帰る場所
ガエルとの揉め事を解決してから数日。
イリスに対しての冒険者ギルドの方針は、最初は二分していた。
片方はどんな理由があろうと、冒険者同士の争いに加えて多額の寄付をしてくれていたケンドール家に討ち入ったことに対する批判意見。
そしてもう片方が、彼が所持していた魔物を呼び出す水晶の脅威。そして何よりもそれを未然に防いだ功績への感謝の褒賞。
そもそもにして、イリスのような幼い見た目の魔法使いが一人でそれを成したことに対する疑いの声など、なかなかに紛糾していたらしい。
もっとも、イリス本人からすればそれらのことについてはあまり関心のある出来事ではなかったが。普通に、冒険者を続けられればそれでいい。
結果としてはユスティを中心とした現場の冒険者達の口添えによって、反対派が折れた。ガエルの悪事の数々も暴露され、何よりも彼等に家を奪われたロムリア家の令嬢であるヘイゼルの言葉があったのも理由としては大きい。
結果として、イリスはこの街で冒険者を続けることを認められ、それどころかかなりの額の報酬まで手に入れることができた。この辺りは、ガエルの悪事を見て見ぬふりをしてきた冒険者ギルドに対しての口止め料の意味もあるのだろう。
「ということで、今夜は美味しいご飯が食べられるわけだが」
お金がつまった袋を高々と掲げながら、冒険者ギルドの酒場でイリスが誇らしげに告げる。
「うん」
「うん、ではないですよ。幾らかなりの額があると言っても、無駄遣いすればすぐになくなってしまいますからね」
頷くルブリムと、注意するヘイゼル。
「いや、それは君達へのご褒美だよ。このお金は、君達の協力があってこそだからね。ボクは少しばかり魔法の道具や材料を買わせてくれればそれでいい」
その後は、お金の使い道に対しての話し合いが始まった。と言うよりも、イリスが魔法道具を買いに行くお店をヘイゼルに聞いている間に、値段の話から自然とそうなっていったと言うのが正しいが。
「……残ったお金は貯金?」
「いや、ここから更に半分は……ルブリム。君の仕送りに使ってくれたまえ」
「……いいの?」
「当たり前だ。同じパーティなのだからね」
「イリス……大好き」
椅子に座ったまま、ぎゅっとハグされる。
「恥ずかしいのでそういうのは夜にしてくれたまえ」
「……夜ならいいの?」
「ああ、いや、今のは……まぁ、程々にしてくれるならね」
その瞬間、ルブリムとヘイゼルの目が光ったような気がしたのだが、イリスは見ない振りをした。
「で、次はヘイゼルの分だけど」
「いえ、わたしは大丈夫です。今回の件に関しては本当に助けられただけですし」
「上層部に掛け合ってくれたと聞いているし、その辺りを不義理で済ますつもりはないよ」
「でも……」
どうにも、ヘイゼルは受け取ってくれるつもりもないようだった。
どうしたものかとお互いに妥協点を探っていると、ヘイゼルの方から提案がある。
「でしたら、みんなの役に立つ物に使いませんか?」
「それはいいと思うけど、何か当てでもあるのかい?」
「はい! 活動拠点を手に入れるというのはどうでしょうか?」
「活動拠点? 要は家を借りるということか」
冒険者として活動するにあたっては、確かに必要かも知れない。
この街に出稼ぎに来ている冒険者なども多く、彼等の大半は宿暮らしだが、お金に余裕が出ればアパートを借りている者もいる。
「そうですね。本当はあの屋敷を何とかわたしの手元に戻せればいいんですけど」
ヘイゼルの表情が暗く沈む。
「まぁ、ボクが結構派手に壊してしまったからね」
あの屋敷はこれからしばらくは、色々と調査が入ることになった。その後ロムリアのものだからとヘイゼルのものになるのかは、未定とのことだ。
「買おう、家」
唐突にルブリムが会話に入ってくる。
「どうした、急に?」
「バリアントは、ずっと旅をしてた。わたしはおじいちゃんとおばあちゃんに拾ってもらったけど、やっぱりそこは二人の家だから」
「つまりは、自分の家。帰る場所が欲しいと」
こくりとルブリムが頷く。
確かに彼女にとって、帰って一息をつける場所と言うのはある種の憧れなのかも知れない。
「確かに、考えてみればボク達は三人とも家なしだ。のんびりできる場所があってもいいかも知れないね」
イリスも、魔法学園を追放されてからずっと宿暮らしだ。そんなに長い間ではないとはいえ、そろそろいつでも温かいベッドで眠れる家が恋しい。
「でしたら、ちょうどいい物件がありますよ」
と、イリスの後ろから声が聞こえてきて、三人がその方向を見る。
見ればユスティが、にこにこ顔で立っていた。
「街外れに、長い間放置されていた一軒家があるんです。元々は高名な魔法研究家のアトリエだったらしくて」
「ふむ。それはボクにとっては都合がいいな。でもどうして放置されていたんだい?」
「魔法使いが住んでいた家、というのはあまり買い手がつかない傾向にありまして」
「そうなのか?」
ヘイゼルを見ると、彼女は若干微妙そうな表情で頷いた。
「そうですね。やはり多くの人にとっては魔法とは未知のものですから」
「怪しい研究をしていたかも知れないと」
「毒や変な呪いが残っているとか、そんな風に不安がる人は多いと聞いています」
と、ヘイゼルが説明をしてくれた。
「ですが、イリスさんならその辺りの心配はありませんし。よかったらどうですか?」
ユスティにそう聞かれて、イリスは少し思い悩む。ここまで簡単に話が進んでしまうと、何か見落としがあるのではないかと不安にってしまうのは彼女の性だった。
「行ってみる」
そこに、ルブリムの後押しが加わった。どうやら彼女は新しい家を手に入れることに大分乗り気のようだ。
「まあ、そうだね」
とはいえ、彼女のその行動力を尊重するのも大切なことだ。イリスは素直に頷いて、三人はユスティに案内されてそのまま家へと向かうのだった。
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