アンノウン・アポカリプス

hard(ハルト)少佐

プロローグ

『――都内第一特別区で、〈ファントム〉と思しき事象を確認』

『情報統制を徹底し、民間人の干渉を阻止せよ』

所属各員のデバイスに、極秘周波数による通信が届く。

『親衛隊CPより特務へ。八一五部隊を直ちに派遣し、これを排除せよ』

「こちら特務、了解。部隊四名を派遣する」

デバイスを耳に取り付けた男は、以上の返答を行なって通信をシャットアウトする。そして、自身の目の前にいる八一五部隊員に微笑み、

「連中のテロ行動だ。……行こうか。〈セカンド〉、〈ジョージ〉、〈グレース〉、〈フランセス〉」

「了解です、コマンダー」

「今日も元気だねぇ……テロリストさんたちは」

 部隊メンバー、任務を受理。

各々はコマンダーに従い、強化装甲を身に着ける。

 ジョージはホルスターに、特殊弾頭がセットされた拳銃を二丁携行。セカンドは同じ拳銃を一丁、そして伸縮式ブレードが内蔵されたつかを。

「私たちがこうして武器を持っている間、世間の人々は何をしているのかしらね……」

「毎回言うよな、それ」

「そんなもん、『知ったこっちゃねぇ』って感じでしょ。実際、知る由もないし」

 ダガーナイフを二本、そして拳銃を仕込んだフランセス。彼女の独り言に対して、狙撃銃を準備しながら皮肉気味の言葉を吐くグレース。

「今のうちに味合わせておくといいさ。彼らの『平和な日常』を。それが、俺たちの血の上に成り立っているとも知らずに」

「――ハハ! お前らしい回答だよ」

他愛のない談笑。淡々と出撃準備を終えた四人。コマンダーの方へ向き直り、コマンダーも彼らへ再度微笑む。

「では諸君。――今日も今日とて、亡霊退治に行こうか」

「コマンダー、かく言う俺たちも奴らと同じです。戦いが残した呪縛に囚われ続ける、血によって縛られた亡霊ですよ」

「おっと、流石はセカンド。あの人の息子というだけあって、言う事が違うね」

 敵を亡霊と見なし、自分たちもまたそれと同じく、亡霊であると自負する彼ら。

今日もこの国では、約一億人の人々がそれぞれの日常を、当たり前を生きている。その当たり前が、何万と言う犠牲と血によって成り立っている、という事も忘れて。その当たり前を、全てを狂わされた彼らは、彼らと同じく狂わされて、時代に取り残された亡霊(テロリスト)と戦い続ける。            

 「俺たちは忘れない」という思いのこもった数字を、その部隊名に刻んで。



*****


 ―― 二〇三五年・日本 ――

中国、ロシアを中心とする東側陣営と、アメリカを中心とする西側陣営。

この二つの世界の境界線に立たされた日本は、破滅の危機に陥った。

 第三次世界大戦勃発の危機

西側の最前線である、日本を含めた諸国は戦場となった。

皮肉にもその戦争は、八月十五日に勃発する。

 政府は用いれる防衛力を駆使し、必死の抵抗を試みる――が、複数の大国に対しては圧倒的に無力だった。

 そんな中で差し込む、「同盟国の支援」という最後の希望となる。――その希望は簡単に打ち砕かれた。

 全面戦争を恐れた同盟国は、日本へ直接的な支援を行わなかった。核の炎による世界の破滅を防ぐため、日本は生贄にされたのだ。

 ――自業自得。仮初の平和な日常に酔いしれ、それを壊したくないがために、戦いを放棄した人々。

 結果的に日本は、その領土の多くを奪われることになる。

さらにその結果は、二〇四五年に勃発する第二次戦争へのトリガーともなった。


――時は進んで、二〇五七年



**********



「――親衛隊の〈アンノウン〉か!」

 現場に響く、特殊弾頭の銃声。

ジョージが持ち武器の二丁拳銃を構え、排除目標に向けて発砲。

 作戦領域からは、全ての民間人の干渉を阻害。その情報を徹底的に隠匿している。よって、この周辺にいるのは八一五部隊とテロリストのみ。日常的な空間に、非日常的な銃声が木霊する。

「ったく、俺たちから流れたナノマシンで、毎度好き勝手やってくれよるな!」

 射撃に対して射線を遮ろうとする敵に、ジョージも追随する。障害物があれば、ナノマシンにより強化された筋力で飛び越える。コンテナや鉄製の壁を蹴る金属音が響き、着実に、敵を追い詰めていくが…、

「―――下がガラ空きだ!」

 高い壁を飛び越えた先で、テロリストの一人が待ち伏せ。下方向からアサルトライフルを構え、ジョージの隙を確実に狙っている。

 ――発砲を確認。銃弾は確かにジョージに命中した。

空中で被弾し、着地体勢を崩した彼はそのまま落下。地面に叩きつけられる。しかし、

「あぶねぇ……流石の強化装甲だ」

「チクショウ、仕留められなかったか!」

 ライフル対拳銃。この至近距離、間合いで分が悪いのを悟ったのか。テロリストは距離を離した。向こうもナノマシンによる多少の強化を受けている。身体能力はジョージと同等。

小刻みに動き、ジョージの拳銃に狙いを付けさせない。テロリストとはいえ、かなりの訓練を施されているようだ。

「あ、セカンド悪い。汎用型を二人逃がした」

『了解、それはこっちで始末する』

「あぁ、残りの近接型は任せろ!」

 デバイスの通信で、別方向のセカンドへ連絡を取る。

さらに通信先を切り替え。

「グレース、狙撃を頼む」

『オッケー』

「フランセス、残敵を掃討するぞ」

『了解!』


*****


「ここまで距離を取れば……こちらが有利になるだろう」

「あぁ。ボスもこれ以上の失敗は許さないだろうから、ここで奴ら親衛隊を始末できれば――って、アレは」

 敵は、勢いを失ったジョージを遠距離から仕留める算段のようだ。

 しかし、片方の目に移ったソレが、奴らを引き付ける。

「目標のアンノウンを確認、排除する」

 セカンドは高周波ブレードを取り出し、剣先を振るう。

そのブレードは日本刀を模っており、微かな光がそれに反射して尾を引いた。

「まだいたのか!」

「撃て、撃て!」

フルオートでライフルを撃ちまくり、周囲に響く発砲音が凄まじい。

しかし、セカンドには当たらない。なぜなら、見えているから

「な、なんだ……弾幕を避けているのか⁉」

周囲のコンテナを巧みに利用し、回避、回避、回避。

そのままダッシュ力を生かし、一瞬で距離を詰めて。

「避けているんじゃない、お前らの撃ち方が雑なだけだ……!」

ブレードの刃先が、一人目の首筋を捉えた。敵は声を上げる暇もなく、脳と体が斬り離される。

「――次」

 間髪入れず、返す刀でもう一人を斬り落とす。敵の防弾チョッキが紙を切り裂くように破かれ、内側の肉体へブレードが難なく届いた。

 一瞬の微かな悲鳴の後に残ったのは、高周波ブレードの振動音だけ。

「残りは……やったみたいだな」

 仲間の銃声が聞こえたのを皮切りに、彼は高周波を停止させた。


**********


 セカンドの顔を覆い隠すマスクを、敵の血が塗りつぶす。視界を確保するため、セカンドはマスクを外した。

いつもいつも、仕事の後に感じるものを嚙み砕いて――再び武器を取る。

空虚さ。強化人間の中に開いて、埋められない何か。

「――母さん、あなたの仇はこの先にいるんですか? ――父さん、あんたは一体どこに」

『……セカンド』

「教えてくれ……俺とユウヒを置いて、二人でどこへ消えた?」

 血が滴る拳を握りしめ、もういない家族の名を呼んだ。



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