『墨田基地、突入』
『隊長、通信設備の破壊に成功。これで目標の半分は達成です!』
「よくやった。
『……同志の悲願。ようやく目に見えてきましたね』
基地内で潜伏しつつ、追ってきた軍人をその都度、殺害し続ける。
自分たちの死者は今のところ、ゼロ。
「だが気を抜くなよ! そのうち
『親衛隊……今までどれだけの仲間が、奴らのアンノウンに殺されてきたか! 今日こそ借りを――』
「意気込むな! 作戦通り、言われたことだけを完遂すればいいんだ。早く次の目標を、弾薬庫を破壊しよう」
だがもし、親衛隊が全力で潰しに来たら?
「だから……その時は頼むぞ? チェン」
隊長は震える手で銃身を支えながら、隣の仲間へ呼びかけた。ヒトを捨て、目的のために怪物と化した仲間に。
「
**********
『いいかい、みんな。作戦目標はテロリストの殲滅だ。それも、隠密にね?』
「ったく……無茶言ってくれるぜ、コマンダーも長官も。既にドンパチ始まってる中で、隠密作戦とか」
「ガタガタ言うな。俺たちにしかできないことをやるだけだろう?」
悪態をつくのは俺の十八番、とでも言うように。
自分たちの使命を、この血を以て果たせと言うように。
〈ジョージ〉と〈セカンド〉は作戦開始位置に着いた。
『こちら〈フランセス〉、地下道の予定ポイントへ到着。侵入を開始します』
電波状況の悪い地下。
若干ノイズの混じった、フランセスの通信が届いた。
『こちら〈グレース〉、配置よし。狙撃準備完了。
『コマンダー、了解。〈セカンド〉はどうか?』
「こちらも問題なし。いつでも
マスクの赤い双眸から、眼下に隅田基地を捉える。
戦闘前の、感情の高ぶり。
ナノマシンコアが、今にも暴れ出さんと唸りを上げる。
隅田基地より南に一キロ、高度百メートルの地点。
錚々と立ち並ぶビル群をすり抜け、着実に降下ポイントへ接近。
『作戦第一段階。セカンドとジョージが、ヘリによる低空侵入を行ない、基地中央の司令棟へ飛び乗る。――その間にフランセスが地下から隠密潜入し、ステルス戦闘を用いて敵情把握を行う!』
フランセスは〈第三世代・隠密型〉であり、高いステルス性能を有している。
彼女の姿はレーダーにも感知されず、潜入任務では右に出る者はいない。
さらに、フランセス専用のステルススーツ――光学迷彩により、数分だけ光透過率を十パーセント以下まで下げることが可能。
その代わり、多少の防弾性能を犠牲にしている――が、敵から見えなければいい。
敵に気付かれることなく、戦略目標を完遂する。
そのようなコンセプトで開発された、〈第一世代・隠密型〉の後継。
『作戦第二段階。セカンドとジョージが、確認できる敵部隊を攻撃し、指令棟を制圧。敵アンノウンを見つけ出し、これを殲滅する!』
この作戦は、敵部隊の殲滅を主目標としている。
が、それに際して目立つ行動は極力避けなければならない。
なぜか。それは一般の軍人に、その姿を見せてはならないから。テロリストも、アンノウンも。その存在は極秘。本来ならば味方である国防軍でさえ、敵にもなりうる。
「さて、どんな
『これほどの基地に潜入して、ここまで気付かれなかったんだから……私と同じ〈隠密型〉かな? たぶん第一世代の』
「それがもし、第二世代の他生物融合型だったら笑えないな。奴ら、たまに予想できない動きを見せるから」
ファントムが駆る、第二世代の亜種。
他生物の遺伝子情報をプログラムしたナノマシンは、時折その行動まで他生物的にさせる。故に、予測不能。
プロペラの回転音が会話を阻害する。その中で、操縦士の声が。
「セカンド、ジョージ、間もなく降下態勢に入ります! 戦闘準備を」
次第に、ヘリは前方にやや傾く。高度を少しずつ下げ、そうしながらもビルの隙間を縫っていく。期待が左右に揺れ、うっかり手摺を離せば振り落とされる。
「では……アスカさん、俺のモニターをよろしくお願いします!」
「今度はしっかりやってくれよ?」
『はい! ……先輩の話を聞いて、多少の覚悟はできました! まだまだ未熟者ですが、未熟なりに精一杯務めさせていただきます!』
今回、セカンドの担当オペレーターにはアスカが就いた。
――なんとなく、この二人のはいいかもしれない。
というコマンダーの思いつき。
思いつきの中で、『最も
「オープン ザ コア――ネームド〈ジャック〉!」
「オープン ザ コア――ネームド〈ジョージ〉!」
二人の胸部から、ナノマシンコアの駆動音。
体内を駆け巡る、血液の激流。
開かれたコアから送られるナノマシンが、強化部の細胞へ入り込む感覚。
「降下まで十秒、九、八、七、六……」
五秒間に十回のレベルまで速くなる、鼓動。
肉体変異の影響から湧き上がる熱を堪え……変身完了。
愛武器、刀身高周波ブレードを携えて。
二丁の特殊弾頭拳銃を構えて。
――戦闘準備完了
「五、四、三、二、一、――降下っ!」
基地司令棟の屋上が、目下まで迫った時。
紺色の装甲スーツを身に纏う二人のアンノウンが、低空飛行のヘリから飛び移った!
着地の瞬間――足元に感じる衝撃を受け身で流す。
肩を前方に傾け、そこから全身を前に倒して、頭部を守るように転がる。
その直後、ヘリ操縦士からの叫び。
『マズい、スティンガー持ちを確認した! ロックオンされている!』
基地内部、ヘリポート沿いの建物。こちらへ地対空ミサイルを向ける敵影を確認。直後――発煙。
発射による大量の煙で、敵の姿は隠れた。
――ランチャーから飛び出した弾頭が、推進力を得て一気にこちらへ向かう。
『げ、撃墜される……!』
「させるかっ! グレース、狙撃だ!」
**********
『弾頭を打ち落として、ヘリを守れ!』
「――了解!」
別地点の上空で待機するヘリ
その機内で匍匐し、ライフルを構える〈グレース〉
弾頭の命中まで、長くて約三秒その間に何とかしなければ。既に変身を終えたグレースが、強化神経系をその目に集中させる。
カシャっという開閉音と共に、マスクの瞳がスライドした。そこにスコープを合わせる。
「まだだ……弾が見えるまで待て――」
使用するライフルは、重機関銃用の大口径弾を使用した〈第三世代・狙撃型〉専用のライフル。
弾丸の重量により、発射すれば大きく軌道が落ちる。よく見極めて、ミサイルが見えるまで待って……その軌道を読む!
「来た――ここッ!」
――閃光、数百メートル先で黒煙が舞う。
浮遊するヘリから放たれた弾丸は、基地内から上空へ推進するミサイルを捉えた。
「……成功。あとは頼むよ。」
**********
「いってぇ! ったく本当に無茶言いやがるよ……飛行中のヘリから飛び降りろとか!」
「とりあえず、初めてのヘリボーン降下は成功! 死ななくてよかった……」
二人を置いて飛び去るヘリを見送り、悪態と安堵を同時に言い放つ。
その言葉に、始終を見ていたアスカは、
『……はい? お二人とも、今のが初めてなんですか』
「当たり前でしょう! こんなこと、普通に生きていてやると思いますか?」
『いや、あなたたちは普通じゃないでしょうに……』
これが初めてだというのに、難なく成功させてしまう。
アスカの想像、そのかなり上を行く二人のポテンシャルに、驚愕を隠せなかった。
――いや、これは
『とりあえず、降下した後の行動は憶えていますか?』
「はい。司令棟内部に侵入して、敵が占拠した各所を制圧。俺たちが敵の目を引くことで、フランセスの潜入をカモフラージュするんですね」
「
屋上から見渡せば、半径約一キロの基地を囲む外壁。その内側で響く銃声が、壁の外にいる民間人にも聞こえていることだろう。
慌ただしく駆け、銃を持ち出す軍人が多く見受けられる。
ようやく戦闘態勢が整ったという事だろうか。
「……軍人さんは全く状況が掴めていないようだな」
「そりゃそうよ」
正体不明の武装集団が、突如として基地内部で破壊工作を開始。しかもその正体は恐らく、異形のバケモノ。……気付いたときには、大勢の見方が殺害されている、と。
無論、この状況で冷静に対処できる人間がいるはずない。なにせ、彼ら国防軍は何も知らないのだから。
『先輩方、事態は急を要します! 今、ニュース系SNSを確認したんですが……昼間の騒動という事もあって、かなり注目されていますね』
「まったく嬉しくない注目だこと」
「それでアスカさん、俺たちはまずどこへ?」
二人の行動経路は、コマンダーから指示を受け取っている。
その旨を伝え、間接的なコマンダーとなるのがアスカの務め。
『司令棟の最上階、お二人の下に通信室があります。 付近に敵がいる可能性がありますので、まずはそちらに向かってください!』
「了解した。」
『移動経路は……階段がありますので、そこから隠密に――』
階段を使って移動しろ。
ただそれだけを伝えようとした瞬間、遮られる。
「そんなことしなくても……こうすればいいんですよ。」
『え?』
腰部ホルスターから、一丁の小型ピストルを取り出す。
〈ワイヤーフックショット〉
銃口の先に鋭利なフックが接続されたピストルに、空砲弾を装填する。
――発砲。建物に溶接された金具へ射出し、ヒット。
「よっと」「そらっ」
『え、えぇ?』
トレジャーハンター系の映画で登場するような、あの光景。
引っ掻けたフックを利用し、屋根から空中へ。さらに遠心力を付け、下階層へ。
――ガラスの割れる音が響く。同時に、侵入成功。
「……セカンド、いるな」
「うん、来た。ヘリの降下に釣られてね」
『な、なんです?』
着地の直後、第六感が働いた。
ナノマシンにより生態本能までもが強化されて、危険分子の接近もわかる。
下からの階段、それとこのフロアの奥の部屋。
両手に握った拳銃のスライドを引き、初弾装填。伸縮ブレードを展開し、高周波を流す。
「アスカさん、敵が来ます――ので、殺します」
「見るのが辛けりゃ、目を瞑っていてくれ」
そう言い残し、敵が来ると感じる二方向へ、それぞれ駆け出す。
セカンドは長い廊下の先、奥の部屋へ。ジョージは階段へ。
「セカンド。これより敵兵を排除する」
**********
「さっきのヘリは何だったんだ!」
「敵が降下した可能性がある。警戒しろ!」
廊下奥の部屋、電力供給がまだ行き届いているため、自動ドアが作動する。
開閉音――。西洋製アサルトライフル、自動拳銃を構えた武装集団の姿が現れる。
その顔は覆面で隠され、特殊部隊さながらの雰囲気。たった今、司令棟内部でゲリラ作戦を実行中であった時――自分たちへ向けて響く足音を聞きき取った。
と同時に、脳内に直接響くような甲高い音。
コンクリート製の建物は、その音がよく反響する。
電灯のみで照らされた冷たい通路に、彼らは身を乗り出した。
「この音は、高周波?」
「なに? ……マズい! し、親衛た―――」
部隊全員が側面を軽快した刹那、仲間の声が途絶えた。同時に、撒き散る血を見る。
刀身を振り切ったセカンドは、敵の喉元を切り裂いた。敵が気付いたときには、もう目と鼻の先まで迫っている。奇襲成功と確信した直後、ブレードを引き戻して、強化筋肉を引き絞り――斬撃。
「アンノウンだ! アンノウンが――」
「距離だ! 距離を取れ!」
斬撃の後、視界を塞いだ敵に対し――
『先輩! 先輩、大丈夫ですか⁉』
「大丈夫、流石ですよ、親衛隊の技術は。……父の頃には無かった贅沢品だ!」
最新の化学繊維と装甲を施した戦闘スーツは、硬質であるが故に重量がある。優秀で普通の人間はおろか、屈強な兵士でも自在に着こなすのは難しい。
しかしアンノウンなら違う。彼らの人間とは一線を隔す肉体にとって、そのスーツは普段着のような物。俊敏に動くなど造作もない。
至近距離でのライフル弾を殺した。紺色のスーツ素材に、焦げた色の弾痕が残る。――いくら強靭なスーツと言えども、耐久限界はある。無論、何度も弾を受ければいずれは貫通する。しかし、体内に装備された強化骨格が
右手にブレードを握り、空いた左手に〈ワイヤーフックショット〉を装備。
敵の死体を盾代わりに、その間に照準を定めて――射出。鋭利なフックは敵の防弾チョッキに突き刺さり、セカンドがトリガーを引けば巻き戻る。
腕力と合わせて引き付けた敵、それによる射線遮断。その間に踏み込んで――斬撃。高周波ブレードが、防弾チョッキごと肉体を切り裂いた。
「そろそろ仕掛けるか、――とうっ!」
ナノマシンが、脚部の強化骨格へ集中……踏み込む力を引き上げる。
――ナノマシンコア、出力上昇。マスクに隠された瞳が、
攻勢開始。引き寄せた敵の死体を、ライフルを乱射しながら後退する敵部隊へ向けて投げつけて。動揺の隙に、跳ぶ。感覚の狭い室内、壁を蹴って――蹴って、蹴って、三歩目で眼前に到達。
ライトに照らされた刀身が、光の弧を描いて降りかかる。高周波のキーンと言う音が自分たちの横を掠めるたび、敵は恐怖した。
狭い室内戦闘では、銃より近接武器の方が効果的な場合がある。この距離まで詰めれば、もはや銃の間合いではない。自分のテリトリー内に全ての敵を取り込んだアサヒは、考えもせずにただひたすら…斬って、殴って、突き刺した。
強化筋骨によって繰り出される常人以上の打撃は、敵のヘルメットを容赦なく叩き割り、その頭蓋骨を粉々にする。血しぶきが、セカンドのマスクを覆った。
テロリスト・〈ファントム〉という、抽象的で実態の見えない組織を、直接殴るように。その構成員に……憤りをぶつけた。
「クソ……クソっクソォォォォ!」
「よくもまぁ、ここまで大胆な破壊工作を。……貴様ら、絶対に潰す。」
「ギャ――」
最後の敵がどさりと倒れ込んだ。血と共に、魂が抜けて。
いつもいつも、敵の悲鳴は最後まで聞こえない。
悲鳴を出し切る前に、自分が斬ってしまうから。
しかし、犠牲者はテロリストや軍民問わず、銃弾飛び交う中で断末魔を発する。
それだけが、最後に聞き取る彼らの声。
痛い
悲しい
喪失感
……戦いたくない
そんな時にいつも思い浮かべるのは、妹の顔だけ。
「……ユウヒ」
**********
「アスカさん、終わりましたよ」
『……っ!』
「――アスカさん?」
デバイスを繋ぎなおし、アスカへ敵部隊一個を殲滅した旨の報告。しかし、様子がおかしい。血肉を切る音で、気分が悪くなったのだろうか。
『……お疲れ様です、先輩。その、なんて言うか…やっぱり凄いですね。戦闘に関しては素人の私が見ても、やっぱり』
「――まさか、ずっと見ていたんですか⁉ 目を瞑っていいと言ったじゃないですか!」
『でも! ……私も部隊の一員だっていうのに、そんなの卑怯じゃないですか! 自分だけ目を背けるなんて』
マスクと無線接続された、指揮車両のモニター。セカンドが――アサヒがひたすらに敵を殺していく様を、アスカはずっと見ていた。見なくていいと言われたにも関わらず、ずっと。
――これが、世界の現実。私たちが目を背け続けた現実、日常の裏。私には、それを見届ける義務がある。
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