猛攻
「こっちはもう押し込まれ始めてる!」
ロレンソの悲痛そうな声が響く。
視線を向ければ、彼の負傷はそれほどでもないが、周りには多くの傷ついた仲間が倒れていた。
「負傷者の救護を急いでください! できるだけ死人を出さないように!」
檄を飛ばしながら、ヘイゼルは盾を構え敵の突撃を受け止める。
「くぅ……!」
オークの一撃の重さによろけたが、すぐに横から放たれたルブリムの槍斧による突きが、オークを貫いて絶命させた。
「ルブリム!」
「まだ来る」
隣に並び、敵を迎え撃つ。
ヘイゼルができることは、その盾で敵の攻撃を受け止め続けることだけだった。何とか隙を作り、ルブリムや他の仲間達が屠っていく。
「弱音は吐きたくないがな、そろそろ限界が近いぜ」
隣に来たロレンソが、そう言った。
既に戦闘開始から数時間。最初は勢いよく敵の攻撃を押しとどめるどころか、押し返すほどの戦いを見せていたが、状況は次第に悪化してきている。
無限ともいえる数で増え続ける魔物達の軍勢に、死傷者は増え士気も下がっていく。
何とかヘイゼルは最前線で戦い続けているが、既に体力は限界に近い。
「皆さん、固まって! 敵の攻撃を……」
ヘイゼルの声が、途中で掻き消された。
森の奥から甲高い咆哮が聞こえ、その場の視線がそちらに集中する。
「な、なんだあれは……!」
「もう終わりだぁ!」
悲鳴のような声が響く。
それも無理もない話だった。
ロレンソも、ルブリムですらもそれを見て腕をだらりと下げて一瞬、脱力してしまい、それ慌てて立て直す。
それは、魔物達の死肉の塊だった。
今まで倒したそれらを吸収し、身体の一部として、巨大な二足歩行の怪物のような姿で森の奥から姿を現した。
目も何もない顔の中央部分には、あの紫の水晶が埋め込まれている。まるで瞳のように輝くたびに、甲高い咆哮が辺りを音圧で揺らした。
「あ、あれが……」
死肉が蠢く。
紫の水晶が輝き、そこから生み出された無数の魔物達が街や戦い続けるヘイゼルに向けて進撃を始めていた。
「この……!」
慌ててルブリムが武器を握り直し、迎撃する。
生み出されたのはゴブリンやオーク、これまで相手をしていた魔物達と同じに見えるが、明らかに様子が異なっていた。
「ルブリム!」
嫌な予感がしたヘイゼルは、ルブリムと魔物の間に入り込む。
目の前に迫っていたゴブリンの身体が小さく震え、その腹が裂けてそこから口だけが付いた蛇のような触腕が飛び出してくる。
咄嗟に事に、ルブリムは反応することができなかったが、何とかヘイゼルが盾で受け止めたことで事なきを得た。
「こいつっ!」
よろめいたヘイゼルを庇うように、ルブリムが前に飛び出してゴブリンの頭を斬り飛ばす。
頭を飛ばされてなお、ゴブリンは身体を震わせ、手に持った棍棒を振り回して暴れまわり始めた。
同じような現象が、あちこちで起きていたらしい。
これまでに見たこともない異常事態、目の前に立ちはだかる巨大な魔物。
それらに心を折られた冒険者達は、瞬く間に恐慌状態となっていた。
「くそぉ!」
ロレンソが、下がってしまった仲間達をカバーするために前に出る。
彼の自慢の巨体とその大盾で、複数の魔物達の攻撃を受け止めていた。
「ルブリム、ロレンソさんを!」
「……わかった」
ルブリムが慌てて援護に向かう。
そうすることで、今度は魔物達が一斉にヘイゼルの元へと殺到した。
「まだ戦える人は、わたしと一緒にここを!」
ヘイゼルはこの状況でもまだ諦めていない。
無謀とも言える彼女の戦いは、心が折れかけていた戦士達をほんの少しとはいえ支えるだけの役割を果たすことができた。
十名程度が、隣に並び一緒に戦ってくれる。
ゴブリンを盾で弾き、オークを連携して仕留める。
しかし、奴等はもうそれまでの魔物とは全くの別物だった。倒した傍から、その身を異形と変えて立ち上がってくるのだから。
一人また一人と、倒れるか心が折れていく。
その中でヘイゼルは一人、武器を振るい続けた。
決して諦めず、イリスを信じ続けて。
甲高い咆哮が上がる。
魔物達の攻撃が止まった一瞬で、ヘイゼルは巨大な魔物を見上げた。
魔物の顔が遠くを見ている。
その方向には覚えがあった。そして、それをする理由にも。
もしあの水晶に意思があったとするならば、それは己を追い詰めた魔導師を殺そうとするだろう。
だからこそ、魔物達を伴ってこのアルイースに進撃してきたのだ。
再度の咆哮。
魔物達が一斉に進路を変える。
目標は、アルイースの市街。イリスが儀式を行っている、あの塔。
「駄目……!」
思わずヘイゼルが叫んだ。
魔物達はまるで雪崩のように、守備の弱まった部分を貫いて街の中へと押し入っていく。
「くそっ、止まらねぇ! あの嬢ちゃんが失敗したら、俺達はどうなるんだ!」
ロレンソの叫びに対して回答する余裕は、その場の誰にもなかった。
ヘイゼルとルブリムは、自らが傷つくことも厭わずに魔物の群れの中へと突入していく。
「数が多い、それに!」
忌々し気にルブリムが声をあげた。
魔物達が怪物から生まれる速度が、先程までの比ではない。
無秩序に、全ての理を無視して、無数に魔物が生まれてくる。
それらはまるで統率されたように、ヘイゼル達を妨害するものと、塔に向かい駆けていく者達で分かれていた。
「このままじゃ……!」
数匹を斬り倒したところで意味はない。
一歩も前に進めないまま、また十を超える数が補充されて立ちふさがった。
いつの間にか勢力図は完全に逆転し、ヘイゼルとルブリムは何処を見渡しても魔物しか見えないような状況になってしまっていた。
そんな中、戦いの終焉を告げる声が上がった。
「塔が……!」
轟音が響く。
それがイリスがいるあの塔が破壊された音だと理解するのに、それほど時間は掛からなかった。
「そんな……」
手に持っていた剣と盾を思わず取り落とす。
何処か冷静な部分が、ここでそんな醜態を晒すべきではないと自分を叱咤する。
ヘイゼルはこの場の最後の砦だった。彼女が声をあげ剣を振るっていたからこそ、残った冒険者達は戦うことができていた。
それが今、終わりを告げた。
同じように武器を落とし、座り込む者の姿もあった。
魔物達はそれを幸いにと、本能的な残虐さを露にして彼等を嬲り殺すためにじわじわと包囲を狭めていく。
「わたしは、まだ……!」
ルブリムだけが武器を振るい、魔物を薙ぎ倒し続けている。
懸命にイリスのいる場所に向かおうとするが、その距離は縮まることはない。
やがて武器が折れ、身体を打たれてルブリムの身体が地面を転がった。
慌ててそれを助け起こしながら、ヘイゼルは彼女に掛ける言葉を必死で探していた。
何をどうしても、絶望的な宣告しか出てこない。万に一つの可能性があったとしても、この包囲を突破してイリスの元に向かう方法は何も思いつかないのだから。
そんな二人に、今度こそとどめを刺そうとオークの巨体が迫る。
手に持った斧を振りかぶったその瞬間、オークの背後で眩い閃光が走った。
「な、に……?」
その場の誰もが、魔物ですらもその光景には動きを止めて、その方向を注視した。
搭があった場所から立ち上った眩い光が、夜の暗闇に一瞬の夜明けをもたらす。
続いて輝く小さな何かが、夜空に浮かんでいるのが見えた。
例え遠くても、ヘイゼルとルブリムの二人にはそれが何かすぐに理解できた。
「イリス!」
声をあげたのは、ルブリムが先だった。
動きの止まったオークを拳で倒し、その方向を見る。
イリスの顔がこちらを見て笑った、ような気がしたのは気のせいはないだろう。
感謝の言葉と、もう大丈夫と言うこちらの安心させるような一言。
それだけで、ヘイゼル達が勝利を確認するのには充分過ぎるほどだった。
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