『戦犯の孫』
「大月少佐、例の新人はどうだ?」
「いい人材が入って来た……と、言いたいところではありますが。未熟者という言葉がお似合いです。彼女はまさに、戦争を知らぬお嬢様ですよ――長官」
第一特別区・国防省――親衛隊長官室
八一五部隊を率いるコマンダー・大月タスクは、親衛隊長官との対談中。
防弾加工に、外からの透過率を皆無にしたマジックミラーに囲まれる、国家最高機密組織トップの執務室。
徹底的に、日本の影に隠匿された一部屋。
「少佐、率直に問う。君が彼女を親衛隊へ、それも八一五部隊へ入隊させた本当の理由を。いや、
年齢的には中年。だが見た目は若々しく、その鍛えられた
「前にも報告したとおりです。戦場においては未熟そのものですが、その中で磨きがかかる可能性があるからですよ。その家柄も、育った環境も。この組織の人間に近しい物を感じるんですよねぇ」
「家柄か」
デスクの引き出し。何重にもセキュリティが掛けられ、長官の生体反応を感知して開錠される。鍵穴に指をかざし、指紋認証――声紋認証を突破。
厳重に保管された書類の中から、顔写真の乗った一枚を取り出す。
「新城アスカ――二十二歳。高級官僚の家系に生まれ、上流国民の世界、戦争とは程遠い環境で育つ。これだけ聞けば、ただのお嬢様。我が親衛隊と関わる人生には思えない。……問題は、その出自か」
「はい、長官。彼女は両親が官僚という事もあり、政界とは近しい環境にありました。……しかし、特別過ぎた。彼女の母親の旧姓は、『
先ほど上げた眼鏡を外し、頭を抱える。大月は、微かに笑みを浮かべて言った。
「〈大路ソウイチロウ〉、――戦争勃発時の首相であり、敗戦以降に戦犯と呼ばれた男。新城アスカは、その孫にあたる……厄介な人事をやってくれたものだ」
「大路ソウイチロウは、戦中に国防に関する権限の大部分を掌握。軍を新たに創設し、一次戦争から二次戦争ま戦火を灯し続けた首脳陣の中心人物です。無論、親衛隊の創設にも一枚噛んでいますしね」
当時の首相。その孫は祖父が創った組織へ入るという皮肉な状況。
現実を知らず、平和という仮初の世界を生きてきたアスカ。しかし皮肉にも、その出自には戦いが纏わりつく。それが、彼女にとっての負債。
「私や部下たちのようなアンノウンは、親衛隊の独力だけではない。彼の後押しもあって誕生しました。……切っても切り離せない繋がりがあるんですよ。我々にも、大路にも、そして新城アスカにも。――神谷エイジュにも」
「神谷エイジュ、久しぶりに聞く名だ。第一世代の最高傑作であり、彼ら七人のリーダー。」
「そして〈ブラッディ・セカンド〉、神谷アサヒの父親」
切っても切り離せない繋がり。十年以上前に始まった一連の戦いが、彼らの運命を強く結びつけている。――そして、それはナノマシンと言う形で受け継がれる。
世代を渡り、
「ですが大路ソウイチロウは…この世界から目を背けた。我々の体に、ナノマシンだけを残して。それが生み出した
その遺産と、親衛隊は戦い続けている。皮肉にも、負の遺産を生み出した技術を使い、敵もそれを流用して。
全てはどこから始まったのか。長官も、大月タスクも、その時代を見ている。新城アスカはたとえその時代と世界を知らなくても、血に刻まれた繋がりで切り離せない。
「少佐、君はどうするつもりだ。新城アスカを……そのような人間をわざわざ引き入れて、君は何をするつもりだ」
「……彼女には、見届けてもらうんですよ。大路ソウイチロウの分まで、彼女の祖父が残していった遺産を。我々の戦いを、『平和を生きた人間』を代表して」
**********
「聞いたよー、アスカちゃん。アサヒと妹ちゃんのデートを付けて回ったんだって?」
「――へっ⁉ い、いやそれは」
勤務再開の早々。エリナからの一言で赤面する。
仲間たちからの視線は、非常にいやらしい。
当のアサヒはスマホと向き合って離れない。
「いやぁ……まさかアスカちゃんが、アサヒにそんな感情を抱いていたとは。人間、何を考えているかわからねぇな」
「マジでそれ。作戦中にあれだけきつく言われたってのに、よくもそんな風になれるね」
ダンジはからかい、ケイスケは呆れ。
自分の行動を後悔し、脳内で言いわけを交錯させ。
未だ知らん顔を続けるアサヒを、やや殺意の籠った涙目で睨む。
「先輩……皆さんに言いふらしましたね⁉」
「はて、何のことやら」
「誤魔化そうったって無駄ですよ⁉」
何も考えず、ただ澄ました顔のアサヒに向かっていったところ、
「はいはいストップ。――アスカちゃん、お姉さんとゆーっくり恋バナしようかぁ?」
「エリナ先輩ぃ……だからそういうんじゃないんですぅ!」
後ろから羽交い絞め。若干、胸部に手を当てて
息を荒げ、三人の男たちに醜態を見つめられながら、別室へと連れ込まれそうになる。
「男子ぃ、盗み聞きしたら殺すからね」
「俺は覗き見されたのに?」
「それでもダメ」
八一五部隊の日常。
テロも戦争もない日は、四人でここへ集まる。
体制としては「有事に備えて待機」であるが、彼らに緊張感は一切ない。
たとえ親衛隊員としてそこにいても、マスクを被らない時間くらいは安らぎたい。
情報処理室の〈コア・モニター〉に、今も彼らのナノマシンコアが映し出されている。
感情に連動するコアの様子は、落ち着いていた。
「そんでお前、妹ちゃんとなにしたの。――っん……」
「ん……と、カフェ行って、懐かしのゲーセン行って、アイス食べて――それからアクセサリー買ったな」
ダンジがひょいと、エリナの茶菓子をつまみ食いしながら問う。
素早い指の動きで、スマホを操作しながら答える。
「相も変わらずだねぇ。いい加減にシスコンは卒業しなよ」
「うるっさいな……シスコンじゃない、妹思いだ」
「その妹思いが過ぎるんだよ。こんな兄貴がいたんじゃ、彼氏も作りづらいだろうに……おー、かわいそ」
「――か、彼氏だと⁉ ユウヒに限ってそんな」
「ほら、シスコンの典型例じゃん」
ケイスケもソファに腰掛け、最新の携帯ゲーム機をプレイする。
操作の指と同じく、アサヒへのシスコン
――唯一の肉親を大事にして、何が悪い。
アサヒはそう感じているし、ダンジとケイスケもそれを理解している。
理解したうえでの、他愛のない弄り。
「ケイスケ、今月のゲーム課金額は?」
「十二万」
そのひと時を区切るように、各員のデバイスが振動する。
二秒もかからぬうちに耳に装着し、一瞬のノイズを聞いた後。指令を届ける声が。
『親衛隊HQより八一五部隊へ。総員、直ちに
「招集だ、行くぞ」
「まだ昼間だってのに、亡霊さんはもう活動開始ですかい」
「目的がわからない分、
「残念無念……、恋バナはまた今度ね」
騒がしくも、ダラダラと休暇のように過ごしていた連中が、ふとした瞬間に行動開始。その目は既に臨戦態勢の様相。
招集に慣れないアスカは、デバイス装着さえも後れを取った。そこからの切り替えも慌ただしい。
「皆さん、切り替え早すぎません?」
「慣れてるからな!」 「慣れてるからね」 「慣れてるもん」
息を合わせて即答する、アサヒを除く三人。
「実際のところ、緊急招集はそのまま対テロ戦に投入されることが多いです。だから、これから死ぬかもしれない。切り替えは大事ですよ、アスカさん」
闇夜に紛れやすい、暗い紺色の防弾スーツを装着。
これ以上の後れを取らぬように、アスカも持ち回りの装備品をまとめた。
前回のような無様な姿は、もう晒したくはないから。
**********
『さて諸君。親衛隊は先ほど、〈ファントム〉のテロ行動を察知した』
作戦指令室のスピーカーから流れる、親衛隊長官の声。
八一五部隊の編成は、〈アンノウン〉四名にそれぞれのオペレーターが付き、彼らをモニターする。そして
その面々が
『場所は〈第二特別区・墨田〉の国防軍基地。二時間前、同基地所属兵士の遺体が発見されたそうだ。その後、警戒態勢の中で〈ファントム〉構成員の侵入が発覚した』
「セキュリティ万全の墨田基地にですか。テロリストのくせに、手際だけはいつも正規軍並なんだよな」
指令室の大型モニターに、CGによる基地内部構造が映し出される。
皮肉を言うコマンダー以下、全員の口元が引きつった。
『このように――基地は堅牢な外壁によって守られていて、外界とは完全に遮断されている。主な入口は、大型車両も通過可能なメインゲート。空からなら、基地中央のヘリポートだ。しかし、ここ数日でヘリの離着陸は無かった』
「つまり、敵の侵入は陸路のみですか」
『そうだ。しかし陸路の出入り口はこのメインゲートのみだ。さらにこのゲートは、専用IDを認証しなければ通行不可能。見張りやカメラも完備されている』
戦後に設置された、特別区や民間区。
――それらを守る即応部隊駐屯の為、大都会のど真ん中に建設された大型基地。
ビルや商業施設が立ち並ぶ景色の中、要塞のごとく佇むその姿は、特別区の物々しさを体現している。
「状況的に考えるなら……侵入経路は地下か」
「東京の地下は空洞だらけですからねぇ。流石にそこまでは、セキュリティが行き届かないわけだ」
『確認できた敵は、今のところ五匹。現在も基地内で破壊活動を行っているそうだ』
「たった五人……まだ他にもいるだろうか」
軍事基地内での破壊工作。現状で、それを許している。
それが示すのは、軍がまともに応戦できていないこと。
そして、敵がその手に長けた部隊であること。
この場合の目的は、恐らく「基地機能の麻痺」
重要ポイントだけを破壊し、その能力を奪うやり方。
戦時中、他国の工作員がやっていたような。
「統率の取れた作戦行動、部隊個々の能力。今回は奴がいる可能性大」
「恐らく、〈アンノウン〉がいる。それも相当な手練れがな」
戦闘慣れした彼らでも、今回の敵に対して強い警戒を抱いている。アスカにも感じられた。
〈アンノウン〉がいる。〈第二世代〉の技術を流用した、ヒトを捨てた怪物。
それは、〈ファントム〉が八一五部隊と同等の戦闘能力を投入したことを意味する。
実に、狂信的で恐ろしい存在。
――自分はまだ、彼らの戦いを一度しか見ていない。敵のアンノウンも。
アスカは経験不足から、一抹の不安を覚える。
「あ、あの! 一ついいですか⁉」
『新城君か、なんだね』
「疑問なんですけど……そんな東京のど真ん中で戦って、周囲の民間人にはバレないんですか? ……すみません、話の腰を折って」
その場の全員が自分を見たことで、少しばかり委縮した。
しかし、その疑問は間違いではない。
親衛隊は秘密組織である。組織自体も、〈アンノウン〉の存在も、民間人に知られることは許されない。
現場は特別区であっても、そこには彼らの存在を知らない人々がいる。その中で、どうやって戦うのか。
「今この瞬間も、戦闘が起こっているんですよね? それに第二特別区には、百万人以上の人がいます」
「我々やファントムの存在が露呈しないのか――。そういう事ですね?」
「はい、先輩」
たどたどしく、それでも必死に疑問を伝えた。
少しでも、状況の中に取り入るために。
そんなアスカを、アサヒはフォローした。
『うん。いい質問だ、新城君。基地内部での戦闘は、外の民間人には見えない。だとしても、その情報が伝わらないというのは無理があるだろうな』
「どうせそこらで盗撮でもした輩が、その情報をネットに流すんだろうよ。そうすれば俺たちの負担が余計に増える」
『現在、国の情報操作によって流出はある程度防げている。それも時間の問題ではあるがな』
――俺たちが彼らの日常を守っている。なのに、その負担を余計に増やす。
ネットの情報と言うのは、やはり恐ろしい。流出した映像一つで、親衛隊の存在が揺らぎかねない。
「だけど、これがファントムの狙いでもあるんだろうね」
「どういうことですか?」
呆れたような表情を、コマンダーはモニターへ向ける。
「奴らは、我々が大々的に行動を起こせないことを理解している。逆に、人口百万の都心で堂々と騒ぎを起こせば、我々の行動に制限を掛けることが出来る」
それを逆手に取った行動。厄介この上ない。
『諸君、速報だ。たった今、基地の通信設備が破壊されたらしい』
「マズいな……事が大きくなりすぎると面倒だ」
これ以上の被害拡大は、高度な情報操作を以てしても誤魔化しきれなくなる。
さらに、ファントムの行動拡大に歯止めが効きづらくなる。
アスカまでもがそう理解した時、モニターのCGが切り替わった。
――基地を映し出した、衛星映像。
『大月少佐、現場での作戦立案を頼む。何としてでもこれを食い止め、敵アンノウンを排除せよ』
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