世界の外側へ
ことを終えて、乱れた服を整えながらイリスは自分の緊張がすっかり解けていることに気が付いた。
厳密には直前まで、それどころではなかったと言うのが正しいのだが。
「あの、すみません。ちょっと、やりすぎてしまったみたいで……魔法陣とか、無事でしょうか?」
「……大丈夫だよ。それに、君が原因じゃないから安心したまえ」
まさか他の二人としてもこうなるとは言えず、イリスはそれ以降はそれに関しては口を噤むことにした。
濡れた床を見ないようにしながら、ローブを着込んで魔法陣の傍に立つ。
「やり方は少しばかり乱暴だったが」
部屋の窓から外を見る。
時間は既に夜、真っ暗な闇の奥に戦いの光が灯っては消えていく。
ここまで待たせてしまったことに罪悪感を覚え、そうすることしかできなかった自分を呪う。
そんなイリスの感情を察したからだろうか、背後から柔らかいものが押し当てられて、身体が温かさに包まれた。
「大丈夫です。イリスさんは、みんなを護れます」
「保証はないけどね」
「わたしと、あの場所で戦っている皆さんが信じていること、では駄目でしょうか?」
「……充分だ」
ユスティに離れるように指示して、魔法陣の中央に立った。
笑い声が頭に響く。
一瞬顔を顰めて、こめかみの辺りを抑えると、ユスティが不安そうな顔でこちらを見ていた。
そんな彼女に軽く笑いかける。
目を閉じれば、すぐにその光景が浮かんでくる。
肉の海の奥、この世のものとは思えないほどの悍ましい世界の中心で嗤っている女がいる。
イリスの足掻きを、さも面白い見世物であるかのように。
醜い世界の奥深くで、この世界を滅ぼす算段を練り続けるその女の唯一の楽しみとして選ばれたのだ。
「残念だけどね」
魔法陣が強い光を放つ。
イリスの意識は、女のいる場所を通り抜けてもっと広い場所へと飛んでいった。
「君の思い通りにはならないよ、災厄の女王」
以前、同じ魔法を発動させたときにイリスはその場所を見た。
この世界を見つめる、恐らく人の理では立ち向かうことのできない荒廃の主、災厄の女王。
奴は今も、耳障りな笑い声をあげている。
イリスのやっていること全てを否定して、それが無駄だと嘲笑うかのように。
「わかっているよ、災厄の女王。今のボクではお前には勝てないかも知れない」
暗闇の中に浮かぶ景色は既に、その場所を通り過ぎた。
何もない草原を走り、虚空の空を飛び、やがては目的としていた場所へと辿り着く。
光に溢れた世界に向けて、イリスは手を伸ばす。
それこそが、この儀式が確立された理由。
あらゆる魔導師達が欲する、究極の到達点の一つ。
「でも、見ていたまえ」
いつの間にか、声はもう聞こえなくなっていた。
或いは、イリスがやろうとしていることに対して関心を抱いてくれたのかも知れない。
災厄の女王は、イリスがこうして足掻けば足掻くほどに楽しそうに笑うのだ。
そのためならば、手駒の一つを潰されても文句もないのだろう。
「ボクとボクの仲間達は、必ずお前を超えてやる」
イリスの意識と、狭い部屋の中を眩い光が満たした。
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