに人がいすぎない環境がイリスにはありがたかった。
それに加えて、二階建てでかなりの広さがある。庭も付いているし、何よりも大きな風呂があるのも重要なポイントだ。
当然魔法使いが使っていた家ということもあって、地下には研究用の部屋がある。機材も一部そのまま残されていて、少し古いが掃除をすれば充分に使えるものだった。
各々に個室を割り当てても、部屋自体はまだ余っている。その上で貴族の屋敷ほど広すぎないのも評価点の一つだった。
ルブリムもヘイゼルも異論はなし。イリスもいざ物件を見てみればすぐに気に入ってしまい、早々に購入を決定した。
ユスティに色々と面倒ややり取りをやってもらい、手続きは思いのほか簡単だった。彼女には本当に、頭が上がらない。
残ったお金で家具を色々と買い揃え、それらを運び入れて配置する。数日掛かるかと思われた作業だったが、ルブリムが頑張ってくれたおかげで一日で完了することができた。
その後は三人でささやかなお祝いをした。本当はユスティにも来て欲しかったのだが、彼女はギルドの仕事があるということで今回は断念した。
その代わりに、差し入れと言う形でお酒を何本がもらった。三人ともお酒を飲むのは初めてだったので、少しばかり羽目を外し過ぎたかも知れない。
「……まさか三人で裸でベッドに入っているとは」
簡単な寝間着に着替えて、廊下を歩きながらイリスが呟く。他二人は今も、ベッドで横になっている。
おろしたてのシーツの上で何があったのかは、今は考えないようにする。イリスの身体には妙な倦怠感があるし、明日最初にやらなくてはならないことは洗濯だが。
ベランダに出て、そこから屋根の上に昇る。
少し小高い丘の上にあることもあってか、そこからはアルイースの街を一望することができた。
涼やかな風が、草木を揺らしながらイリスの身体を通り抜けていく。
酒やらそれ以外やらで火照りが冷めない身体には心地よく、目を閉じてそれを全身で堪能した。
「心強い仲間ができた」
そう、誰もいない虚空に呟いた。
彼女達のおかげで……やり方は少々強引だが悪夢も見なくなった。
そうやって自分を鼓舞していても、イリスの中にある不安が完全に消えることはない。
身体が小さく震えたのは、夜の風が冷たかったからではないだろう。
イリスの瞳は、アルイースの街並みよりももっと違うものを映している。
遥か彼方、何処からやってくるかもわからない恐怖。
いつかはわからないが、いずれやってくる破滅の未来。
あの肉と臓物が蠢く悍ましい世界の奥で、今もこちらを見つめている少女。
彼女は笑っている、イリスの足掻きを嘲笑うかのように。
以前はそれを思い返して、ベッドで目を閉じることしかできなかった。
しかし、今は違う。
傍に誰かがいてくれるだけで、こうも心持ちが変わるものかと、一番驚いているのはイリス自身だった。
「来るならきたまえ」
誰に言うでもなく、決意の声を放つ。
ガエルが持っていた水晶も、恐らくは彼の者の眷属の一つ。それを破壊したことが、イリスから彼女への宣戦布告となるだろう。
「抗って見せるよ、ボクは」
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