『一大攻勢』

 二〇五七年 七月二十日

東京第一特別区・旧新宿区


『本日、人工衛星〈やまと〉が地球低軌道上にて、全ての展開作業を終えました旨を、新日本宇宙局局長よりご報告申し上げます。関係各省、並びにご尽力賜りました技術者の方々に深い感謝を意を述べ、このプロジェクト成功を祝したいと思います。乾杯――』


 新宿駅周辺のビル群、その一角である〈新日本ホテル〉。そのホールで、〈やまとプロジェクト〉の祝賀会が催されていた。

 政府高官、宇宙局員、技術者やその関係者らが集まるこの場は、過去の復活を象徴するかのような華やかさを醸し出す。礼服とドレスの装飾が、シャンデリアの光で照らされる。皆がシャンパンを片手に会場を往来し、作り笑いを浮かべていた。


「この度はおめでとうございます」

「なに、これも皆様方のおかげですよ。……資金の出所は、大丈夫でしょうね?」


 祝福の中に、聞いてはいけない裏金の話も含まれる。

ただ、ここはめでたい場である。皆が酒に酔えば、事は済む。

 上流階級の人間にとって、祝典の席と言うのはコネを作る場でもある。その道具として、自身の家族を連れてくる場合もある。例えば、自分の娘とか。


「これはこれは、次官のお嬢様! しばらく見ない間に美しくなられて!」

「お久しぶりです……」

「奥様、ご主人にはいつもお世話に……」


 連れてこられた人間にとって、面倒以外の何でもない。いやらしい目で見てくる偉い人物に、心の中でクソほどの悪口を唱える。

 醜い感情が渦巻く人間たちがいても、この場は上品で煌びやかだ。


「――だる。これだからお偉いさんの社交は嫌なのよ。でもパパの言う事聞いておかないと、後が面倒だし……」


 しつこい挨拶ラッシュを受け流し、窓際まで逃亡した一人の女性。休憩がてらに夜景を眺め、周囲に届かぬ声量で愚痴を溢す。


「いい男でもいれば、合コン気分も味わえるのに。……後で、アスカにでも電話してみようかな」


 ストレスのSOSを発信しようと、なんとなく友人の事を考えた。――今、何しているだろうか、と。

 直後――その空気感を打ち壊す撃音が轟く。


「な、なに……!」

「地震? いや違う!」

「ひ、火が見えるぞ!」


 上下階から届く強い揺れ。衝撃と咄嗟の恐怖で男は狼狽え、女性は叫ぶ。特大サイズの窓を誰かが指差せば、そこから見えるのは噴煙と火、ガラス片。それ自体は小規模な物であったが、光景が混乱を呼ぶ。

 ――刹那、照明が落ちる。


「なんなの……なんなのよ」


 その元凶は、彼らを地獄へ招き入れた。


**********


『親衛隊各位、緊急配置。新宿・新日本ホテルにて、ファントムの行動が確認された。直ちに情報統制を実行し、事態に対応せよ』


 この司令が発せられた時、八一五部隊は既に戦闘準備を終えていた。

 近日の不可解なファントムの行動は、彼らの警戒心を高めていた。違和感を覚えたコマンダーは、部隊を緊急展開できる体制を維持し、有事に備えていた。

 それが今、実行される。装備品を携え、戦闘スーツを着て、アンノウン四名は出動。コマンダーは現状報告を長官より受け、対応策を練る。

 グレースが、狙撃銃にを調整しながら言う。


「ここで大規模な動きを見せてきたね、奴ら。不規則な行動ばかりで、正確な予測ができなかったところを……」

「それが奴らの目的なんだって。親衛隊に的を絞らせないための」


 東京第一特別区の上空を、二機の親衛隊ヘリが飛ぶ。間もなく新宿御園を通過し、ビル群へ突入。目標が目と鼻の先まで迫る。

 夜の電光で輝く街並みの中、ホテルには微かに損傷部が見られた。少しばかり煙が立ち、騒動を聞きつけたであろう大衆の群れが押し寄せていた。多すぎる野次馬は、部隊にとって邪魔な存在。しかしそれには目をくれず、アサヒは街並みを見ていた。過去の傷を癒し、発展しきった都市を。


『諸君。本日そのホテルでは、〈やまと〉打ち上げ成功の祝賀会が開かれていた。地上二十五階に位置するホールには、関係者約五十人が集まっていたが……簡単に言えば閉じ込められた状況だ』

「政府要人も多いだろうから、目的はやはりその辺ですかね。例えば誘拐とか暗殺、テンプレは何でもできそうですが」

『わからん。ただ一つ言えるのは、敵も本気だという事。ここまで大がかりな事、まさかいつもの雑兵で仕掛けてきたなんて事はないだろう』

「……まさに、テロリストの一大攻勢ですか」


 アスカを含め、彼らの脳裏には苦戦の文字が浮かぶ。

 相当数の敵兵に加え、アンノウンがいる可能性も高い。――否、必ずいる。そして恐らく、今回も隠密行動。しかも、その五十人が人質に取られているような状況下で。

 一つ幸運があるとすれば、今回は民間人を気にする必要性が低そうだという事。なにせこのような式典、ビル内に民間人が入れるはずもなく。バカな野次馬を元にした情報流出も、起こりづらい。


『敵の居所はよくわからない。しかし必然的に、矛先は会場がある二十五階に向くはずだ。狭まった敵のルートを狙い、重点的に潰す。――セカンド、ジョージ、フランセスが二十七階に突入。敵を見つけ次第殲滅し、フランセスは隠密行動。会場へ侵入して、可能であれば中の状況をこちらへ送ってくれ。グレースは近くのビルへ降下して、狙撃支援だ』

「了解」

『オペレーターはいつものペアで行く。各員、健闘を祈るよ』


 健闘を祈る――遠回しの作戦開始合図。

 次いで、彼らはマスクを被った。視界が狭まった直後、内部のデジタルメーターが点灯。ナノマシンコアや生態情報と連動し、待機状態に入った。

 目標地点まで数十メートル。ヘリからビルへ飛び移る、その跳躍力を得る為に――ナノマシンを起動。


「オープンザコア――ネームド〈ジャック〉」

「ネームド〈グレース〉」

「ネームド〈ジョージ〉」

「ネームド〈フランセス〉」


 変身。それによって生じる不快感を、慣れで押し殺す。

 突入部が近づくにつれ、十秒前からカウントを開始。脚部に一心の力を込め、強化筋骨を唸らせる。

 五、四、三、二、一――直後に跳躍。地上数百メートルを飛び越え、ガラスを叩き割って突入した。セカンド、ジョージ、フランセスの三名は暗がりのフロアへ、受け身を取って転がり込んだ。

 ――内部は明かり一つ無い。爆弾か何かで破壊されたフロアは、恐らく意図的な停電によって視界を奪われている。しかし、夜空をも照らす東京の光が差し込んで、ビルの中央以外は薄暗くなっていた。


「二度目のヘリ降下、なんとか成功だ」

「おう。ここからどうするか……コマンダー、ホテルの構造を教えてくれ」

『敵は二十五階のホールより上下数フロア、停電した箇所に展開している可能性が高い。まずはビルの中央へ侵入し、エレベーターや階段を制圧。敵の移動経路を制限し、発見次第殺せ』

「了解。ただ一つ、気になることがあるんですが」


 セカンドは、本来なら事前に聞かされるべき情報を訊ねる。毎度ながら緊急出動は、このように現場で情報を得ることが多い。


「仮にアンノウンと接敵した場合、俺たちは何を優先すべきですか? 要人救出を優先するのか、ただひたすらにテロリストを排除、その中でもアンノウン排除を優先するのか」

『そうだね。前者ならテロリスト排除だ。この騒動を受けて、警察庁の特殊部隊さんも動いている。彼らがやってくる前に敵を排除できれば、それで万々歳。よって、優先すべきはアンノウンだ。』

「了解。可及的速やかに」


 そう、受け答えをした――刹那。


「待って、――伏せて⁉」


 フランセスの叫びが響いた。驚愕と警告するような声に、セカンドらは反射的に身を縮める。

 瞬間、暗闇の奥でいくつかの閃光――マズルフラッシュ! そう勘付いた時には、伏せた彼らの頭上を銃弾が飛び交っていた。


「なっ……待ち伏せか⁉」

「奴ら、こっちの動きを読んでやがったか! ……ま、考えて見りゃ当然か」


 瓦礫に身を寄せて、弾幕を回避する。フランセスの暗所戦闘能力により直前で助かった。が、初動でこれとは幸先が悪い。最近のファントムの動きは、テロ行動より対親衛隊を意識したものを多く感じられた。恐らくは、これも。

 相当数の制圧射撃を横に、ヘリからの無線が入り込む。


『――うわっ⁉ こちらグレース、ビルから攻撃を受けた!』

『マズい、こっちもだ……一旦、ヘリを退避させる!』


 グレースが乗るαアルファ機と、コマンダーやオペレーターらが乗るβベータ機。双方から伝わる状況を、セカンドらはその目で確かめることが出来ない。こっちはこっちで、敵の迎撃網に入り込んでしまったのだから。


**********


「どこから……そこか!」


 無数の銃弾が、空中待機していた二機のヘリに襲い掛かった。グレースはナノマシンで視覚神経を強化し、すぐさま敵の火点を特定する。

 停電した箇所、恐らく客室であろう部屋からMG機関銃のマズルフラッシュが見えた。弾幕を回避するために激しく揺れる機内で、狙撃姿勢を強化骨格で制動した。火点さえわかれば、と――射撃。三次元に飛び回る機体から放たれたライフル弾は、確実に敵の頭を射抜いた。

 攻撃は一点だけではない。次の敵を見つけ出し――射撃、射撃、射撃。プロペラの中に銃声が混じる度に、攻撃は一つずつ消されていく。


『グレース、機体を離しますよ!』

「了解」


 操縦士が呼びかけ、彼は機体を急上昇させた。

 続いてコマンダーらが乗るβベータも上昇、敵の攻撃圏内から離脱を図る。その機体の中で、直接的な脅威に晒されて恐怖する、アスカを含んだオペレーターたち。彼女らを横目に、コマンダーはビルの様子を見守り続けた。

 両機の高度が、ビルの屋上を越えた――直後、グレースが叫んだ。


「SAM!」


 屋上に見えたのは、地対空ミサイルSAMを構えた敵戦闘員。

こちらの動きは読まれていた――否、ミサイルの射線まで誘い込まれたのか。

 束の間、砲口から墳進煙を確認、追尾能力を持った弾頭がβへ迫った。


「――やらせるか!」


 再度、神経にナノマシンを集中。ライフルのスコープをパージして、ミサイルの軌道を感覚で見切った後――射撃。ギリギリのところ、弾丸はミサイルの炸薬部分に命中し、空中で爆発四散。その破片が地上へ降り注ぎ、野次馬がどよめきと共に逃げ惑う。


『た、助かった……』


 無線から、走馬灯を見かけていたアスカの声。グレースも安堵したいところではあるが、余裕はなかった。


αアルファ、俺をその辺のビルへ降ろしてください!」

『……了解しました』


 どこか損傷したのか。金属が軋む音を立てながら、グレースを付近の屋上へ運んだ。


「アクシデントはあったけど……みんなを援護しなきゃ」






 

 

 

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