『元敵国のアンノウン』
「突撃!」
「行くぜえええええ――!」
ブレードを構えたセカンドが、チェンを目掛けて一直線に走る。その後方を、両手に特殊弾頭入り拳銃を装備したジョージが追う。ブレードから発生する高周波が、耳を貫通するように脳へと直接届く。
対するチェンも、硬質化した体表を前面に押し出し、向かってくる二人の第三世代へ突貫した。
既にノックダウンしたフランセスだが、彼女がチェンに負わせた傷は、筋肉の接続部を絶妙に切り裂いていた。これによって、未だ彼の右腕は不完全。
「テリャアアアアアアアア――ッ!」
中国人の、セカンドらとは少しイントネーションが違う咆哮。
距離が二メートルほどまで縮まった時、硬質同士がぶつかり合う激しい音が響いた。ブレードを下方向より振るい、右斜め上から降ってくる剛腕をいなそうと――タイミングを合わせた。
――反動が、セカンドの両腕を襲う。ブレードが、チェンの剛腕のパワーを破壊できなかったのだ。その軌道は命中コースではないが、初手は思惑通りにはいかなかった。
「ブレードが押し負けた⁉ 貴様の腕は砲弾か何かか!」
「イイケンジュツダ、サムライ……!
「後半なに言ってるかわかんないよ!」
初手が外れれば、次の一手までコンマ一秒でも遅らせはしない。次は側面――負傷により、腕が上がりきっていない左から攻める。しかしその軌道はチェンだって読んでいる。くいっと体の軸を逸らし、そこへカウンターを横入りさせる。
――カウンターが来る!
ナノマシンによって中枢神経が敏感になった結果、第六感と言う概念的なものがセカンドの中で確立されてしまった。それにより、迫りくる攻撃が見える。
直後――姿勢をぐんと下げ、無理やりにその軌道から外れる。頭上を砲弾のように通過したパンチの、その隙間に転がり込んで、敵の側面へ回る。さらに直後――不安定な姿勢のまま斬撃を繰り出す。一瞬、少量の血が飛び出たのがわかった。しっかりと斬れたわけではないが、剣先が上腕を捉えたのだ。
「
「浅かったか……ジョージ!」
「オーライ! うっかり前に出てくるなよ!」
セカンドの合図に呼応して、ジョージの二丁拳銃が火を噴いた。銃声が連続して鳴り響き、特殊弾頭が硬質の肉体目掛けて飛ぶ。――ダンダン、ダン、ダン、とリズミカルに奏でられる、銃声による死のメロディー。それが命中するたびに、チェンから小さな
瞬間――チェンは跳躍した。周囲の扉を突き破り、別フロアへ退避したものと思われる。流石に、特殊弾頭を前にして硬質の肉体も悲鳴を上げたのだろうか。すかさず、セカンドらは追撃した。
「野郎……とんでもないタフガイだ!」
「だが優勢なのはこちらだ。フランセスが片腕を無力化したおかげで……時間もない、早く排除しなくては。」
『お二人とも、危ない!』
突如として、アスカの声がデバイスに届く。
チェンが逃げ込んだフロアの、一つ目の入り口を潜ったところだった。
衝撃が走る――側面から、先ほど見た砲弾擬きが。
直後、セカンドはフロア奥の階段を越えて、広い空間まで吹き飛ばされた。スーツの装甲によって多少のダメージを軽減したが、それを越えての衝撃。一瞬だけ脳の理解が追いつかなくなり、気が付けば受け身の態勢を取っていた。やはり、体が全て憶えている。
「セカンド! ……クソったれ!」
「グ……アア!」
チェンが自身への攻撃に転じる前に、ジョージは弾丸をぶっ放した。先ほどよりも至近距離であった為、
数発目――
「おい、無事か?」
「……なんとか。しかし、あれだけ撃ち込んでもこれほどのパンチが出るとはね。やっぱり〈
「だが見ろよ。野郎、なかなかに堪えてそうだぜ! 蓄積ダメージがデカいようだな」
体勢を立て直し、ブレードの刃先を今一度チェンへ。
滴る血。それぞれ少量ではあるが、被弾箇所が多い。少しばかり膝が落ちて、肩が下がって。ヒトのものではなくなった
「……
「あ?」
「
「……何をする気だ。コマンダー、奴の様子がおかしい!」
その異変に気が付いたのは、それ自体を目で確信してからではない。なんとなく、感覚で。今までの戦闘経験から、その中とは違う何かを感じ取った。
次第にそれは、彼らの中で事実として固められる。
「なっ……嘘だろ?」
「コマンダー! 傷が……奴の傷が塞がっていく!」
『こちらでも見えているよ! ……冗談じゃないよクソが』
流れていた血が、ある一定を境に止まった。めきめきと、ねちねちと、心から不快に思うような音が微かに聞こえて――チェンの肉体が自ら止血した。開いた
「テロリストダカラッテアマクミテイタカ? ……ワレワレノチカラハ、キサマラガシルヨリハルカニキョウカサレテイル。――コンナフウニナ!」
これ見よがしに、その力を思い知らせるために、おぼつかない日本語で叫ぶ。
テロリストであるのに、元は親衛隊の技術であるのに。それを凌駕する能力を〈ファントム〉のアンノウンは有しているというのか。〈肉体の瞬間修復〉という、人知を超えた生物の所業を……。
〈ファントム〉のアンノウンは、流出した〈第二世代〉の技術を用いている。しかし、親衛隊のそれとはまるで違う。――奴らにはナノマシンコアが無い。即ち、人間体に戻ることが出来ない。そのような狂気の沙汰による産物が、親衛隊でも考えられなかった事態だというのか。
「マジもんのバケモノか……俺たちも人の事は言えないが」
その時、デバイスが反応する。通信だ。
『こちらグレース。本棟より東の倉庫に接近する敵、複数を確認。屋外にいた国防軍が戦闘を始めたよ』
基地の上空で飛行するヘリ、そこから狙撃支援を行っているグレース。若干の焦りを感じられる声色で、報告。
『本棟より東? ――マズい、そこは弾薬庫だ! 対空ミサイルやら戦車砲弾やらが山ほどあるぞ!』
『じゃあ連中の目的は、弾薬庫の爆破? もしそうなら、俺たちにもあまり時間はないよ!』
『ことが大きくなりすぎれば、後が大変だ……。長官もこれ以上の被害拡大は許さないだろう。――グレース、可能ならその敵部隊をぶち殺せ!』
軍事基地の襲撃に際して、弾薬庫の爆破は常套句。
――被害拡大と言えば、とでもいうような感じで。その通信を、コマンダーと同じ指揮車両で聞いていたアスカは報告した。
『SNSでも事件の情報が多く出回っています。……電波ジャックでもしない限り、ネットの波は抑えられませんよ! あぁほら、民間放送も空撮が始まってます!』
『みんな、時間がないぞ!』
『……やれることはやってみせるよ!』
**********
「やるしかない……行くぞ!」
「っしゃおらぁぁ!」
――そんなことは言われなくてもわかってるよ!
と言わんばかりに、セカンドらは突貫する。
銃を持ったジョージでさえも、セカンドの間合いである超至近距離まで接近する腹積もり。先ほどまでの余裕はまるでない。突撃する二人のアンノウンが響かせる咆哮の中、迎え撃つチェンだけはニヤリと、笑顔を。まるで好敵手との出会いを喜ぶ戦士のよう。――否、獲物を狙う肉食生物のよう。
「――そこっ!」
ブレードが攻撃軌道を確定し、流星のように降りかかった。だが、それは鋼鉄の剛腕に防御される。鍛えられた感覚で繰り出した一撃を。やはり、この敵は手練れであるのだ。少なくともセカンドよりは……。
技量の差を嘆いている暇は一瞬たりともない。――すぐさまに第二撃、第三撃を繰り出す。下方から、左側面から、右側面から、上方から。それでも防がれるのなら……
「ジョージ!」
「あいよ! ――死ねえええ!」
前線を交代し、ジョージが敵の真正面に立った。完全に銃の間合いではない、が……ジョージは突っ込んだ。ひたすら、敵の懐まで。
「
「日本のことわざ……よく知っているみたいだが、その虫は俺じゃねぇよ! ――おらああああっ!」
敵の腹部まで距離数センチ――ジョージは特殊弾頭をぶち込んだ! それもありったけ、弾倉に入っている分を全て。
貫通はしているはず。だけど通用するかはわからない。こいつは今までの奴とは違うんだ――と、感じていながらも。ただひたすらに撃ち続けた。
「
「ちぃ、セカンド! やれ!」
「――了解!」
ジョージが弾倉を撃ち尽くし、それでも無駄だと分かると、代わってセカンドが前に出た。八一五部隊の創設以来、戦闘では主に行動を共にしてきた二人。そのコンビネーションは、この強大な敵に対しての大きな武器となる。それは場合によって、高周波ブレードよりも、特殊弾頭よりも強力な武器。
――一撃。ガードの空いた横っ腹へ、体ごと潜り込んで斬撃する。柔い関節部、セカンドの刀が初めて通った。うまいこと、硬質の隙間を狙えたのだ。
直後。斬撃による裂傷から、ナノマシンを含有する血液が流れだす。胴体に開いた、いくつもの銃創からも。
「グゔぅ……ア゛ア――ッ!」
「なにっ――⁉」 「――がはっ⁉」
直後だった。攻撃が通ったと感じ、二人の緊張に一瞬の
「……
セカンドにはわからない、その言葉。しかし、なんとなく意図は感じられる。――自分たちの無力さを指摘しているのだと。
彼らは今日、初めての恐怖を感じた。それは戦う事への恐怖ではない。その中で立ちはだかる、勝算が不明の敵に対しての恐怖。〈対アンノウン用〉として作られた〈第三世代〉にとっては、初めての感覚。
たった一撃だけの被弾。それが痛くて……立ち上がるのを妨害した。
――ふと、デバイスのノイズに気が付いた。通信が入る時の前兆に。
『先輩、立ってください! 死なないでください! 妹さんが待っているんでしょう⁉ ……あなたが死んだら――彼女は』
「……アスカさん、泣いているのか?」
「泣いてますよ、悪いですか⁉ ……妹さんの為にも絶対に、負けちゃダメです!』
――ユウヒ
セカンド……否、アサヒの脳裏に浮かんだ、妹の名。彼女の笑顔。
これに何度救われてきたことか。妹の存在を思うたびに、狂気の対テロ戦の中で、何度力を得ただろうか。
彼は思いもしなかった。まさかこんなことを……新城アスカに言われるとは。
「……お前がどんな思いで戦っていようと、どんな技術を用いようと。俺は結局、お前を殺さなければならない。――絶対に、負けるわけにはいかない。国の為でも、親衛隊の為でも、平和の為でもない……家族の為に」
そして、彼は立ち上がる。
「へへっ、アスカちゃんもやるじゃねえか。さて……今度こそ、死ぬ気でぶっ殺してやるよ。」
『ご武運を……』
**********
戦いの火ぶたが、再び切られる。
間もなくバッテリーが切れる高周波ブレードを、残る力に賭けて振るう。――今度は命中した。敵は傷が回復するとは言え、それなりの出血をしている。やはり動きは鈍っているのだ。そうでなければ、生物として逸脱しすぎている。
チェンもまた、自身の戦う意義を思い返して、拳を振るう。
ブレードがやってくれば防御し、その瞬間にカウンターを仕掛ける――が、セカンドはそれを回避した。体勢を低くして、打撃の命中率を下げているのか。獣のように懐へ潜り込んでくるセカンドを、チェンは捕捉しきれずにいた。
攻撃を外し、壁を殴る。
ぱらぱらと瓦礫が零れ落ち、だが既に射線からセカンドはいなくなっていた。
「
対するセカンド、ジョージ。こちらもこちらで、決定的な打開策が無かった。銃が効かないことはよくわかった。撃ち続ければいずれは殺せるのだろうが、恐らくはこちらの弾切れが先。なら、格闘戦でケリをつけるほかない。
しかし、チェンの近接戦技術は今までのテロリストより明らかに卓越している。一撃、二撃を喰らわせるのもやっとなほど。頼みの綱は……セカンドのブレードだけ。
それでも。彼らは必死に喰らい付く。この、狂気の産物である
「頭も硬い……ヘッドショットも無理かよ!」
チェンは一応、旧軍製のヘルメットを着用している。いくら特殊弾頭とは言え、ヘルメットと硬質化皮膚の複合装甲を貫くのは、正確な入射角でないと厳しい。そもそもこの弾頭は、加害範囲が非常に狭いのだ。
必死に喰らい付いて、無駄だと分かっている打撃を加える。最期の弾倉を無駄にはできない。
直後――体内で波打つような衝撃を、ジョージは感じ取った。……射撃の瞬間、チェンの殴打がもろに当たったのか。
「ジョージ――!」
「
『先輩……!』
吹き飛ばされたジョージを見た瞬間、セカンドにも同様のダメージが入る。防御の薄い背面を殴られ、地面へ叩きのめされた。
マスクの中に映写されるパラメーターが、ざざっと荒れる。
「……
肉体への直接的なダメージ。彼らには反撃する暇も余裕もなかった。必死に立ち上がろうと、力を振り絞っても――体はそれに応えなかった。
――もう、終いだ。激しい怨念を抱くアンノウンに、チェンは止めを刺すのだ。全ては……同志の為に。
……そのはずだった。
直後、硬質化皮膚の内側に異変を覚えた。瞬間、生暖かい血液が流れ出る感覚。痛みは――遅れてやって来た。
「ア゛アアア⁉ キ、キサマ……!」
「まだ死んでませんでした! 私もこの人たちも……こんなところで死ぬわけにはいかないの! だってそうでしょう、セカンド!」
チェンの背後から、首筋へナイフを突き刺したのはフランセスであった。
意識を取り戻した彼女は、光学迷彩で隠密に接近したのだ。そして、一度掴んでは離さない。めきめきと、硬い首筋を切り裂いていく音を聞いた。
「ジョージ、やれ!」
この好機は、仲間が繋いだ勝機は絶対に逃さない。セカンドらはすぐさまに跳びかかった。そのまま――ブレードを突き刺した。刀身はチェンの腹から背へ貫通し、高周波によって体内で振動。そのダメージが、失血気味だったチェンの力を大幅に奪った。
彼らは、この敵を確実に殺す方法を考えた。考えたというより、同じことを感じ取った。――力ずくで、彼らが予想するポイントまで引きずっていく。
「
「このまま……あいつの所まで突っ込め!」
暴れ牛のようなチェンを、壁を破壊し――階段を転げ落ち――そして、司令棟の最も外側まで。
力が弱まったその頭を掴み、建物の外へ乗り出させた。
そして、セカンドは命じた。
「グレース! 撃てええええ!」
『了解!』
直後、抑え込んだ頭から血が飛び出す。
硬質化皮膚を貫通して、メットごと頭部に風穴を開けた、大口径弾。――はるか上空からの、グレースによる狙撃だった。
**********
肉体は脱力し、彼らの手の中から流れるように離れていく。
鈍い音を立てて、君の悪い挙動。
体力もナノマシンコアも、既に限界に達していた。もう立ち上がりたくはない……が、すぐに撤収しなくてはならない。
テロリストの殲滅を確認――任務完了。
「……俺は、まだ死ねない。俺は
力を失い、国防軍人が迫る中。セカンドは呟いた。
父親のコードネームを。
『先輩方……もう限界です。あ――国防軍も動き出しました!』
『諸君、よく頑張った。外部の敵も、グレースの狙撃で皆殺しだ。……長居はできん。撤退だ』
ナノマシンの限界時間を知らせる警告音が、マスクの中に響いた。次第に鮮明になる肉体疲労、ダメージ。横たわったチェンの死体に続き、自分までもが崩れ落ちそうになった。――ふと、差し伸べられる手があった。
「……帰ろう、セカンド」
「……うん。アンノウンの死体も回収しなきゃ」
「それは別動隊に任せようぜ」
ジョージが肩を持つ。次いで、フランセスを担いで、
「ほら、お前も行くぞ」
「うーん……頭痛いよ……」
「こっ酷くやられたなぁ」
三人は、もはや誰のものかもわからぬ血を踏みながら、安息の地への帰路に就いたのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます