家に帰ろう
眩しかった月と星の灯りも次第に収まり始め、それでも煌々とした輝きは夜の闇を打ち消すように、辺りを鮮明に照らしている。
「少しやりすぎてしまったかな」
そこに森があったとはとても思えない惨状、遠くには戦いの余波で薙ぎ倒された木々が見えるが、イリスのいる場所を中心とした周囲にはただ抉れた土の地面が広がるだけで何もない。
先程まで戦っていた水晶の巨人の姿もなく、静寂の中で、イリスはそのまま大の字になって倒れた。
辺りに敵の気配はなく、風の音だけが妙に耳に強く響いていた。
その虚しさは、イリスの心の中に一つの恐怖を想起させる。
「見ての通り、ボクは立派な化け物だよ」
その場には誰もいない。
それでも、彼女達に向かってイリスは呟いた。
こうなることは何度も考えていたはずなのに。そうならないための絆として、冒険者として仲間を集めると自分に言い聞かせていたというのに。
今こうして人の理を外れた力を振るってしまえば、これから向けられるであろう視線が怖くて仕方なかった。
「ボクともあろうものがね。ボクは孤高の天才美少女魔導師だぞ」
魔導の力と知識を高めることが目的の魔法学園で、イリスに近づいてくるのは精々、それを利用しようとする輩だけだった。
だからこそ、そんな人達の前で身勝手に振舞い人が離れていこうと、何も感じることはなかったのに。
この地に来て彼女達と出会い、イリスは無意識のうちに惹かれていた。何よりもイリスの言葉を信じてくれて、命を賭けてくれたことが嬉しかった。
それはあの日、災厄の女王を見てしまってから孤独に戦いを続けてきたイリスにとって、まぎれもない救いだった。
だからこそ、それを失ってしまうのが怖い。
まさかここに来て、自分の計画の見通しの甘さを思い知らされるとは。
彼女達は、この街の冒険者達は自分を見てどう思うだろうか。
新たなる恐怖として排斥するだろうか、それとも怯えの視線を向けるのだろうか。
その答えは定かではないが……。
「そういうことを考えるのは、後でいいか」
儀式の後遺症で、今のイリスには全身に力が入らない。
最早一人では立ち上がることも、歩くこともできそうになかった。
精々、這って移動することぐらいだ。それに意味がないことはわかっている。
空を見上げると、大きな月が、イリスを見下ろしている。
辺りに煌めく星々の輝きを見ていると、胸の辺りから何かが込み上げてくる。
じんわりと、その景色が滲んでいく。
折角手に入れたものを、もしかしたら失ってしまうかも知れない。
まだ確定しているわけでもないのに、そんな不安だけで涙が浮かんできてしまう程度には、イリスは弱くて愚かな少女だった。本人は一切認めてはいないが。
目尻を拭うこともできずにしばらくそうしていると、遠くから幾つかの足音が近づいてくる。
聞き覚えのある声、ルブリムが珍しく声を張り上げていた。
「イリス!」
三人の声が重なって、イリスの名前を呼ぶ。
返事をする間もなく、こちらを見下ろす三人の顔が視界に飛び込んできた。
「無事ですか?」
「見ての通り、動けないんだ。よかったら」
何かを言おうとして、イリスは言葉に詰まった。
三人は心底安心した表情で、イリスを見ていた。ユスティに至っては、同じように目に涙を浮かべてすらいる。
それを見て、イリスは安堵する。
自分の不安や心配など、杞憂だったのだと。
「街に戻る?」
ルブリムが尋ねる。
「いいや。少し疲れたから、そういうのは明日以降にしよう」
「そうしましょう」
以外にもヘイゼルが一番に納得してくれた。
「それでは、皆さんへの報告はわたしがしておきますね」
と、ユスティが提案する。
それも悪いような気がしたが、ユスティ自身が頑なに譲らなかったのでそうしてもらうことにした。全部終わったら、イリスの家で集合する約束を交わして。
「イリス、帰ろう」
イリスを背負いながらそう言うルブリムの声色は、とても優しいものだった。
「そうだね、帰ろうか。……ボク達の家に」
全てが解決したわけではない。
問題は山積みだし、今後のことも色々と考えなければならないだろう。
それでも、イリスの中の不安はもう消え去っていた。
元々、そう言ったものは無視して突き進んできた困った性格なのだ。
結果として遠回りをしているのかも知れないが、そのおかげで掛け替えのないものを手に入れた。
今はそれでいい。
そう思って、イリスはゆっくりと目を閉じるのだった。
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