『毒爪』

「チクショウ……一体何だってんだ」

「電波障害? 何にせよ考えたって無駄だし、危機的状況には変わりない!」


 通信途絶により敵地で孤立無援。過去に経験のない事例であり、だからこそ彼らの危機感は一層積もる。

 電子機器全般に生じた障害により、マスクの視界補助機能やアナログメーター等も使用不可能。セカンドの高周波ブレードも、若干の性能低下を感じる。これらをこの場で修復することはまず無理。

 ただそれ以上に、仲間の状況が心配でならない。

 現在位置は――二十五階。フランセスが侵入し、その途中で通信が途切れたホールの前。セカンド、ジョージは上階の敵防御を全て制圧し、ようやくこの場所へ辿り着いた。

 このフロアを守備していた敵兵の排除は完了。内部の状況は掴めないまま、しかし突入を敢行するしか道はない。


「……よし、行こう」

「三、二、一――突撃!」


 暗闇の中、ホールの大扉の前で息を合わせる。残り弾薬の少なくなった拳銃を構え、威力低下が顕著になったブレードを携え――同時に、開扉。

 瞬間、二人の目に映った光景。――大勢の人質、彼らを拘束する敵戦闘員の姿を確認。奥の窓より差し込む夜景の光が、そのシルエットを浮かび上がらせた。

 しかし、それらの興味はすぐに引き離れる。激しい衝撃が空気を伝い、刃と刃がぶつかり合う金属音を聞く。その発生源である二つの影――その正体はすぐにわかった。


「フランセス! ……あれは、フォアマン敵アンノウンか」

「二人ともようやく来た……! ――危ない、避けて⁉」


 仲間の到来を待ち望んでいたフランセスは、微かに希望を見た。しかし直後……その希望に降りかかる災厄を目にして、警告する。

 咄嗟の叫びに戸惑う二人。しかし彼女のマスクが向く視線から、自らに迫る危機が上方向であることを察した。

 ――瞬間、殺気立った神経が第六感を震わせ、二人の体を無意識のうちに突き動かした。立ち並ぶ二人は、両サイドに回転し受け身を取る。直後、自分達がいた地点に急降下の衝撃が走ったのを感じた。

 視線を向け、その正体を確かめた。

 ……あぁ、やっぱり。


「もう一匹いたのか⁉」

「セカンド、避けろ!」

「キャキャキャキャキャキャーーーー!」


 間髪入れずにセカンドへ襲い掛かるそれは、もはやヒトの声を発していなかった。繰り出される攻撃は全てが野生的。正気を失った双眸に、焼け爛れるその体表はまさに


「マジかよ……もう一匹は脳がやられちまってるってか⁉」

「適合手術の失敗作――久しぶりに見たよ!」


 他生物融合ゲノム技術とそのナノマシンに、体細胞が耐え切れなかった個体。ある者は正気を失い人に戻れず、ある者は体内器官が破壊され、ある者は変異の末に死亡。

 このアンノウンもまた、実験の末にナノマシンによって脳が破壊された個体に違いない。その動きにヒトの名残が無い分、フォアマン以上に厄介な敵。


「キャキャ――キャキャキャハッハッハッハ」

「クソ……下手に撃てねぇ!」 


 ジョージが銃撃で援護しようにも、俊敏な競り合い故にセカンドへ当たる可能性があった。そのままセカンドは圧され、人質を巻き込む寸前。

 しかしその攻撃を、視界補助機能も無いまま勘頼りで回避。

 瞬間――反撃に転じる為、体の軸を急旋回。ブレードを斜め下から振り上げ、アンノウンの腕に刺し込んだ。と、同時に強力な蹴撃を加え、距離を取る。


「ヒャ……」

「やはり、傷は瞬時に回復できるのか」


 体細胞を強制分裂させ、損傷部を修復する。被験者の肉体を顧みない、異様な忠誠心を持ったテロリストだからこそ成せる業。


「あなた、フランセスと言いましたか。ほらほら、お仲間に助けてもらわなくていいんですか⁉」

「ちっ――癪だけど、ジョージちょっと手を貸して!」

「クソッたれ……うおおおおおおらぁ――!」


 素早いに対して、こちらも強化筋骨の俊敏さで対抗。距離を詰めながら弾丸を適量撃ち、二対一の状況を作る。しかし蛇は、自ら望んだかのように嬉々とし、狂乱の如く爪を振りかざす。もはや銃撃戦の距離ではなくなった所で、ジョージも蛇の動きに合わせた柔軟な戦闘。格闘戦も交えた銃撃を繰り出し――同時にフランセスも加わる。


「い、今だ……逃げろ!」


 その時、人質の一人である政治家の男が、手薄になった大扉に向かう。すると周囲の人間も呼応し、我先にと扉へ押し寄せるのだ。男は女を押し退け、また女は男を盾にする。混沌とした状況に、付近にいたセカンドの剣が止まる。


「逃げてはダメですよ……みんな、撃っちゃって!」

「「「了解」」」


 残敵が、蛇の命令に呼応。ごった返す人質へ向けて、ARをフルオート射撃。

 ――やめろ……そこにはアスカさんの友達が!

 思わずそう叫びたくなる。だが、銃弾の方が速いのだ。――断末魔と共に、一瞬で血が吹き荒れる。逃亡に死を感じた一部の人間は、引き返して壁際に寄り、うずくまるる。

 ……友達は。確認しようにも、セカンドは顔も知らない。


「クソッたれが――!」


 瞬間、ジョージのナノマシンコアが唸る。感情の高ぶりに共鳴し、彼の性能を怒りによって底上げする効果。

 相手を蛇から逸らし、その敵兵らに向けて銃撃。特殊弾頭は防弾チョッキを貫き、幾人かの人質を殺した敵兵を葬る。

 ――雑魚を後回しにするべきではなかった。同時にそう、強く後悔した。


「弾切れ……って、もう予備がねぇ!」


 今の攻撃で、ジョージの特殊弾頭は底を突いた。

 急場しのぎで敵のSMGを鹵獲し、とにかく射撃を続行。格闘戦では埒が明かないと判断したフランセスも、ジョージと同様の行動を取る。

 二人同時の銃撃を前に、蛇は壁を這い登って回避。――しかし、ジョージが数発命中させる。途端に壁から飛び降り、受け身を取って……さも余裕そうな振る舞い。


「あぁ……通常弾薬とはいえ、流石に効きますね。ま、こんな傷すぐに治るんですが」

「バケモノがよぉ……」

「もう、頭痛い」


 二人は次第に、自身の肉体が発する悲鳴を感じた。長時間の変身が彼らの中枢神経を脅かす。アンノウンへの変身による、ナノマシンの弊害。


「バケモノね……私たちをバケモノと言うなら、あなた方の指揮官も私と同じでしょう? 第二世代アンノウン、コードネームは〈アーヴィング〉でしたっけ?」

「――⁉ ……なぜコマンダーの事を」

「あなたも親衛隊なら知っているでしょう。我が組織ファントムの創始者は、元親衛隊の第二世代であることを」


 〈アーヴィング〉――それはまさしく、過去にコマンダーが使用していたコードネームであった。しかし、第一線を退いた今では名乗ることはない。だからこそ、それを知る人間は多くはないはずだった。

 コマンダーの事を知る、創始者と呼ばれる人物――つまりは例の。そしてこの会話を聞く限り……この蛇は、その人物に近しい存在である可能性が高いのだ。

 この会話を、もう一匹と戦い続けるセカンドも聞き入る。

 ――裏切り者に近しい。つまりは母の仇へ……消えた父の真実へ近づける手段!

 聞き出したい、今すぐにでも情報を吐かせたい……! 

その思いが強まる度に、アンノウンと対峙する手足は正確さを失っていく。――長年追い求めた真実が、自分と妹を置いて消えた両親の尻尾が掴めそうだというのに。自分達が、先へ進める道が見えたかもしれないのに。


「あの方も詳しい経緯までは話しませんでしたが……まぁいいです。私は私のすべき事をするまで。今は局長を連れ帰ります……あなた方を殺してね!」

「フランセス――危ねえ!」


 蛇の爪がフランセスへ向く。正面から迫るそれは、軌道を読んで回避できる――はずだった。肉体的な疲労が顕著になり、神経が反応を拒む。

 ……無理、避けられない。

 瞬間、彼女の視界に覆いかぶさる背中。ジョージが、


「ぐっ――がはああああああああああ⁉」

「「ジョージ!」」


*****


 彼本人と、彼を呼ぶ二人の叫びと共に、ジョージが倒れ込む音を聞く。

 この瞬間から、ナノマシンコアが激しく唸るまでに時間はかからなかった。

 その目で捉えた仲間の血、――感情とコアが同調してナノマシンを体内にこれ以上ないほど駆け巡らせる。その感覚が肉体を蝕み、最大出力によって苦しみを味わうも、それすらも感じぬ怒りを憶えた。


「よくも……よくも―――――!」

「死ねえええええええええ――!」


 セカンドが踏み込む瞬間、空気が揺れた。彼は対峙する敵を無視し、蛇へ突貫。フランセスと共に全力で殺しにかかる。こうなったら最後、銃を使った利口な戦いなどできない。ただその手でそのままに、敵を直接グチャグチャに殺してやるだけ……

 跳躍――急降下してブレードを振り落とす! 続け様にフランセスが側面から攻撃。ダガーナイフの素早い連撃を、呼吸すら忘れたように狂乱して繰り出す。

 跳び上がり、回転からの蹴撃――そこに繋ぐ斬撃。刀身が砕け散るほどの勢いで、床に壁に叩きつける。


「仲間の血を見た途端に強くなって……なんとも浅はかな戦いぶり!」

「黙れ! 貴様らに俺たちの何がわかる!」

「わかるとも! 親衛隊は……全てを奪った国の道具であり、国の犬だ!」

「違う! ――俺たちは自分の意志で戦っている、国家にも組織にも忠を尽くしたことなどない! 貴様らファントムは、この世界のがんだ!」

「それこそ、親衛隊に我々の何がわかる⁉ 我々は被害者だ……正義はこちらにある。お前達だってそうだろう⁉」


 直後――蛇は拳銃を取る。数センチの距離で鍔ぜり合うセカンドに対し、それを腹部に直接――数発射撃。


「がああああああああああ⁉」

「セカンド――」


 耐え難い痛みの断末魔。

 その銃とセカンドを切り離そうとした瞬間、――フランセスの側面に襲いかかるもう一匹。


「キャキャキャキャキャキャ!」

「いい加減に――しろ! だあああああ!」


 しかし、それを逆手に取る血迷ったかのような行動。

 ダガーナイフを片手で胸部へ突き刺し、アンノウンに掴みかかられたまま駆ける。直後――自身も共に窓を突き破り、夜景が広がるビルの断崖へ飛び込んだのだ。


**********


「こいつを道ずれに私も……なんてのは御免!」


 落下の直前――脚部のホルスターから〈ワイヤーフックショット〉を取り出す。位置エネルギーによって落下速度は上昇。手元はぶれ、視界は定まらない……しかしフックが引っ掛かる箇所を見極め、射出。

 フックが固定されると同時に、落下の牽引による凄まじい反動が伝わり、気を抜けば手を放してしまいそうだった。


「キャキャキャキャキャキャ……」


 ナイフが突き刺さったまま、フランセスのマスクを殴打しスーツを引き裂こうとするアンノウン。

 ――なぜ、咄嗟にこのような事をしたのか。下手すれば自分も死ぬ。

 答えは明白だった。何故ならここは……信頼する仲間のであるから。


「グレーーーーース、撃ってえええええ!」 


**********


 その声は、仲間の元へと無事届いた。

 電子機器は使えず、暗視装置すらないまま任務を続行。彼らの背中を守り続けていた狙撃手スナイパー・グレースへ。


「フランセス? ……なるほど、任された!」


 照準器スコープは、フランセスと彼女にしがみつくアンノウンを捉える。

 ……ミスすれば、敵ではなく仲間を撃ってしまう。落下の反動と風で揺れる目標を前に、狙いを定めるのは難しい。

 その重圧を前に平静を保てる者など――否、ここにいる。


「大丈夫だよ――なんせ、俺だから」


 射撃。

 空を切り、揺れ動く目標に放たれた弾丸。何も案ずることはない。それは無論、敵アンノウンの頭を撃ち抜いた。


**********


「ぐ……ゔゔううう⁉」

「……もう、諦めてください。親衛隊のような国家の犬に、私たちは止められない。同志が望む結末に、我々は賛同した。我々は彼から授かったこの力ナノマシンで、再興を見届ける。……私たちの意志は負けない」


 重症――腹部に至近距離で撃ち込まれた弾丸は貫通こそ免れたものの、スーツの被弾部分はお釈迦に。胴体部は丸腰同然。内蔵に響く痛みが、手足から立ち上がる力を奪った。辛うじて意識を保ってはいるが、それは死を待つ時間を意識させるに過ぎない。

 地面に押さえつけられたまま、倒れ込むジョージへ呼びかける。


「ジョージ……生きてる? ――ダンジ、返事をしろよ!」

「彼の名前はダンジですか。……ダンジ君は、もう助かりませんよ」


 動きはある。しかし応答が無くなったジョージを見て、思わず本名で呼びかける。

 

「……私の爪は、蛇の猛毒が含まれています。普通の人間なら十秒で死ぬ量を注入したのですが、まだ生きているとは。しかしそれも、時間の問題」

「――っ⁉ ダンジ、起きろってダンジ!」


 帰ってくるのは呻き声のみ。マスクによってその表情は見えないが、想像に難くない。

 ……あのダンジが動かない。恐ろしく、そして奇妙な光景。セカンドは、否、アサヒは耐えられなかった。――マスクの中で、涙が視界を塞ぐ。


「なんで……どうして、みんな消えていくんだ」

「……最後の言葉はそれでいいですか? なら終わりです。親衛隊は今日この時、壊滅する。そして運命の日、〈リマインド計画〉は完遂される!」


 嫌だ――


「局長本人も、彼の生態認証データも回収できました。これで私の任務は完了」


 俺は……まだ!


「では、さようなら」

「ユウヒ――!」


 振りかざされる毒爪どくそうを前に、アサヒは妹の名を叫ぶ。

 ……ごめん、ユウヒ。


**********


 その瞬間――蛇の肩部から血が飛び出る。


「――は?」


 自らの血を眺め、呆然とする蛇。後方からの銃撃だという事はすぐにわかった。毒爪を下ろし、ゆっくりと振り返ったその場所に――アスカはいた。


「その人は……絶対に殺させない。妹さんが待っているんだから!」

「……なんですか、あなたは。そんな銃でゲノムを殺しきることは――」


 その有鱗目ゆうりんもくで睨みつけた瞬間。ふと、肩部を見た。


「なぜ、――傷が塞がらない? 貴様、一体何を」

「何もしていません。それはたぶん、――あなたの証拠」

「私の細胞が? ハハ……あり得ません。私は人間を超越した。愚かでクソのような生物を超越した――故に、そんな事はあり得ない! あり得てたまるものか!」


 肉体修復の為に、細胞を強制的に分裂させる。それにより生じる。その影響が、この激しい戦闘の中で現れないはずがなかった。


「――!」


 銃撃。

 再び一発、蛇の胸部へ。二発、腹部へ。三発、再び胸部へ。特殊弾頭を撃ち込んでいく。

 わざと急所を外しているのではない。銃の扱いに慣れていないだけ。しかし、相手も動きはしなかった。戦いの最中で力を消耗したのか、混乱しているのか。……その目はまるで、死を受け入れているかのような。人間の双眸ではないけれど、美しく感じる。


「……ごめんなさい」


 射撃。最期の一発は頭部へ命中。小型の成形炸薬弾は蛇の鱗を貫通し、脳細胞を完全に破壊。――死亡を確認。

 自身の行いが一瞬、恐ろしく感じた。……しかしなぜだろう、この感覚は。悲しくも、達成感を得たようで。喜びではないけれど、アサヒ先輩を救う事を成した。

 初めて人を殺した。……先輩たちも最初は、こんな感覚だったんだろうか。アスカはそう感じながら、セカンドへ駆け寄った。


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