スーパーイリス(仮)

「ユスティ、無事かい?」


 崩れた搭の上で、何が起こったのかもわからず宙に浮かんでいるユスティに声を掛ける。

 彼女はまだ呆然としてたが、何とかイリスの言葉に反応してこくこくと頷き返してくれた。


「だったらよかった」


 ふわりと、ユスティの姿が壊れた搭の瓦礫の中で、比較的安定している場所に着地する。


「あ、れ? 周りの魔物は……?」


 ほんの数秒前まで、塔には大量の魔物が迫ってきていた。

 それがたった一瞬で全て消滅したことが、まだ信じられないのだろう。


「詳しい説明をしてあげたいのだけどね、あまりみんなを不安にさせるわけにもいかない。そういうわけで、ここで待っていてくれるかい?」


 そう微笑みかけたイリスの表情が、あまりにもユスティが知っている彼女と違い過ぎたからか、頬を染めながらこくこくと頷いた。


「それじゃあ、行ってくる」


 イリスの小さな身体が天空に飛翔する。

 先程の一撃で、既に空に掛かっていた分厚い雲は全て吹き飛び、星と月の灯りが妙に明るく地上に降り注いでいた。

 それは今しがた、イリスが終えた儀式の結果でもある。世界を隔てる境界が歪み、それが一層、空から降り注ぐ輝きを強めているのだろう。

 或いは、一流と呼べるほどの魔導師がいれば、世界の理が僅かな間塗り替えられたことに気が付いたかも知れない。

 眼下にはまだ、多くの魔物達がいる。

 彼等も理外の力により狂乱し、イリスを殺そうと一斉に既に瓦礫と化した搭へと進軍を開始していた。


「《星の矢》」


 イリスの手の中に、光が灯る。

 上空に浮かび上がった丸い光の玉から、無数の矢が地面に向けて降り注いだ。

 その数は千を超え、全てが魔物達に向かって誘導するように飛んでいく。

 悲鳴が上がり、次々と魔物達が倒れていく。その後に異形化したとしても、二の矢が貫き完全に絶命させた。

 ある程度の数が減ったことを確認してから、イリスは街の外を見る。魔法で視界を強化して、すぐに目的の人物達を見つけることができた。

 あまりにも一瞬のことで、理解が追い付かなかったのだろう。ルブリムとヘイゼルは、目の前に降りてきたイリスを見て数回瞬きをすることしかできなかった。


「頑張ってくれたみたいだね。君達のおかげで、何とかなりそうだ」

「イリス……?」


 彼女達にはイリスの姿が希望に見えたのだろう。抱き着こうとしてきたところを、腕を伸ばして制する。


「少し待っていたまえ、まずは……」


 後ろを見れば、同じくこちらを見ているロレンソに、彼に庇われるようにして多くの冒険者達が傷ついている。中には重傷者もいて、悲惨な状態となっていた。


「《生命の揺り籠》」


 足元に巨大な魔法陣が出現し、彼等が倒れている場所を中心に展開していく。


「一人一人を治療している時間はないみたいだからね。この中にいれば、ある程度の傷なら治るはずだ。重傷者も、少しすれば動けるぐらいにはなる」

「凄い……」


 素直に、ヘイゼルがそう感想を述べる。


「二人も中に入ってたまえ。君達を死なせるわけにはいかない」


 そう言ってから、イリスはこちらを見ている『それ』に対してようやく視線を向けた。

 顔の辺りに紫の水晶が埋め込まれた、異形の巨人。

 見ているだけで寒気がするようなそれは、間違いなくこの世界の理の外側から現れた者。

 頭の中で甲高い笑い声がする。

 それでも、もうイリスには彼女に対する恐怖はない。


「後はボクに任せておきたまえ。このスーパーイリスに」

「……え」


 何かを言おうとして、ヘイゼルが口を噤む。それは彼女の最大限の配慮だった。

 そしてそう言った感情が薄いルブリムは、素直に思ったことを口にした。


「格好悪い名前」

「なんだと! ……その件については、後で話し合う必要があるな。……とにかく、ボクに任せておいてくれ。君達が働いてくれた分は、ちゃんと返すよ。奴を倒すという形でね」


 自信満々に告げるイリスに、二人も頷き返す。

 その表情や視線は、イリスに対する強い信頼を物語っていた。


「うん。それじゃあ、行ってくる」


 イリスが飛翔する。

 同時に、水晶の巨人が咆哮をあげた。

 外の人間達を全く無視し、アルの森の奥の方へと飛んでいくイリスの方へと駆け出し、その身体から無数の魔物達を呼び出してはイリスへと向かわせてくる。

 その数は先ほどまでの比ではない。ルブリム達が戦っていたあれらは、ほんの様子見の遊びだったのだ。

 あの紫水晶、そしてそれをこの世界に無造作に放り込んだ災厄の女王からすれば、イリス以外にこの世界に敵はいない。

 それ以外の全ては、些事。ちょっとした遊びに過ぎないと、そう物語っていた。


「確かに、考えてみればそうだね」


 森の奥、その中心地でイリスは止まる。

 空中に飛翔したその下には、水晶の巨人に率いられた魔物達が集まり包囲網を作り上げていた。


「お前にとっての脅威は、ボクだけと言うことだ。それ自体が正しいかどうかは別の話として」


 例えば、国家に仕える騎士団の上級騎士は一人一人が一騎当千の実力者と聞く。

 それ以外にも魔法学園の全戦力、最上位の冒険者などこの事態を収められる者がいないという話ではないだろう。

 だが、何をどうやってもそれらが動くまでの間には大きな犠牲が出る。

 全戦力でこの事態を収めるまでの間に、少なくともこの国の人口は三分の一ぐらいは削られていることだろう。

 それだけの脅威が、今イリスの目の前には立っていた。


「少し遊び過ぎたみたいだね。最初からこれをしていれば、ボクを殺せていたかも知れないのに。……いや、或いは」


 災厄の女王が、わざとそうさせたのかも知れない。

 とはいえ、そんな予想も今はどうでもいいことだ。


「無限の魔力を手に入れた今のボクに、数を揃えた程度で敵うと思わないことだ」


 異形とかした魔物が、その身体から突き破った触腕を伸ばしてイリスを捕えようと試みた。

 しかし、次の瞬間にはイリスはその場にはいない。

 光に包まれて消失したかと思えば、別の場所に出現していた。


「まずは掃除をするとしよう」


 両手に光を集める。

 それを胸の辺りで一つにして、頭上に掲げた。


「《星譚》」


 光が広がる。

 半円状に広がったのは、全てを包み破壊し尽くす滅びの輝きだ。

 先程の星の矢とは比べ物にならないほどの熱量が、この場に集った魔物達を一斉に焼き尽くした。

 これらの魔法は、全てイリスが独学で開発したもの。

 魔導式などを用いていては到底操ることができないほどに複雑な術式を、イリスは全てその場で発動させることができた。

 唯一の欠点は、魔力の消費が激しすぎることだ。万全でも一回、それも他の魔法を一切使っていない状態での話。

 封印術式を施されていては、当然撃つことなどできはしない。

 皮肉にも、魔法学園の教師達は慣習に則ったことで、自らこの世界に訪れる災厄への対抗策の一つを使えなくしてしまっていたのだった。

 だから、あの儀式が必要だった。

 イリスが最初、災厄の女王を見るきっかけにもなった、異なる世界との扉を開く魔法儀式。

 それ自体は別段、珍しいものではない。大抵の場合、高位の幻獣が住むような世界と接続することで、召喚魔法などを使うためのものだ。

 イリスが今回接続した世界は、何処ともわからない異世界。

 果たしてそこは既に滅びているのか、それともイリスにも理解の及ばないような事象が巻き起こっているのか。

 無限と表現してもいい、圧倒的なエネルギーが充満するその世界から、魔力を取り出し自分のものへと変換して使っているのだった。

 光が止むと、そこにはあの大量の魔物達はいない。

 全て木々と共に焼き払われ、土がむき出しになった地面と、唯一イリスの魔法を絶えた水晶の巨人だけがそこに立っていた。

 水晶を輝かせ、巨人はイリスに顔を向ける。


「……まだやるみたいだね。どちらにせよ、君を生かしておく理由はないよ」

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