第一章 私たちの知らない現実

『八月十五日部隊』

二〇五七年 五月


「ここね、指定の場所は。流石に緊張する……」

― 東京特別区・市ヶ谷某所 ―

 国防省内部の辺境の地に設置された、謎の支部。

 特にどこの役所とも、管轄下とも記されない組織の前に、一人の若い女が立つ。

 新城アスカ 年齢は二二歳。茶髪で、サイド長めの前下がりボブ。

「何も書いてないけど……本当にここで合ってる? 親衛隊特務課」

 自分宛てに届いた極秘資料と、記載された特務課の設置場所を眺める。

彼女はこの度、〈国家親衛隊〉なる秘密組織へと配属されたのだ。

仕事内容は未だ不明。届いた資料は必ず焼却処分。

口外すれば、何らかの重たい処罰が待っている。

これだけ聞けば明らかにおかしく、ヤバい組織。

もちろん、アスカもそれを覚悟でここに来たのだ。

「……ええい、ここまで来たんだ! 今更怖気づいてはいられない。――いざ!」

扉を開け、勢いよく中へ突入するアスカ。――その先に待っていたのは、

「失礼します…! 本日付で配属と……あれ? 誰もいない。しかも真っ暗だし」

見れば、そこには誰一人としていない。明かりもついていない。

おかしい、確かに場所はここだったはず。

国防大臣からの配属命令、指定場所も、いくら見返したってここで間違いない。

少しずつ、しながら奥へと歩み、歩み……

「動くな」

「……え?」

 ――少し進んだところで、後ろから声が聞こえた。

 そして、「カチャリ」と鳴る金属音。間違いなく銃を向けられている……と、アスカは人には言えないルートで学んだ通りに感じ取った。

 「動くな……」と言われてから三秒もしないうちに、

「バァン――!」

「――ひゃぁァァァア⁉」

 発砲されたわけではない。しかし、大声でバンと言われた…。

あまりの急展開と衝撃で、アスカは絶叫しながら床へ倒れ込んだ。

「ハッハッハ! そんなにビビることはねぇだろ?」

「……へぇ?」

 部屋の明かりが点く。その瞬間、後ろの男の顔が見えた。

短髪で長身の男が、ライフルを持ってそこに立っている。

「まったく……本当におふざけが好きなんだから、ダンジは」

「新人さん、ウチのバカがごめんね? ……って、腰抜かしちゃった?」

 室内のソファやデスク、あらゆる家具が設置されている。その中から登場する男二人と女。

 瞬間、アスカは察した。

「……ドッキリか何かですか?」

「そう! 若い新人の子が配属になるって聞いてな!」

「て言っても、あんただってまだ二十七だろー」

「そんなに硬くならなくて大丈夫だよー。ここ、秘密組織の割にアットホームな職場だから。」

 唖然とする。

 てっきり親衛隊の人間は堅物で、国家への忠誠心が高く、そのためなら殺戮も厭わない狂人の集まりかと思っていた。

 しかし、意外にも人間らしい人間の集まり。

「……可愛い子だな。今いくつ? 彼氏は?」

「はい、ダンジはセクハラで逮捕です」

「おいおい! ちと罪が重くねぇか⁉」

「あ、とりあえずコーヒー飲む? それとも紅茶かジュース?」

 女に背中を押されて給湯室へ連れ込まれる。

「じゃ、俺はこれ貰っとくわー!」

「あ、ダンジ⁉ また私のお菓子を勝手に!」

 騒がしい……まるで、小学生の遊び場。

 予想外の出迎えと、その雰囲気に圧倒されていた時、

「はいはい! お遊びはそこまでだ」

 奥の扉から、一人の男が現れる。

 背広にコートを羽織った、若い男。

 彼が現れた瞬間に、騒々しさが和らいだ。それも一瞬だけだが。

「初めまして、新城アスカさん。僕は〈親衛隊特務課・八月十五日部隊〉のコマンダー、大月タスクだ。階級は少佐、よろしくね!」

 腰を抜かしたままのアスカは、男の肩書を聞き跳び上がる。急ぎ襟を正し、埃をはらう。

「ほ、本日付で配属となりました……新城アスカです! どうぞよろしくお願いします……!」

「いよっ! ようこそいらっしゃいました――!」

「イエーーーイ!」

 後方からの拍手喝采。

 それからダンジと呼ばれる男、二人目の男、三人目の女性の順に自己紹介が始まる。

「桐山ダンジだ。第三世代で、コードネームは〈ジョージ〉」

 この中で最も長身で、肌の黄色(おうしょく)が強い短髪の男。

「石川ケイスケ。同じく第三世代、コードネームは〈グレース〉」

 金髪でチャラそう、それが第一印象。しかし優男面の、ゲーム機を持った男。

「新海エリナ。第三世代で、コードネームは〈フランセス〉よ」

 少し赤みを入れたセミロングに、マニキュアを嗜む女性。如何にも、大人びたお姉さんと言う感じ。

 各々、紹介が終わった。とりあえず下の名前で覚えようと、アスカは努力を試みる。

「あの、本当に皆さんがアンノウン……それに、みんな第三世代なんですね」

「あ、コマンダーの僕だけ第二世代だよー。コードネームは〈アーヴィング〉」

「別に聞いてないよ、コマンダー」

 尚、コマンダーは仲間外れではない。

 彼らはこの場で、国家機密の専門ワードで会話している。一般人が聞けば、口封じされるくらいの危ない会話。

 するとコマンダーが奥のソファ目掛けて。

「ほーらアサヒ、寝てないでご挨拶しなさい。君にとっても重要な人物だよ」

「……アサヒ? あ、そういえばメンバーが一人足りない」

事前にで聞いていた。隊員は四人だ。ならそこに寝ている人物が、

「コマンダー……その重要な人物は、両親に関係のあるような重要性を秘めていますか?」

「うーん。それは、お互いに関係を深め合ってからのお楽しみさ」

「まったく…。そうでないのなら、今の俺にとっては最重要ではないです。……一応、挨拶はします」

 声の主はムクりと起き上がる。ソファからその姿を現し、眺めていたであろうスマホを閉じて、ワイヤレスイヤホンを外して。

「神谷アサヒです。第三世代で、正式なコードネームは〈ジャック〉」

「し、新城アスカです! ……正式、な?」

 この男が……もう一人の八一五部隊員。

黒髪の若い男で、眠そうな顔。平均的だが、アスカより少し高い身長で、そこからの目線が彼女を見下ろす。

 アスカは、この唐突に現れた男になんとなく戸惑った。そして、気がかりのワードに対してコマンダーが答える。

「彼の正式な名前はジャックなんだが……、とある事情によって、基本的には別称で呼ばれている」

「その別称、お伺いしても?」

「はい。名前は……〈ブラッディ・セカンド〉です」


**********


― 国家親衛隊 ―


それは二十年前の大戦後、混乱期の日本で誕生した秘密組織である。

国内に残留した敵国のスパイ、安定しない治安・経済、悪化する外交。

混乱した国内を統治しきれなくなった政府。

『日本を、裏の世界から支えていく』ことを目的とした、影の組織。

その存在は国民どころか、政府の中でも一部の人間しか知らない。


 親衛隊はとある兵器と、その技術を所持していた。

親衛隊の母体となった組織が、先の大戦において開発した兵器。

『独自開発した人体投与ナノマシンによって、様々な生態ステータスを強化された兵士』 

 それが〈アンノウン〉である。


**********


「って言うエピソードは、もちろん知っているよね?」

「もちろんです! たくさん教わってきました!」

「流石……その話に最も関与した家系の人間は、やっぱり違うねぇ!」

「あ……えっと、はい」

 コマンダーから、組織のおさらいを受けたアスカ。最期の言葉――それはアスカにとって皮肉そのものだ。

アスカもそれはわかっていた。コマンダーも、この世界の新人への洗礼のつもりだった。

「アンノウンは次第にバージョンアップされ、戦争における敵兵士との特化した初期型から、さらに進化した……」

「その集大成が私たち、第三世代アンノウンね!」

 エリナが腕をさらけ出し、力こぶを見せつけるような仕草を取る。その腕からは、微かに金属音か、機械のような音が聞こえる…。

 幼い頃、幾度か聞かされたこの話。それはあまりに人道に反し、グロテスクな所業。当時は、そんな話はホラだと思っていたのに、事実が目の前にある。

 それを彼らは、八一五部隊のメンバーたちは進んで受け入れたという事実が、未熟なアスカにとって受け入れ難い。

「――皆さん、本当に戦っているんですね……テロリストと」

「それが俺たちの、残された世代の仕事ですから」

 ブラッディ・セカンドこと、アサヒの言葉。

 立ちっぱなしのアスカに対して、コマンダーとアサヒは続ける。

「二次戦争の後、国内には様々なテロリズムが蔓延った。それを軒並み排除していたのが、我々親衛隊だ。丁度、僕のような出来損ない(第二世代)が開発された頃だね」

 そう言われても、というアスカの面持ち。

「――アスカさん、あなたはどういう家の生まれですか? どんな暮らしをしていましたか?」

「……はい?」

 アサヒが、憎らしいと感じるような声で問う。

困惑した。これは試されているのか? それとも素朴な質問か。

嘘はどうせバレる。アスカは正直に話す。

「少々特殊な生まれでして……。でも、幼いころから周囲の同年代と何ら変わらない、普通の暮らしをさせてもらえたと思っています」

「そうですか。では具体的に、どのような普通でした?」

「え、えっと……ごく一般の家に両親と住んで、学校に通って。最近、大学を卒業しました。」

「うん、普通ね」

「あぁ、普通だ。」

「そして…平和な日常だ」

 説明の後、他の三人が口を揃えて「普通」と言った。アスカも自分で普通と言ったが、その生まれだけは伏せておいた。

 普通の暮らし、アサヒはその言葉に深くため息をつく。

「なら、その暮らしが〈平和〉だと自覚したことはありますか?」

「それは、時々。私の友人も、戦争の事なんて知らないだとか。今の日常が当たり前だとか」

「……くだらない」

「は?」

 冷たい視線が、アサヒから送られる。

なんとなくその空気を回避しようとして、他の三人に目配せをした。

しかし、なぜか嘲笑するような視線。

それがなぜなのか……アスカはこの時、彼らの表情から感じ取ることが出来た。

「――あなたたちの『当たり前の平和』は、誰かの犠牲の上で成り立っている。この八一五部隊にいるなら、まずはそれを勉強し直して下さい」

「え……あ、ちょっと――」

「コマンダー。やっぱりこの組織、入隊試験でも設けたらどうなんですか?」

「そんなことしたらね、落選したときにどうするのさ」

「暗示でもかけて帰してやればいいでしょう? いつもみたいに」

 ソファに掛けてあった背広を拾い上げ、アサヒは奥の部屋へ引っ込んでいった。

 呆然と立ち尽くすアスカに、メンバーは少し哀れむような目で見つめてくる…。

「……面倒な引き金を引いたな」

「アサヒ、普通ぶってる人間が大嫌いだからね」

「まぁまぁ、そう悪く思わないで? 彼にも事情があるから!」

 頼んでもいないのに、慰められた。

 コマンダーと言えば、彼は様々なブツをデスクから取り出して、アスカに差し出す。QRコードが付いたカードに、階級章。そして業務内容の書類。

「こんな空気になっちゃったけど、ひとまずよろしくね? はい、明日からの仕事で必要な物!」

「あ、はい! よろしくお願いします、先輩方!」


**********


「何なのよ……あの人! 対面して早々に『勉強しなおせ』⁉」


 一通りの入隊準備は済んだ。

初日の夜、帰宅早々に書類をデスクに投げ出し、スーツを脱ぎ散らかし、風呂へ直行。

尻からつま先まで伸ばしきれるほどの、大理石浴槽。おまけにジャグジー付き。

高級感あふれる風呂場でただ一人。初対面で嫌悪感を覚えた人物の顔を思い出し、愚痴をこぼす。

 八一五部隊。あの組織へ行って感じたのは、これからへの意欲ではない。違和感と憤りいきどおり

「何なのよ、あの憎たらしい目! 他の人たちは良い人そうだったけど……もう何なのよ!」

 ここは彼女の実家。都内の一等地にある、コンクリート製の一軒家。一般家庭の人間が見れば、豪邸と呼んでしまうほどには立派。

 彼女の両親は、政府の高級官僚。 祖父はその更に上に立つ人間、だった。

 その資産で建てられた家に住み、そこから通学する。

 これがアスカの『当たり前』、『日常』。

「あの人に……一体私の何がわかるって言うのよ。『自分は何でも知ってます』みたいな顔して、私を見下して!」

 彼らが特別な人間であることには間違いない。彼らが……と言うよりは、彼らの体が。

 そして少なからず、自分と無関係な話ではないことをアスカは自覚している。

「本当に……あの人たちの体にはナノマシンがあるんだ」


**********


『――! ――!』

「……電話。 ああ、コマンダーから貰った部隊用の」

 風呂上がり。デスクに投げ出した、親衛隊の通信デバイスが振動する。

 普通のスマホに模したデザインであるが、万が一にも紛失すれば自分の首が物理的に飛ぶ程の代物。

「……はい、新城です」

『あ、アスカさん? やっほー、コマンダーの大月だよー』

「コマンダー? あ、こんばんわ。……なんでしょうか?」

ちなみに、時刻は深夜一時を回っている。

にも関わらず、コマンダーは容赦のない指令を下した。

『おめでとう! 君の初任務だよ!』

「……え?」

『長官からね、八一五部隊の派遣命令が出たから。それじゃ、君も急いでこの場所に来るように! ――それじゃ後でね!』

「はい⁉ いや、ちょっと待って――切られたちゃったよ……」


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