『囚われた亡霊』
「おい、どうしたフランセス! 応答しろ⁉」
『チクショウ……コマンダー! モニターはどうだった⁉」
通信棟に潜入したはずのフランセスは、敵の接近を察知らしい。光学迷彩を起動して身を隠した――が、直後に響いた銃声を、デバイス越しのセカンドらは聞き逃さなかった。
『彼女のモニターには、二人の敵戦闘員が映っていた。発砲してきた方は間違いなく……アンノウンだ。それも予想通り、
いよいよお出ましである。
テロリストお得意の、人間に戻ることが出来ない本物のバケモノ。
連中はやはり投入してきていた。
現状、敵アンノウンを前にしてフランセスが孤立した状況になっている。セカンドやジョージはまだしも、ステルス戦闘をメインとするフランセスにとって現状は面白くない。汎用型には到底敵わないパワー性能、光学迷彩の為に装甲を犠牲にした戦闘スーツ。強力な敵と直接対峙した場合、彼女は途端に不利になる。
『セカンド、ジョージは彼女のフォローへ! 通信棟は後でいい!』
「了解!」 『オーライ!』
敵の亡骸から血が溢れ出し、床がぬるぬると滑って歩きづらい。
その血を踏みつけ、セカンドは新たな標的へと走る。
**********
「――ッ⁉ こいつ……ガタイの割に機敏なんですけど⁉」
「
天井の通気口より叩き落されたフランセスは、直後に開始された敵アンノウンの攻撃に一心不乱の対応を強いられる。前回、特別区のビルで見た奴とは違う……戦闘服の上から露出するその顔は、かなりゴツゴツとして硬質感を感じられる。
さらにその腕も、皮膚密着タイプの戦闘服がはち切れそうなほどに肥大化している。その剛腕から繰り出される打撃を、持ち前の柔軟さで回避し――ダガーナイフで反撃。
しかし、この剛腕が意外にも俊敏。突き出してきては瞬時に引き戻されるため、隙を見つけるのが一苦労。
「バカにして――テロリストの分際で!」
ホルスターから補助装備の拳銃を取り出し――発砲。
「マジ――銃弾避けないの⁉」
「
――剛腕で銃弾を防御。否、それだけではない。その腕を盾にしながら、こちらへ突撃してくるのだ。予想できない動きに、フランセスの対応は大幅に遅延。百キロ近い質量があろう突進を回避できずに――衝突。衝撃によって脳内に閃光が走り、マスク越しの視界が揺らぐ。
指揮車両でその様子を見るフランセスの担当オペレーターは、一瞬途切れかけた映像に必死で喰らい付く。そして、双方の動きを逐次コマンダーへ報告。
「いったい……痛いよ――このクソッたれめ! あんた、腕丸ごと鉄製にしたんじゃないの⁉」
「
「何言ってるかわかんないけど……とにかくバカにされてるのだけはわかった! ――殺す!」
全身に力が籠り、声が荒ぶる。相手はテロリスト、さらに人種が違うとわかってからずっと、憤りを感じていた。苦い、フランセスの中にいる新海エリナの記憶が、腹の底から湧き上がる感情に火をつけた。
「ナノマシンコア――出力最大……!」
「
「だあああああああああああああああ――ッ!」
激しい駆動音が胸部から響き、そこから湧き出るパワーが全身に波及する。脚部へ、腕部へ、神経へ。最大出力のナノマシンを投入する。瞳が碧く滲み、マスクの赤い目を通して発光。
――直後、装甲と化した敵の腕目掛けて突っ込んだ。
全身を覆っているわけではないその盾を飛び越えるために跳躍。天井ギリギリまで跳び上がったフランセスは、相棒のダガーナイフを逆手に構えて、鬼のような双眸で斬りかかる。
まるで獣のような唸り声を、喉が千切れるほどに吐き出す。その直後に繰り出されたカウンターを、ナノマシンが集中した視力神経で見切り、逆カウンターを仕掛ける。――至近距離で振りかざした剛腕までは流石に瞬時には引き戻せない。その隙にダガーナイフを肩へ、脇へ、ガラ空きになった複数個所へ連撃。せめて、腕の一本でも無力化しようと試みたのだ。
「ゔぅ――ッ⁉ ……
「チェン――! 距離を取るんだ!」
その筋繊維を斬り裂いて、少しでも自分に有利な状況を作ろうと、もう一度仕掛けようとした。直後、もう一人のテロリストがフランセスへ向けて発砲。乱射された銃弾は彼女と、〈チェン〉と呼ばれるアンノウンの僅かな中間へバラまかれ、強制的に距離を開かせた。
「この……! 国家の犬がああああッ!」
「あぁもう! 邪魔くさい、このテロリストが!」
国家の犬という侮蔑的な意味合いを持った言葉に耳を傾けてしまい、苛立ちが動きを荒々しくさせる。
攻撃チャンスを逃したフランセスは一転、もう一人による援護射撃を意識せざるを得なくなる。……チャンスは二度も訪れない。ここからは反撃の隙が限られてくる。
フロアの空間を移動し、段差や壁を乗り越えて。幾度か相手の視界から外れようと試た。……直後に光学迷彩を展開して、敵の死角から接近。チェンよりも先に、こっちの男を始末するべきと判断。右手のダガーナイフを、残弾数発の拳銃に持ち替えて――照準、射撃。
「
「ちっ、もうちょいだったのに!」
その動きは、チェンによって阻止された。先ほど攻撃したのとは反対の、左腕を掲げて守る。
金属音とはまた違う、だが硬質な物に衝撃が走ったような音。そしてやはり、小口径の拳銃弾は通用しない。
彼女は急ぎ、マガジンキャッチボタンを押して弾倉を取り出し、特殊弾頭が装填された別の弾倉をセットする。成形炸薬が内部に仕込まれ、小口径ながら強力な貫通力を有する弾頭。代償としてコストが高く、一度に所持できる数はそれほど多くない。まだ節約しておきたかったが……背に腹は変えられない、と。
互いに接近し合う中で、右手に拳銃、左手にナイフを構えて――射撃、射撃、射撃。
「テリャアアアアアアアアアア――ッ!」
「今度こそ……ッ!」
三発全てがチェンの胴体部、戦闘服の防弾部へ…。弾頭自体は貫通したのだろうか、一瞬だけチェンが顔をしかめた。…しかし、その猪突猛進は衰えない。
――衝突! 二人のアンノウンが、用いれる互いの武器を全力でぶつけ合う。
チェンの剛腕が鈍い風切り音をたて、フランセスのマスク目掛けて落下する。それを優れた動体視力によって見切り――回避、からのナイフによる連撃。彼女はもう一人の援護射撃を警戒し、できるだけチェンとの距離を詰めながら戦う。超至近距離であれば、敵もそう簡単に売っては来れないはず。
その戦術が功を奏し、動かない左腕も相まって、彼女は
直後――ナイフはガギっと硬い音を響かせる。それはまるで、人間の肉体を斬ったような音ではない。
「……うそでしょ――刃が通らないんですけど!」
攻撃は押しとどめられ、ナイフの刃先が
硬質化した皮膚が装甲となって、その身を守ったのか。
「
「……っ⁉」
次の瞬間、彼女の脳が揺れた。デジタルメーターが表示されるマスク内は
「――っ……う、うぅっ」
「
その理解できない言語でさえも、うずくまる彼女には届かない。
フランセスはナノマシンコアの出力を、最大に引き上げて戦った。それはアンノウンの性能アップに繋がるが、既に強化された肉体へさらに負荷をかけるために、その反動も通常より大きい。改造部分が全身にある第三世代には
迫る活動限界時間。〈
「よくやった、チェン! ついに親衛隊アンノウンを倒した! これで奴らは、貴重な第三世代を一機失うことになる……これは我々にとって大きな――……っ」
「……
男が喜びに沸き上がり、チェンを褒め称えていた時。突如、男の言葉が途切れた。鈍く、グロテスクな音と共に。
それが不審でならなかったチェンは、フランセスへ止めを刺すことを中断し、状況を確認しようと……振り返った。
目に映ったのは、言葉を続けずに立ち尽くす隊長。その胸には…血が
――同時に倒れ込む隊長の、その陰から現れたのは……マスクを被った二人のアンノウン。
「フランセスっ――生きてるか⁉」
「悪い、遅くなったな!」
**********
「――
「……アンノウン。さっきから聞いてはいたが、本当に中国人か」
「しかも随分とお強いようで。うちのフランセスちゃんがぼっこぼこじゃねえか」
油断しきっていた隊長格テロリストを排除し、そのアンノウンへ標的を定める。倒れ込むフランセスへ止めを刺さんと、まだ生きている左腕を振りかざす光景を、セカンドらは見た。
『モニターして得た情報から見るに、そいつは恐らく〈甲殻類〉の遺伝情報を持っている。もちろん強化用ナノマシンもね。――たぶん、
『先輩方! エリ……フランセスが!』
衝撃によって接続が途切れたフランセスのモニターに代わり、敵の様子はジョージのマスクを介してコマンダーへ中継されている。
その二人を見守るアスカの心情と言えば…胃に穴が開きそうなほどの不安感。生きてはいるが、立ち上がることのできないフランセスを見て、思わず本名の〈エリナ〉を口走りそうになる。――その素顔や人間性を知っているが故に、動かなくなった彼女の姿が…異様に気味が悪い。
ふと、怒りが混じる声でチェンが言う。
「
外国人ならではの比喩。日本人であり、戦士である彼らへ。
セカンドが持つ刀身型ブレードを見て、彼を〈侍〉と。
自動拳銃を両手に持ち、早打ちのような体勢を取るジョージに〈ガンマン〉と。
本来は通じるはずのない、言語の壁。セカンドもアスカも、彼らは理解できない。――だが、ジョージは言う。
「ハハ! 侍はとうの昔に滅んでるし、ガンマンじゃなくてガンナーだろ?」
『ジョージ先輩?』
「ところで……
『先輩、中国語わかるんですか……マジですか」
突然、相手の言語で話し出したのだ。
驚愕せざるを得ない……だが、アスカ以外は至って平然としているのが、彼女には不可解に思えた。
「……
「十二年前……二次戦争か。だとすれば、あんたの言う〈貴様ら〉ってのは」
『〈第一世代アンノウン〉……か』
つまるところの、アサヒの父親。
第一世代の〈七人部隊〉、その一人だった父親。
セカンドことアサヒの心に、
……間違いなく父親も、チェンの仲間を殺している。それは結果的に、チェンがアンノウンになるという道筋を創り出したはず。そして、今の事態を招いた。
戦いが生み出す因果関係、それをまた引き付けるのは戦場。皮肉と言うべきか、運命的と言うべきか。そして自分は、それによる〈負の産物〉と戦っているのだ、と。
戦後の動乱期では、日本列島から撤退できなかった残留兵たちがギャング化した…そういう事例がいくつもある。国内体制が混乱を極めたのは、そういった要因があったからでもある。〈ファントム〉が現れる以前、親衛隊が戦っていたのはそういう連中だった。時系列で言えば、コマンダー・大月タスクが第一線にいた頃。
このチェンという男の場合なら、それ以降にテロリストへ加担したという話になる。そして――強化人間の素体として選ばれたのか、あるいは自分でその運命を選んだのか。なんにせよ、狂気の運命に他ならない。
「
「――戦争を仕掛けたのはお前らの方だろうに、よく言うぜ」
ジョージやセカンド、彼ら日本人からすれば、加害者は向こうである。チェンの言葉は、侵略者が被害者面をしているようにしか感じられない。
「オレハカナラズ、クニヘカエル! ハイザンシャデハナク、テロリストデモナク……キサマラノヨウナバケモノトタタカイツヅケタ、センシトシテ!」
「……何をほざくのかと思えば、加害者の分際で俺たちをバケモノ呼ばわりか」
――俺たちは、お前らが始めた戦争で人生を狂わされた。この感情が、チェンが叫ぶ言葉を否定する大きな効力となる。
ただそれが、チェンのような兵士の立場だとすれば?
――戦争を始めたのは自分じゃない。自分はただの兵士で、命令に従っただけ。
しかし、仲間はアンノウンによって壊滅。逃げ場を失った彼らにとっては、敵の巣窟で生き延びるほかない。
……親衛隊を倒せば、仲間の仇を取れる。その戦果を以てすれば、祖国へ帰還できる。たとえ……奴らと同じ
チェンは最後、日本語でセカンドらに訴えた。自分の戦う意志を、心から伝えるためであろうか。自分はただのバケモノではない、と。
「……やはり貴様らも、俺たちも、時代に囚われた〈
「だとしても、だ。奴らは俺たちが倒すべき敵だという事に、変わりはない。」
セカンドやジョージには共感はできても、その思いが彼らに届くことはない。
「行くぞ、ジョージ!」
「了解、セカンド!」
『フランセスの分もだ。……全力でぶち殺せ』
コマンダーの声を合図に、二人のナノマシンコアが唸りを上げた。
その中でただ一人、時代の外側にいたアスカは、彼らにこう呼びかけた。
『みなさん――ご武運を』
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