『父は消え、母は死に、俺たちは』
『こちらジョージ、敵六名を排除。……こいつら、
『
『あぁ……今までの連中以上に統率が取れてやがる。この調子だと、アンノウンの数も増えてそうだよな。目的のためなら手段を択ばない連中の強化人間に、俺たちがいつまで対抗できるか』
『ま、その目的もわからないままだがね。なんにせよ、厄介この上ない』
**********
『せ、先輩……大丈夫ですか?』
「えぇ。見ていたでしょう、どこも負傷していませんよ。」
『いえ、そうではなくて』
いくつかの銃弾を浴びた。だが、それはスーツが貫通を防いだことを、アスカもわかっている。外傷なら、セカンドは大丈夫だ。……しかし、内傷は?
デバイスを介しての息遣いと声が、彼女に違和感を持たせた。
――重い。何かを背負った時の声、呼吸。思い詰めている。
『先輩、無理していますよね? あ、もちろん! 無理が必要不可欠な仕事であるのは、重々承知していますが!』
「ハハハ、そういう話ですか。俺とて人の子。やはり辛いですし、無理が必要なのは全くその通りです。……でも、その無理を無茶で押し通さなくちゃいけないくらいには、止まるわけにはいかないんです」
高周波ブレードに風を切らせ、乾きかけた血を振り払い、刀身を収縮する。最上階の制圧完了が確認できたなら、下のフロアを目指すべく行動を開始しなければならない。
『……さっき、妹さんの名前を呼びましたね。やっぱり、辛いときは妹さんを思い出すんですか?』
「えぇ、たった一人の家族ですから。――あの子の為にも死ぬわけにはいかない。でも、辛い。だとしても俺には、辿り着きたい結果がある。だからこうして、あの子の名を呼ぶんです。……自分がバケモノではなく、死体でもなく、人間として、妹が待つ家に帰れるようにってね」
わかってはいる。わかってはいるのに、どうしても考えてしまう。
――なら、戦わなければいい。守るべきものがあるのに、どうして彼は戦うのか。
「そして自分の為にも、妹のためにも、俺は辿り着きたい。……俺は、俺たち家族の闘争に決着をつけたい。だからファントムを追う。奴らと戦う」
家族――セカンドにとっても、その存在は
アスカにとっての、祖父の存在のように。
――ふと、戦闘の最中でセカンドが言ったことを思い返す。
『そういえばさっきの言葉、どういう意味なんですか? 父の頃には無かった――って』
「あぁ、俺はそんなことを言いましたか。……コマンダー、この話ってアスカさんにしても大丈夫ですか?」
デバイスの通信先で、コマンダーの周波数を追加した。
今までの会話も、隊長である彼には一方的に聞こえていた。
――若干のノイズの後、聞こえる。
『うーん……君がいいなら、僕は構わない。ただ二人とも、今は作戦行動中だという事を忘れないでね?』
「はい」 『はい』
『それと、くれぐれも本名は口にしないように。親衛隊の特殊デバイスとは言え、万一にも敵に傍受されていたら笑えないからね』
その言葉で、コマンダーとの通信はシャットアウト。再び、二人だけの世界が訪れる。
その間にもセカンドは、ナノマシンコアと肉体の同調を調整しながら、下フロアのジョージとの合流を目指す。
『その……先輩のお父様ってどんな方なんです。コマンダーとの会話からして、何やら普通の人ではないように感じたのですが』
「普通――ではありません。俺やコマンダーにとっても、はたまた親衛隊にとっても非常に重要な人物でした」
『もしかして親衛隊員だったんですか⁉ お父様の世代で考えるなら……創設して間もない頃じゃないですか!』
「それどころじゃありませんよ。俺とユウヒの父は、二十年前の〈一次戦争〉と、領土奪還の〈二次戦争〉のどちらにも参加しています。一次戦争の頃は少年兵だったらしいです」
当時少年兵――だとすればセカンドの父親は、彼の親世代にしてはかなり若いはず。
そして、問題は〈二次戦争〉。〈一次戦争〉から十年、その間に親衛隊と言う組織自体は創設されていた。非正規軍で、しかも黎明期であるが故に、その組織構造は簡素であり脆弱であったが。
しかし、彼の父が当時既にメンバーであったなら。
アスカは、自身が勉強した情報を思い返した。
二次戦争で、直接的な戦闘に参加した親衛隊部隊は、一つだけ。
『まさか……お父様は』
「お察しがつきましたか。父は、黎明期に開発された初期型――〈第一世代アンノウン〉の一人です》》」
その当時、合計で七人の初期型アンノウンが開発された。彼らは極秘裏に前線投入され、正規軍が戦うその裏で、密かに戦況へ影響を与えていたという。
非人道的な技術によって生み出された彼らは、幸いにも全員が生き残ったらしいが。その一人が、彼の父親だという。それなら彼や妹は、
『お父様は……今はどこに、』
「……わからない。俺たち兄妹と母は、父が強化人間であったことを知りませんでした。当たり前ですが、親衛隊の事も」
『じ、じゃあ! お母様……は、』
母親の事を聞こうとした直後、思い出した。
彼が妹のユウヒを、唯一の肉親と言っていたことを。
「母は……死にました。俺たちが幼い頃、突然に。その当時は事故死だと聞かされたんです」
その当時は。では、今は違うということか。
父親がどこにいるかわからない――親衛隊にはいないという事なのか、はたまた死んでいるという事なのか。
モニターが全く見えぬほど、アスカの頭は困惑に占拠された。
「ナノマシン手術を受けて、
『どうしてそんな、』
「幼い俺たちは、現実を受け止められなかった。――それなのに! ……父は忽然と、俺たちの前から姿を消したんです。母の死を、その事実をはぐらかしたまま。それからはずっと、俺たちは二人きりで。何も知らぬまま、意味もわからないまま両親を失った悲しみを抱えて、それでも懸命に生きました。ユウヒを守らなきゃって、」
たった一人の家族。以前から聞いていた話の、影。
セカンド、否、アサヒが妹に過保護気味であったのも、ユウヒが兄に恋人のような姿勢を見せていたのも。ただの兄妹とは思えぬほどに近しかった二人の距離感――、その辻褄が合った。彼らは孤独であったのだ。
本来なら親が絶対的に必要であろう少年期に、たった二人きり。それも戦後の動乱期で。神谷アサヒの強い原動力は、そこから来ていたのか。
「四年ほど前ですか。俺はコマンダーと出会いました」
『コマンダーって、あのコマンダーですか?』
「そのコマンダーです。あの人は第二世代アンノウンとして手術を受けたばかりで、父の部下だったんです」
――不意に、デバイスから受信の音が。
『そこで僕は、君にお父さんの話を伝えたんだよね。……僕が組織の中で最も慕っていた男、その人の息子である、君の為に。――お母さんが事故死ではなく、他殺であったことを』
『コマンダー! ――他殺って、』
噂をすれば。通信に入り込んだコマンダーに意表を突かれる。
告げられた言葉に、アスカは息を呑んだ。なんとなく想像はしていたけれど、どうしても考えたくはなかった事実。アサヒら兄妹は、ずっとその事実を隠蔽されたまま長い時を過ごしていたのか。
「父は、親衛隊内部のある男の恨みを買った。…そのせいか否か、母は殺されたんだと。父は恐らく、その復讐の為に消えた。……これ以上、家族を巻き込まないために。俺たちを置いて」
『なぜなら、後にその男は消息を絶ったから。……自身の体に宿ったナノマシン技術と、第二世代までの情報を持ってね』
それを聞いた瞬間、腹の底が冷えた。
以前にアサヒから直接聞いた、テロリストが持つナノマシン技術の
『その男が……〈裏切り者〉?』
「前に話した通り、まさにその男です。その目的や、父を恨んで母を殺した動機がわからなくとも。結果的にはこのザマですよ」
『奴が創り出した
以前にも聞いた話ではあるが、今のアスカが覚える感覚はリアルだった。
返す言葉も出てこない。
「俺は、八一五部隊のアンノウン候補としてスカウトされました。第一世代の傑作であった父と遺伝的情報が似ていたからでしょうか。手術の際、俺のナノマシン同調は驚くほどスムーズだったそうです。……まぁ、それを加味してのスカウトだったんでしょうけど」
『確かにそれもあった。――だが本命の理由は、やはり真実へ辿り着いてほしかったからだよ。あの人の息子であり、その資格を有する君に』
淡々と、自らの思いを語る彼ら。
次第に絶句から解放され、アスカは問うた。
『……それで死んでしまったら、どうするんですか』
「え?」
『あなたは真実を追う。それが、自分たちの為になると信じて! でもそれであなたが死んでしまったら、妹さんはどうなるんですか⁉』
なぜだかわからない。しかし、アスカの理性の奥からは、アサヒに対する憤りと不可解さが湧き出す。彼らの戦いを、現実を見届けると覚悟したのに。――まだ、戦いを忌避していたのか、と感じる。
「……俺は負けませんし、死にませんよ。そのために妹の名を呼ぶんです。辛くても、苦しくても、生き残るために」
『先輩、』
「真実に近づくことは、俺とユウヒの止まった時間が進むことでもあります。父のように復讐の為ではなく、前に進むために戦うんです」
前に進むため。その言葉に、胸の内が少しだけ晴れたような感覚。
戦いに対していつも前向きで、恐れが無くて、敵も味方も哀れむ八一五部隊の彼らを、アスカは理解できない。しかし、理解できないことは彼らとの決定的な差異ではないのかもしれない。彼らが戦いに肯定的なのは、その先にある「それぞれの何か」のため。なら、自分はどうするか。
――自分のように、身内の罪を足枷として引きずるのではない。その先を見て戦うのか…と。
彼らがそのような信念を持つなら、アスカもそれに則った働きを見せる。祖父が創り出した現代を、その現実を見届けるために。
アスカは作戦資料を取り、
『先輩、最後に一つ』
「なんでしょう。」
『お父様は……お母さまを愛していたんですね』
「……それは間違いない! と、断言しましょう」
**********
「これは……酷いわね」
地下道を通過したフランセスは、通信棟第一フロアの一角へ這い出る。
ここには軍内の重要な通信設備の他、戦術ネットワークのサーバー室や発電室までもが収容されている。それらが破壊工作を受けてから、さほど時間は経っていない。この重要施設に、恐らく敵の主力戦闘員が潜んでいると判断。
ステルス性能を存分に発揮するフランセスが、これらの情報収集を行う。
しかし今、彼女の目の前にある光景は「凄惨」の一言で言い表せる。
――血まみれの兵士たちが、通信棟メイン通路に横たわっていた。一人、二人、三人、四人……数えるのも面倒で、気が滅入るほど。
「こちらフランセス、通信棟への侵入成功。――って報告はするけどさ、こっちは酷い状況よ?」
『こちらコマンダー。もちろん、君のモニターで確認済みだ』
「これ全部、国防軍ね。まさかテロリストにここまでやられるなんて……軍人さんが弱いのか、奴らが強いのか」
『後者でしょ。セカンドとジョージがいる司令棟では、そちらほどの状態にはなっていない。やはり〈フォアマン〉そちらにいるか』
「いるわね」
この光景は、作戦計画内での憶測を裏付けるには十分だった。
いくら特殊部隊並みの戦闘力をもってしても、たった少数でこれだけ殺せるはずがない。ましてやテロリスト風情が、それも大規模な戦闘は行わずに。
「待って、何かが来る。一旦、通信切ります」
強制シャットアウトし、付近の天井にある通気口へよじ登った。
「光学迷彩――起動」
スーツのボディへ通電が始まり、その反応によって透過率が上がる。うっすらと見えるその影だが、物陰を利用するなら十分。通気口へ侵入し、接近するそれを待った。
**********
「国防軍の連中はどうなった。――そうか、ならしばらくは大丈夫だろう」
テロリストのお出まし。……部下と思える相手に確認を取る様子。
「あぁ――そうか、奴らが来たか。やはりさっきのヘリはそれだったか……面倒なことになったな、チェン?」
奴ら、とは間違いなく親衛隊の事。ヘリは、セカンドとジョージが降下した際の話だろう。
しかし、チェンという名前が妙に引っかかった。あだ名だろうか。
「モンダイナイ、オレノシゴトガメイカクニナッタダケダ」
「ま、そうだな。連中はお前に任せて、我々は目標達成に集中しよう」
「アァ、ソウシテクレ」
片言の日本語。
次第に、通気口の真下に来る二人。その姿が見えたとき……フランセスのコアが強く鼓動した。高価値の装備で武装した男たち。
しかしその一方は、明らかに人間の様相ではなかった。
他生物を連想させるような、歪なその姿…
「
〈第二世代アンノウン〉 やはり、ここにいた。
しかも日本人じゃない⁉
「
その相貌をフランセスは見た。目が合ったのだ。
その刹那――敵を覆い隠すような閃光が走る。
銃撃が、ステルス状態の彼女を襲った。
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