チャンス到来?

 と、二人になって意気込んでみたのはいいものの。




「現実は辛く厳しいものだね」




 冒険者ギルドの酒場スペースで、今日もイリスはしんなりしてテーブルに顎を乗せていた。


 彼女の目の前には先日掃き掃除で得た給料によって買った飲み物が置いてあり、その向かいにはルブリムが無表情で座っている。




「……誰も誘ってくれない」




 ルブリムが呟く。彼女の言葉が、今日の二人の戦果を端的に表していた。


 何とか頑張って冒険者パーティに入れてもらおうと画策したものの、誰も二人を入れてくれることはなく、そればかりか邪険にしてくるような集団すらいた。




「なんでこんなことになってるんだか」




 イリスがテーブルに突っ伏したまま、誰に問うでもなくそう言った。




「お二人とも、先日ガエルさんと揉めませんでした?」




 イリスの頭の上から声が掛かる。


 顔を上げてみると、そこにはユスティが立っていた。相変わらずの豊満な胸に一瞬気を取られたが、なんとか彼女の顔に視線を合わせる。




「ガエル?」


「昨日の奴」




 ルブリムの言葉でようやく思い出した。




「揉めたと言うか……いやぁ、あれは揉めたのか? なんか一方的に因縁をつけられた感じだぞ?」




 ルブリムが同意するように頷く。




「今朝からガエルさん、お二人の悪い噂を流してたみたいで。わたしもそれを知ったのがついさっきなので止めることもできなかったんですが」




 申し訳なさそうにユスティが頭を下げた。




「いやいや、君が謝ることじゃない。……でも、なんでわざわざそんなことを? いやそもそもこのギルドの連中はそんな根も葉もない噂を信じるほどのぼんくら揃いなのか?」


「ぼんくらではありませんが、ガエルさんはその……ある貴族の方のご子息でして……。素行は少し、よくないですけど」


「ふぅん。その裏にいる貴族とやらを恐れていると?」


「そういう方もいると思います」




 なるほど、とイリスの中で合点が言った。


 ガエルに半ば脅されるような形になったから、誰もイリス達をパーティに入れてくれなかったのだと。


 事態を多少は理解しても、それでもまだ疑問が残る。




「しかしどうしてあの男はボク達を目の敵にするんだろうね?」


「……わたしは、ガエルが倒そうとした獲物を横取りしたから」




 どうやらルブリムが怒鳴られていた理由はそういうことらしい。




「なんだそんなことか……。どうでもいいことを気にするのだな、彼は」


「そう言えばイリスさん、ここに来たばかりのころにガエルさんにスカウトされていませんでしたか?」




 と、ユスティが尋ねてくる。




「……そうだったか?」


「ええ。ガエルさんのお仲間がイリスさんに話しかけていたのは覚えています。あまり素行のよくない方なので……」


「んー……あ、そういえば」




 何かを思い出して、テーブルに突っ伏した体勢から姿勢を起こす。




「なんだか誘われたような気もするな……。態度が良くなかったので断ったが」


「それが原因ですよ」




 呆れたようにユスティが言う。




「見習い冒険者にスカウトを断られては、プライドが傷ついたのでしょう」


「……なんだそれは。ボクに何の落ち度もないじゃないか。そもそも本人がこない時点であっちが悪いだろうに」


「……結果としてはそうかも知れませんけど。実際、ガエルさんに付いて行ったらもっと大きく揉めていたでしょうし」


「自己管理ができていると言うことだ。それで文句を言われる筋合いはない」


「いやぁ……」




 ユスティは呆れたのか、それ以上は何も言わなかった。


 ルブリムのなんとも微妙な視線を見て見ぬふりをしていると、ギルドの入り口がにわかに騒がしくなってくる。




「イリス。飲み物」


「ああ、ほら」


「二人で一つなんですね……」




 二人分の飲み物を頼むお金はない。


 半分飲んだ後のグラスをルブリムに渡したところで、呆れ顔で二人を見ているユスティの元に一人の少女が駆け寄ってきた。




「ユスティさん、お疲れ様です」


「ヘイゼルさん」




 ヘイゼルと呼ばれたのは、軽装鎧を着こんで、盾を剣を装備した騎士風の少女だった。身長はイリスよりは高く、ルブリムよりも低い。


 後ろでまとめた黒髪と、意志の強そうな瞳から生真面目そうな雰囲気が漂ってくる。




「リックさんを知りませんか?」


「えっと、リックさんなら数時間前にクエストに出発されましたけど」


「えぇ……」




 ユスティの言葉を聞いて、ヘイゼルはわかりやすく肩を落とす。




「どうかしたんですか?」


「ああ、いえ。待ち合わせでクエストに出かける約束だったんですけど、約束の場所に誰も来ていなくて」


「そうなんですか……。何か心当たりは?」


「昨日、クエストが終わって解散する前にちょっと……その、報酬とか戦い方で揉めてしまったんですけど。でも、だからって無断で置いていくなんて!」


「確かヘイゼルさん達のクエストは近隣の森に出現した魔物の掃討でしたよね?」


「はい。最初はゴブリンなどの低級な魔物だったんですけど、数が多かったり、オークの鳴き声も聞こえてきて」


「それは……危険ですね。一パーティでは手に余る相手かも知れません」


「だからわたしは撤退を提案して、それで少し……でも、装備を整えて改めて挑むって」




 彼女がどんな言い方をしたのかはわからないが、そうやって言われたことを面倒くさがって置いていったと考えるのが妥当だろう。




「ギルドに相談して、他のパーティと合流することも考えた方がいいって話だったのに」


「分け前が減ることを嫌がったのかも知れませんね」


「そんな……!」




 ユスティの冷静な言葉に、ヘイゼルは愕然としていた。




「……今からでも追いかけます。下手をすれば、死人が出ますから」


「それは危険です。オークやゴブリンの群れが確認されたのなら、人数を増やさないと……。リックさんのパーティは、確かヘイゼルさんを入れて五人でしたよね? 四人では手に余るかと」


「だったらなおさら……!」


「ギルドとしては冒険者に無謀な挑戦をさせるわけにはいきません。リックさん達には申し訳ないですが……」




 何やら揉め始めた二人を他所に、ルブリムはグラスの中にあった果実のジュースを飲み終えたようだった。


 彼女がそれをテーブルに置いたのを見てから、イリスは二人の言い合いに口を挟んだ。




「提案がある」


「……えと、貴方は?」


「まあまあ、細かいことはいいじゃないか。君は冒険者で、パーティに置いて行かれた。でも彼等の安否を考えればすぐにでも追いかけたい、ここまでは?」




 イリスと整然とした問いに、ヘイゼルはやや呆気にとられながらも頷いた。




「ユスティは彼女一人では危険だから行かせられない?」


「はい」


「で、あれば彼女にボク達が付いて行けばいい。全部解決だ」


「あの、この人達は……?」




 ちなみに今、ルブリムは無言にうんうんと頷いている。


 その様子があまりにも異様だったのか、戸惑いながらもヘイゼルがユスティに尋ねる。




「冒険者見習いのお二人です」


「見習いって……」


「おっと、見習いと侮るなかれ。ボクは超一流の天才魔導師。そしてこちらのルブリムは、なんとオークを一撃で倒せるほどの実力者だ。なぁ?」




 こくりと、ルブリムが頷く。


 勿論イリスはそんなことは知らないが、抵当に話を合わせでもしない限り永遠に冒険者にはなれそうにない。


 このお人好しそうな少女に頼るのが、現状では唯一の方法だった。




「いえ、でも見習いをオークがいるかも知れない森に行かせるなんて」


「大丈夫、ボクはテレポートの魔法が得意なんた。ヘイゼル君の仲間を見つけたら、すぐに戻ってくるさ」




 イリスの言葉を聞いて、ユスティが思案する。彼女とてできるだけ犠牲は減らしたいはずだが、やはり見習いをそこに連れ出すことに躊躇いがあるのだろう。


 とはいえ、そこに彼女の意思は関係ない。イリスとしては、一応の義理を通しただけだ。




「ではいこうか、ヘイゼル君」


「え、でも……」


「別にいいだろう。ユスティはあくまでも受付であって、冒険者達の行動を止めることはできない」




 ユスティの方に視線を向けると、苦い表情で俯いていた。ここで無理矢理に止める権利はユスティにはない。




「君が迷えば迷うだけ、仲間の命が危険にさらされる」


「決断は早い方がいい」




 などと、ルブリムが口を開いて援護をする。


 それを聞いて、ヘイゼルの気持ちは決まったようだった。




「わかりました。お二人とも行きましょう。わたしが指揮を執って、リックさん達を見つけたら直ちにテレポートで帰還でいいですね?」


「いいとも」




 二人が頷くのを確認してから、ヘイゼルは戦闘を立った歩いていく。


 その後ろにルブリムが続き、最後に席を立ったイリスは、心配そうな表情をしているユスティを振り返った。




「君はいい人だな。任せておいてくれ、ボクはこう見えても天才美少女魔導師なんだ」




 その言葉は本当であるかどうか、この時点では当人であるイリスを除いては誰も知ることはなかった。


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