『東京防衛戦』

「あーあ、〈やまと〉は破壊されたか。計画は失敗だな……へへっ」

「何が失敗ですか、同志。あなたが望んだ結末でしょうに」


 遥か上空で〈やまと〉が撃墜される様、そして降り注ぐ残骸を楠木は見守っていた。第一民間区――旧渋谷区のスクランブル交差点。その一角であるビルの屋上。

 周辺の落下地点で火の手が上がり、人々の動揺と叫びが風に乗って聞こえてくる。サイレンの音、緊急放送の音声、それらを浴びるように聞きながら。


「いやいや、失敗は失敗だよ。我々の行動は、新城アスカとその仲間たちによって阻止されたんだ。失敗以外の何になる」

「けれど、これで良かったのでしょう?」

「……あぁ、俺たちの運命は定められている。旧時代に取り残された亡霊ファントムはただ、時の流れによって朽ち果てていくのみだ。俺たちに勝利はない」


 自分達の存在を卑下するような発言。計画は失敗した、全てが徒労と化したはずだ。

 それなのに楠木は笑っていた。けれどどこか悲し気な。もう何も残らない、これで最後だと言わんばかりの自暴自棄さが感じられる笑顔だった。


「親衛隊は今宵、人々にとってのとなる。その糧として、最後まで精一杯戦おうじゃないか」


 炎の赤が滲む夜景を見渡して、楠木は自身の耳に着いたインカム通信機を操作した。


「みんな、準備はいいな? ……それでは、リマインド計画を続行しよう。――攻撃開始」



*********


 時刻は二十三時を過ぎた。


「先輩、東京が……」

「これは一体、どうなったんでしょうか……」


 ユウヒと多数の人質を連れ、衛星管制局の屋外へ出た。

 横浜の小高い位置に佇むこの施設から東京方面を見渡す。夜空に立ち上る、炎に照らされた黒煙を目視した。

 彼らは〈やまと〉撃墜の一部始終を見ていなかったのだ。間違いなく都心部、それも数か所で確認できる火の手が悪戯に不安を煽る。

 ふと、デバイスに通信が入る。


『こちら大月。アサヒ、みんな無事か?』

「コマンダー! えぇ、無事ですよ! ……それより、衛星はどうなったんです⁉」

『落ち着け。いい報告と悪い報告があるから』


 普段の大月なら「どっちから聞きたい?」とでも言って焦らすだろう。しかし今だけは神妙な声色で、一呼吸おいて告げる。


『率直に言えば、〈やまと〉の撃墜に成功した。〈やまと〉の本体は都心への直撃コースを反れ、東京湾へ落下したんだ。今見える火災は分離した残骸によるものだ。……喜べとは言わないが、少なくとも最悪の事態だけは回避したぞ』

「そうですか! ――やりましたよ、アスカさん!」


 歩けぬ人質に肩を貸すアスカに向け、驚嘆のあまり興奮した笑顔を向けた。

 ――おい、話を聞け! と、デバイスから声が続いていたために、慌てて耳を戻す。


『まだだ、悪い報告がある』 

「……なんです」

『落下後だ。都内各特別・民間区で、〈ファントム〉の戦闘部隊が行動を開始した! それぞれ一個小隊規模で、複数の地点で無差別攻撃を行っている』

「――なっ⁉」


 やられた! これで終わりではなかったのかと、驚愕に歯軋りをする。

 いや、むしろ衛星落下が失敗した際の保険だったのかもしれない。敵が一筋縄ではいかないのは、考えなくたってわかるのに。

 途端に安堵を投げ捨てた。


『未曽有の事態だ、全てがパニック状態だよ。軍の即応部隊が出動しているが、対応しきれいているかと言えばノーだ。……もう、いつものようにはいかないな』

「――俺たちがやるしかないんですね」

『わかっているじゃないか。なに、テロリスト退治は親衛隊のお家芸だろ? しかし、まさか大衆の面前で戦う日が来るとは思ってもみなかったな』


 通信の奥から、何やらカチャカチャという音が聞こえる。聞き慣れた金属音、それは装備品を身に着ける際のものだ。

 

「コマンダーも戦うんですか?」

『もちろん。この期に及んで、ケイスケやエリナに全任せはできないよ。……ダンジがいない分、僕がやらなきゃね』


 ガチャンッと、銃のスライドを引く音が響いた。瞬間、声色が再び重くなる。


『……必ず楠木シンヤを殺す。今夜で全てを終わらせるんだ』

「――はい。奴は東京のどこかにいるはずです。俺もそっちへ向かいます」

『了解した、セカンド。それじゃあ出るよ、いくさの時間だ』

「ご武運を」


 祈る言葉を最後に通信遮断。コマンダーは戦場へ向かっていった。

 ――今一度、燃え盛る東京を眺める。そしてアスカへ告げた。


「俺は東京へ戻ります。アスカさん、ユウヒをよろしく」

「行くんですね、みんなの元へ。――わかりました、お任せください」

「待って、お兄ちゃん!」


 マスクと高周波ブレードをしまい込み、バイクにまたがったその瞬間だ。

 ユウヒが彼を呼び止める。未だ涙が枯れぬ、腫れた顔のまま。


「……行ってらっしゃい」

「……うん、行ってきます」


 ――行ってらっしゃい。その言葉は決して、相手の武運を祈るものではない。どこかへ行ってしまう相手を、快く送り出すための言葉。

 その裏にある意味を、アサヒはしかと理解していた。


「必ず帰ってきて」


 エンジンを蒸かしアクセルを踏む。今は大切な人へ背を向け、仲間が待つ戦場へ走り去る。今は、今だけは。

 そので終わりにするんだ。



*********



『と、言うわけで諸君。これより都内に展開した敵部隊の殲滅を開始する。もう隠れる必要はない、盛大に暴れることを許可しよう』


 コマンダーより発せられる指示は、緊急で区分された各戦闘地区に展開した親衛隊員に絶大な裁量権を与えるものだった。


『了解。もうコソコソしながら戦うのはごめんよ』

「同じく。ここにダンジがいないのが悔しくて堪らないけどね」


 グレースの担当戦区は港区。東京タワー付近のビル群で周辺を一望し、その災禍を目に焼き付ける。ここでは敢えて、タワーに布陣することはしなかった。


「……犠牲は避けられなかった。それでも多くの命を救えたんだ。あの二人はよくやったよね」

『そうね。あとは私達のバトンタッチ次第。私達がどれだけ多くの敵を殺せるか……いや、どれだけ多くの人を救えるかね』

「へぇ、エリナもたまにはいいこと言うじゃん」

『黙らっしゃい』


 正直、――彼らの中では怒りが溢れ返っている。

 よくもここまでの事をしてくれたな、と。敵への怒りで暴走してしまいそうなくらいには。

 それでも、敢えていつも通りの態度を取り続けた。多分、その方が自分を見失わずに済みそうだから。そしていつも通りなら、きっと勝てるから。


『雑談はそこまでだ。こちらは戦力でクソほど劣っているが、それは各自の気合と経験でカバーしてくれ。それでは、行動開始だ』

「ここで精神論かよ! ……ま、やることをやるだけか!」

『オーケー。それじゃテロリストさん、贖罪しょくざいの時間よ』


*********


 瞬間、各担当戦区で一斉に行動が開始された。旧港区に展開する敵部隊の姿も、グレースの狙撃位置からは良く見えた。

 民間人へ無差別攻撃を行う様子を痛々しく感じながらも、その景色を冷静に照準器スコープへ収める。


「奴ら本当に、悪魔に魂でも売ったんじゃないのか? なんて、組織に肉体を売った奴が何言ってんだって話よな。……とりあえずその手、降ろしてもらおうか」


 人々が逃げ惑う大通りで、立ち往生した多くの車両が行く手を阻む。

 その人々の後方に見えた敵が、一度に射線へ重なるのを待ち、


「――そこ!」


 射撃、二人同時射殺ダブルキル。弾薬をコッキングして再度照準を付け、――射撃。この一発で、今度は三人の胴体を同時に射抜いた。


「まだまだ」


 狙撃に気が付いた敵は散開する。賢明な判断だ。しかし、それによって民間人が逃げる時間を稼げる。

 それなら外してもいい。とにかく撃ちまくって彼らを守るだけだ。――とは言いつつも、敵が顔を見せれば容赦なく射抜く。

 ナノマシンの神経強化、視力の大幅上昇。体内電子スコープとの同調。

 ――アンノウンが開発されて以来の〈狙撃型〉最高傑作、このグレースから逃げられるとでも思ったか?


「結論、無駄な足掻き」


 射撃。射撃。射撃。

 面白いように敵が倒れていく。この距離だ、反撃なんて以てのほか。まさに一方的な蹂躙ともいえる。

 そして気付けば――


「敵一個部隊ユニット、殲滅完了。引き続き港区での遊撃を続ける。……狙撃って地味だけど、やっぱり最高」


 優越感に浸ったまま、次なる的を目指して移動を開始。〈ワイヤーフック〉を利用してビル街を飛んでいく。



*********



 旧台東区――浅草

 ごった返す民衆を横目に銃撃戦が開始される。墨田区に駐屯していた国防軍の即応部隊が、〈ファントム〉と交戦中であった。

 

「お、おい……なんだよあのバケモノは⁉」

「や、やめっ――あ゛あああああああああああ⁉」


 その戦況は劣勢の一言に尽きる。惨敗は目の前。たった今、兵士複数名が敵の手によって無残な姿と化した。

 部隊を率いていたアンノウンの手によって。


「生ぬるい……戦場はこんなものじゃなかった。だから教えてやるよ。てめぇらみたいな平和ボケ人間に、俺が見た本当の戦場を!」


 他生物融合型ゲノム。その配下の戦闘員らは、戦場を知らない若い兵士をただひたすら蹂躙していく。西側に東側、統一性のない装備で戦う〈ファントム〉戦闘員。中には何十年も前の旧式装備もあった。けれど最新式の装備を持った国防軍を相手に、圧倒的な力量を見せつけるかの如く振舞う。


「お母さん……怖い」

「大丈夫だから、絶対にお母さんから離れないで!」


 戦闘は〈ファントム〉が得意とする近接戦に突入していく。

 その最前線のかたわらで、二人の母娘が怯えすくんでいた。母親は飛び交う銃弾の下、娘を守ろうと必死に我が身で包み込む。

 直後、――二人の目の前に現れた敵戦闘員がいた。混乱の中で、戦闘員と母親の目がはっきりと合う。

 すると、二人の身なりを見た敵は憎しみを込めて言った。


「幸せそうだな、お前ら。……幸せもんがここにいては邪魔だ!」

「――ひっ⁉」


 銃口が、娘を抱く母親の背中へ向いた。

 刹那、――血飛沫が二人の綺麗な服を汚す。母親の血ではない、発砲は無かった。それは敵の血だ。

 ふと、意識を失いそうになった母親に声がかかる。


「大丈夫?」

「……え」

「大丈夫ならさっさと逃げて。ここはもう戦場だから」


 血濡れたダガーナイフ。ホルスターに拳銃二丁を携えたフランセスが、現場へ駆けつけた。

 腰を抜かした母娘の背中を無理に押し上げ、最前線より退避させた。さらに負傷した兵士、戦闘員によって殺されかけていた者を助けていく。

 ――その存在に、他生物融合ゲノム型が気付いた。


「お、予想通り来たか。親衛隊」

「ご期待に沿えたようで何よりよ。街で暴れるテロリストを退治しに来たわ。……今の、まるでヒーローみたいなセリフ」


 倒れた兵士達は、颯爽と現れた謎の人物に唖然とした。同時に、〈やまと事件〉で確認された正体不明の特殊部隊を思い出す者もいる。

 敵がアンノウンである事を確認し、フランセスは身構えた。じっと、戦闘服の隙間から見える肉体と記憶内の生物をかんがみて、言う。

 ――アンノウンの手から針のような物。


「昆虫融合型……その感じは〈蜂〉かしら? ってことは毒持ってたりして」

「正解。女ぁ、毒に怖気づいちゃいねえかぁ? なにせてめぇらは、〈蛇〉の毒で仲間を一人殺られたらしいからな」

「お生憎、私らはそんな事でトラウマ背負うほどやわじゃないのよ。……それに今の発言、ちょーっと逆鱗に触れちゃった」


 国防軍部隊の先頭に立ったフランセスは、振り返って彼らを見渡す。ナイフと拳銃を持ち大手を上げ、彼らに向け言い放った。


「国防軍のみんな、私と一緒に戦って。私たちは親衛隊、この国の影で奴らと戦ってきた組織よ」

「親……衛隊?」

「私はあの蜂野郎を殺る。みんなは他の敵を倒すか、もしくは足止めして。……お願い、一緒にみんなを守って!」


 銃口を敵へ向けた。その拳銃にはアルファベットの刻印が入っていた。

 Codenameコードネーム: Georgeジョージ

 彼女の訴えに呼応し、兵士らは立ち上がった。再び銃を取り、テロリストと対峙していく。


「ダンジ、……力を借りるわよ」


 瞬間、――フランセスが突貫する。仲間の屍を越えて、その愛銃を持って。

 


*********


 旧千代田区――東京駅丸の内駅舎前


「揃いも揃ってぞろぞろと……楠木め、第一世代を量産とは考えたものだ」


 大月タスクは、東京駅周辺に現れた敵部隊の殲滅に駆けつけた。味方はいない、強いて言えば経験不足の国防軍くらいだ。

 彼の前に立ちはだかるのは、一個小隊規模の敵上級戦闘員。敵の風貌を見ればすぐにわかった。その蒼く変色した瞳孔、血流が滲んだような肌。隆々とした肉体。

 〈第一世代アンノウン〉だ。〈第二世代〉のように他生物の能力も無ければ、〈第三世代〉のような強化筋骨も無い。ナノマシンによる純粋な肉体強化。全てのベースとなった型だ。


「しかし、のような真の〈第一世代〉は選ばれた方々だった。アンノウンの量産なんて出来るもんじゃない。仮に出来たとしてもだ……その質はどうかな?」


 つまるところ、敵は粗悪品だと見た。

 簡単な話、ナノマシンには適性がある。過去のアンノウン開発でも、その過程で多少なりとも犠牲者が出たのは事実である。

 その狭き門を潜り抜けたのが、彼ら。親衛隊アンノウン・八一五部隊なのだから。

 ――ヒトに戻れぬという代償を経て生まれた粗悪品に、負けてたまるかと。大月は自身の誇りに懸けていた。


「とは言え僕も一線を退いた身だ。……この旧式の体で、どこまでやれるか試してやろう」


 彼の肉体に熱が走った。胸部に眠るコアとに向け、コードを送る。


「オープンザコア――ネームド〈アーヴィング〉……変身」


 刹那、コアから全身にわたって走る悍ましい感覚を憶えた。神経が侵されるような苦しみ。筋肉から皮膚にかけてが裂けるように、内側から変化していく感覚。

 コアから供給されるナノマシンが〈アーヴィング〉に宿された遺伝子を、細胞と言う細胞へ運んで急激なを促した。


「あ、あ゛あああああ……⁉ 久しぶりだ、この感覚! そうだ……これこそが真の〈第二世代〉だ。貴様らとは違う、正規のアンノウンだ!」


 主に脚部が、筋繊維を内から増強されていく。〈第一世代〉も〈第三世代〉でも感じることはないだろう。何せ、肉体を他生物へ作り替えるのだから。

 ――雲の隙間に見えた月光に、彼は手を伸ばした。


「……僕の遺伝子を教えてやろうか? 答えは、飛蝗バッタだ」


 全ナノマシンを脚部へ集中。飛蝗の力、跳躍力を生かした機動戦を行う。


「今夜で終わりにさせてもらうぞ……亡霊たちよ」

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