『通信途絶』
「……マリ、なんで」
『アスカちゃん、知り合いがいるの?』
「……友人が、そこにいます」
壇上で吊し上げにされるように、テロリストに拘束された政府高官や宇宙局局長。彼らを除く優先度の低い人質に中に、親友の姿を確認。
……最悪。現状の自分の立場と親友の安否、これらに板挟みにされたような心情。
「よりにもよって面倒な……。お友達はどういう人物だ」
「確か、マリのお父さんが環境省の官職に就いていたはずです……。あ、マリのお母さんもいます!」
「上級国民の社交でここに、か」
中継モニターの暗闇に、人質に銃を構えるテロリストの動きがうっすらと映る。怯えるマリの姿も、微かな月光によって視認できる。
それを目に焼き付けた瞬間、アスカの口は開き、懇願するような目をコマンダーに向けた。
「あ、あの――」
「言っておくが、お友達一人の為に部隊を動かすことはできない。我々の仕事は敵の殲滅であり、要人救出はその次だ」
その言葉が続く前に断ち切り、至極当然の「ノー」が真っ先に返る。
――マリを、助けたい。自分はここにいて何もできない、先輩たちに全てを託して祈ることしか、親友を助ける手段がない。そう自覚していて悔しく、歯痒い。
「――っ! ……わかっています。でも、死なせたくはありません!」
「よろしい、ならば任務続行だ」
気持ちだけは汲んでやろう、とでも言いたげ。
続いてコマンダーは、通信回線をアンノウン全員へ接続する。
「セカンド、そっちはどうか」
『なんとかホールより上階は制圧できそうです。……ただ、ジョージが少しばかり負傷を』
『なんて事ねぇよ! 俺の事より、任務の心配をしやがれ』
状況を整理すると――
ここまでで、大方の敵は排除したであろう八一五部隊。その過程でジョージが負傷するが、それに見合う戦果は上げているはずだった。
残るは本命。二十五階の敵主力と思われる連中を排除し、ホール内の要人を救出する。ただし、敵は彼らに銃口を向けている状況。――これが意味することは、誰もがわかるであろう。
そしてもう一つ問題がある。敵の目的がはっきりしていない。
――ふと、フランセスがステージ上の人質を見た。
『ちょい待ち! 宇宙局局長が……』
「なにがあった⁉」
『ご、拷問されてる……痛そう』
テロリストの一部による暴行が目に入った。……一部と言うよりは、一人の男が主体となっている。それが敵部隊のリーダーであろうか。
暗闇と距離のせいで、暗視能力を以てしてもはっきりとは見えない。しかし明らかに、局長が殴られているのはわかった。
――殴打。髪を掴んで顔を引き寄せ、何かを問い詰めるような動作。すると機嫌を損ねたのか、局長を絞首。そこから銃床によって何度も殴打を繰り返し……見るに堪えない光景。
『ど、どうするコマンダー! あのままだと局長、死んじゃうわよ⁉』
「なるほど……狙いは政府高官とかその辺ではなく、局長か。〈やまとプロジェクト〉の祝賀会を狙ったのは、奴らの戦略目標が〈やまと〉に関連することだか、とか?」
『考察はいいから! 今は指示だけ頂戴!』
先程考えた事だ。――下手に突入すれば人質が危険だと。しかしそうしなくとも、現状において最悪とも言えるケースに発展してしまった。
要人の誰かを死なせれば、部下はともかく指揮官の首が飛ぶのは常識的だろう。しかし親衛隊の場合、この
「流石に〈やまとプロジェクト〉の第一人者を死なせるのはヤバいよな……仕方ない。グレースは狙撃支援を続行。他の三名は―――――」
コマンダーの命令が発せられる瞬間、その声はノイズとなって消え去る。
それは、強力な電磁波と共に。
**********
「……コマンダー? ねぇちょっと、コマンダー!」
突如、通信が途切れた。……いや、ノイズが激しかった。途切れたのではなく、遮断されたのではないか。フランセスは、直感でそう感じる。
しかし心中の戸惑いと不安感は、彼女の声ではっきりと漏れ出してしまうのだ。
「誰だ!」 「
「やっばい――!」
その声を聞いた敵部隊が反応し、天井を見上げる。
直後――フランセス目掛けて射撃。光学迷彩を使用しているため、正確な射撃ではない。だが少なくとも、フランセスの付近には命中。跳弾の火花が散る度に、身体をしならせながら細い支柱の上を駆ける。
しかし、回避するも束の間。ARの弾が一発、二発と、その身体を捉え始めた。
ステルス性能特化の為に防御力を犠牲にした、隠密型の戦闘スーツ。弾丸の貫通までは防ぐことは出来ても、汎用型ほど堅牢ではない肉体へのダメージは大きい。喉奥からもがくような声が聞こえた後――支柱から落下。
「きゃあああああ⁉」
「ば、バケモノ……」
「いったた……って、ヤバ!」
衝撃により光学迷彩が解除――瞬間、目の前に落ちてきた覆面の人物に、人質らが悲鳴を上げる。その中には、マリの姿も。
そんな彼らをお構いなしに、幾つかの銃口が火を噴く――が、瞬時に態勢を立て直して敵の追撃を回避した。
すかさず、愛武器のダガーナイフを取り出す。正面からSMGを乱射する敵に対し、俊敏な蛇行によって的を絞らせない。――そして、刺殺。さらに脚力を生かして跳躍、宙を舞って敵を翻弄。敢えて敵の懐に引っ付くことで、銃の取り回しを不自由にするのだ。
されども、距離を取る敵がいてはマズい。フランセスはただひたすら、隠れる場所もないこの空間を走るしかなかった。
「セカンド! ジョージ! ……なんで繋がらないのよ!」
相変わらず、無線からは酷いノイズが聞こえる。グレースも、コマンダーも、自身のオペレーターも、誰も繋がらない。親衛隊の部隊間通信は独自の周波を用いている為、電波障害という事も考え難い。……否、考えている余裕はないのだ。
彼女の視界は、拘束された宇宙局局長とその他政治官僚を捉えた。
――今ならいける、せめて拷問から解放するくらいは!
「だあああああああああああああああ――ッ!」
倒した敵のARが眼下に転がっていた。それを片手で拾い上げ、壇上の敵へ射撃する。高い音の方向、直感で銃撃を行いながら距離を詰めた。
そのうち二名の敵が、大事な獲物を護る形で前に出る。――敵のフルオート射撃、しかしそれを見切ったフランセスは回避行動を取る。
脚部の強化筋骨にナノマシンを集中、瞬間的な能力上昇。数メートルの高さを跳躍し、下方に捉えた敵二名を射撃で排除。
直後、ARの
しかし直前、男が覆面を被っていることに気が付いた。攻撃までの間隙に、男はその素顔を露わにする。
「――っ⁉」
「……やはり、最初に来るのは隠密型の女ですか!」
――背筋がゾッと、強張るような感覚。あの眼に睨まれたせいだ。足が鈍くなる、ナイフが届かない……やられる!
そう感じたフランセスへ、胴体に隠れていた男の手が伸びる。一瞬、外からの明かりで光るその手には武器、否……爪?
自身の神経を奮い起こして、蛇行してくる腕を直前で回避。バランスを崩すも、柔軟な肉体を生かし受け流し――距離を取る。
すかさず敵数人が銃を向けるが、
「待った待った。……面白いので、まだ撃たなくて結構」
「ふざけてんの? ていうか、あんたやっぱり……」
「ハハ、そうだよ! 私らはあなた方親衛隊同じ存在、その中でも私は……蛇さ」
男が顔を上げた瞬間、その姿が照らされる。
まるで鱗のような質感の皮膚。人間の名残と、強制変異による中間的で気色の悪い眼。
〈第二世代・
「……絶対いるとは思ってたのよ。その気色悪い
「酷いなぁ、私たちは同じアンノウンじゃないですか。かつて大切な物を奪われ、戦争行為と国……いや世界を憎む資格を持った人間同士だ。あ、人間ではないか!」
「あんたらと一緒にするな! たとえ戦争が終わっても、その
「失うもの? 今の世界に、守るべきものなどありますか? 悲惨な過去から悲惨のまま目を背け、忘れ去る。……そして何の価値も無い、仮初の平和へ塗り替える」
妙に紳士的な口調と高笑いが、フランセスを苛立たせる。何よりも、自分らがテロリストと同格だという事が、この上ない侮辱に感じる。
蛇は、窓の外に手を仰いで、
「この景色がその表れ! ……一連の戦いが生んだ多くの犠牲は、この煌びやかな日常の為に踏みにじられたのですよ!」
「……だからそれを破壊するって? その過去から脱却することは考えなかったのかしら」
「破壊ではありません、思い出させるんです。――局長、貴様はその道具です!」
拷問の傷、局長の口から血が滴り落ちる。死を恐れた、フランセスには見慣れた表情。それは周囲の人質も同じだった。
「……私も正直、今の世間にはムカついてる。でも最近はね、それも悪い事ばかりじゃないって思ったのよ。だからあんた達テロリストは、とりあえず倒さなきゃ」
「仕方ありませんね……では、お相手願いましょう。あなた方がこの間殺した
蛇の手から生える爪が、液体を滴らせてこちらを睨む。
対してダガーナイフを構える。奴を殺せ――と、ナノマシンコアが強く共鳴した。
**********
「おい、どうしたみんな! 応答するんだ!」
「ダメです……モニターも無線も、全て繋がりません!」
それだけではない。付近で空中待機していた、司令部代わりのヘリ・
別地点から狙撃を行なっていたグレースを除き、他三名が敵の占領下で孤立無援の状態に陥ったのである。
現場での最悪の事態なら、親衛隊HQに報告して指示を仰ぎたい。しかしそれすらも不可能。
その中で、オペレーターの一人が報告する。
「コマンダー、これ……強力な電磁波が原因みたいです。この規模だと我々だけでなく、新宿一帯で大規模な電波障害が発生しますよ!」
電波障害――これはフランセスも考えた事。独自の周波を用いる親衛隊では、考え難い。だからこそ、コマンダーには消去法で思いつく例があった。
「……小型の電磁波兵器による妨害電波だ。奴ら、そんな物まで仕入れていたのか!」
それは数年前に世界へ出回った兵器。電子機器などを無力化する物は数十年前から存在したが、近年ではそれをより小型化し、兵隊が持ち運べるような戦術兵器と化している。ある一定の電磁波を発する物体をグレネードや火砲の弾頭に詰め、戦闘地域で使用する事によって電波障害を引き起こす。無論、電磁波による人体への悪影響は考慮されていない。
「これだけの規模を遮断できるなんて……もうテロリストだけの力では、」
「そんなことを考えていても無駄だ。今はとにかく、現場の指揮を維持することが先決だが……どうするか」
通信回復はしばらく見込めない。それを待っている間に事態がさらに悪化しかねないため、猶予もない。一刻も早く、内部の状況を知りたいのだ。
――こういう状況が訪れる時、指揮官が心底嫌になる。胃が切り裂かれそうな重圧。
もう、取れる手段は一つしかなかった。
「誰かがビルの中に入って、状況を確認するしかない。――グレースを送り込む。彼は中距離以下の戦闘に関しては最弱だが……致し方ない」
この判断には弊害もある。現状、グレースはβ機の護衛も兼ねた戦闘を行っている。彼がいなくなれば、ここを護る戦力が無くなる。
だが、事態は一刻を争う。そう判断を下した――その時、一人の腕が上がるのを見た。
「待ってください! ……私が行きます」
「アスカさん? 何を馬鹿げたことを言っている。あのお友達を助けたいだとか、そんなことを――」
「親友を助けたくて悪いですか⁉ それにグレースを送り込めば、このヘリは丸腰同然。またミサイルを持った敵が現れて、司令部が無くなればそれこそ終わりです! ……私なら、死んでも大した損害にならないでしょう?」
――この娘、大それた事を言うようになった。
肝が据わった彼女の言葉に、正直驚愕する。以前なら敵が死んだくらいで泣いていた人間が、今では自己犠牲の精神を身に着けたのだ。無論、親友らを助けたいという願望が前提ではあるが。それでも彼女の言葉は理にかなっている。
――何より、コマンダーが望んでいた状況。それに近いルートに、新城アスカは進もうとしていた。
「……わかったが、ただし厳命する。優先すべきは三名と要人らの安否確認、その情報を持ち換えることだ」
「はい!」
「そして、マスクを被って顔を隠せ。お友達にも見られるな。この厳命を無下にした場合――それ相応の処分を下すことになる」
「――っ! り、了解!」
処分という単語に、一瞬息が詰まる。内容は最良と最悪のどちらも予想できた。良くて洗脳の後に解雇、悪くて銃殺刑だとか。
重圧に飲み込まれそうになりながら、彼女は渡されたマスクを被る。アンノウン用戦闘マスクの模倣品だ。そして、光信号用のライト。通信回復を見越しての無線機。護身用の特殊弾頭入り拳銃。それらを携える瞬間、覚悟が確固たるものになるのを感じた。
β機はそのまま、黒煙が立ち上る戦場へと向かっていく。その中には――大切な親友がいるのだ。
失敗は、許されない。
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