『戦いの責任』

 七月二十日に発生した新日本ホテルでの事件は、〈やまと祝賀会襲撃事件〉として、瞬く間に世間の認知の元へ波及する事となる。それは民間の報道機関からSNS、世界まで。数多くの目撃者、証拠映像、がいた事から、その形を大きく変えることなく伝わっていった。

 事件の混乱の中、親衛隊が生き残りへの暗示・洗脳を行なえなかったが故に、現場内部の詳細まで。情報統制の力を超越して。


「今回の事件は、謎のテロ集団によって引き起こされた計画的犯行という話が広まっています! 政府はこのテロリストに関して、何等なんらか情報を保持していたのですか⁉」

「〈やまと〉打ち上げに反対した他国の諜報機関という話も、SNS等では多く見られます。それに関して政府の見解は?」

「この高層ビルで行われた戦闘により、民間人に多数の負傷者が出ています! 軍はこの責任をどう取るおつもりで⁉」


 二十一日以降、国内のマスコミは政府や国防軍への圧力を一層高めている。

 彼らの飯の種を得るために。その責任を追及することで、正義の報道というレッテルを手に入れるために。SNSの動画サイトでも報道番組が組まれる近現代。情報に踊らされやすい大衆の矛先を指さすのは、非常に簡単だった。

 ――その中で、ひと際注目される意見がある。


「生還した祝賀会参加者によれば、――事件現場には武装したテロリストがいた他、姿がそれらを率いていたとの情報が、映像と共に多く出回っています。その武装集団を排除したのは、マスクを被った特殊部隊という情報も。この部隊は政府や軍の統制下にあり、そのうえで戦闘を行ったのですか?」


 親衛隊とアンノウン、そしてファントム。――その存在が初めて、世論の目により観測された。

 これまでの情報統制も、目撃者の洗脳も、徹底した組織の秘密主義も。親衛隊が創り上げた壁が、初めて突破された瞬間。ここまで事態が拡大すれば、よもや抑え込むことは不可能であった。

 その状況下で、政府が世論に返せる答えはただ一つだった。


『これらの武装集団は全て、我が国の認知の外です。そのような特殊部隊も存在しません』


**********



『政府及び国防軍は総力を挙げて、此度こたびの元凶である未知のテロリストと対峙していく所存であります』


「あくまで、上の方は関与を全面否定する形ですか」

「それはそうだろう、大月少佐。全てが民衆の元に晒されれば、我々はお終いだ。……君の先輩達の命も、君の忠誠心も、全てが水泡に帰すこととなる。それは嫌だろう?」

「確かにそうです。ただ、今更って感じもしますがね」


 七月二十二日

 国防省――親衛隊長官室

 大月タスクコマンダーは親衛隊長官との会合を行っている。〈やまと事件〉の事後処理に追われながらも、何とか確保したこの機会。あの夜に起こった悲劇、八一五部隊が見聞きした事、それらを直接伝えるために、彼は腹を括ってきた。たとえ自分が、如何なる処遇を受けようとも。


「……改めまして、長官。ジョージは敵アンノウンとの戦闘にて、壮絶な戦死を遂げました」

「あぁ、私も彼の遺体を一目見たよ」

「加えてセカンドやフランセスも損傷を受け、宇宙局局長の身柄を奪われ、祝賀会参加者に多大な犠牲者を出しました」

「うん、知っている」


 長官は眼鏡を外し、大月が淡々と告げる言葉を聞く。眼鏡を外すのは、重要事項を聞く際の長官のくせ。また、気を重くした際の癖でもある。

 その様子を伺いながら、大月は息を呑んだ。腹の底に座った何かを吐き出すように、静かに申す。


「彼らは進化した敵アンノウンに対し、よく戦ってくれました。彼らの存在が漏れた事も、僕が他のやりようを見つけられなかったのが原因です。ですので此度の責任は、全て僕にあります。……如何なる叱責しっせきも受け入れるつもりです」


 そう言うと彼は、自身の懐から拳銃を取り出す。――それをそっと、長官のデスクに置いた。

 殺してくれ、という意図か。あるいは辞意を表す行為とも思える。ただ、彼なりに責任を感じ、この身を以て代償を払おうという気概だけは、長官は汲み取れた。自身の指揮下にある部下を、それも貴重な〈第三世代〉を失い、政治的な意味合いも含んだ損害を出したのだ。

 その銃を見つめた後、長官は言う。


「……君がどういう心境かは察するに難くない。そのけじめを望むというなら、私は命じよう」

「――はい」


 覚悟する。責任は指揮官が背負うべきだ。組織に何かがあってからでは、遅いのだから。


「親衛隊少佐・大月タスクに命ずる。近日中に八一五部隊員へ最大限の労いを施し、彼らの精神ケアに重点を置くこと。そして、次なるテロ行動に備え最高のコンディションを整えること。以上だ」

「……は?」


 想定外の処遇に、思わず言葉を失う。


「君は優男であり、合理主義である冷酷な一面も持つ。それ故に、飴と鞭を使い分けられる優れた人材だ。しかし忘れてはならんのが、君自身も彼らと同じ、アンノウンである事。それも裏切り者と同じ〈第二世代〉。現場で戦う彼らと同じだからこそ、時には合理的判断を鈍らせてしまう。違うか?」

「……いいえ」

「君が慕う〈第一世代〉の面々と、部下である〈第三世代〉の彼ら。その両方への思いから板挟みにされながら、君はそれなりに良くやっていると思う。……この親衛隊に、君をとがめる者などおらんよ」


 ――何故。自分の指揮下で起きた事が、組織に害をもたらすのに。

 部隊員の心身と生活を犠牲に、テロを排除し続ける。かつて親衛隊を裏切った、仲間が生み出した敵を。

 アサヒやエリナ、ケイスケに……ダンジ。彼らにも各々の人生があっただろうに、彼らの意志と忠誠心を利用して。それぞれの境遇を糧に、駒のように戦わせた。

 正直、辛い。


「それと、新城アスカの事だが……彼女も良くやっているようだな。部隊にも順応し、隊員の士気を上げている。尚且つ、アンノウンまで殺してしまうとは。……な、少佐?」


 平和依存者である戦犯の孫新城アスカを、戦場を見せてズタボロにしてしまうつもりだった。そうでないと、色々と不公平だと思ったから。

 しかしアスカは予想以上の順応性を見せた。そればかりか、明確な功績まで。


「……ええ、まさしく。あの事件で彼女は、偶然にも巻き込まれた親友を失いましたが。それが今後にどう影響するかですね」

「それも踏まえて、彼らをケアしてやるのが指揮官コマンダーの務めだ。……失った仲間は、二度と戻らない。それを乗り越えさせてやれ。長官としての命令だ」

「――しかと、胸に刻んでおきます」


 長官は、大月に拳銃を返す。

 それを受け取った彼は、前に向き直って――敬礼。再度、この組織に忠誠を誓うのだった。


**********


「……マリ」


 国防省・親衛隊管轄部――地下病棟

 伝統に照らされ、コンクリート製の壁が白く輝く空間。長い廊下で、ガラス越しの治療室内を覗くアスカの姿。近づける顔、吐息によって窓が曇る。

 治療室内は、地下とは思えぬほどに美しい青空が広がっていた。全方位投影スクリーンによる、精神ケアの一環。

 その中で偽りの青空を見上げる親友。ただひたすら、アスカは見つめることしかできない。

 あの時、本来ならばマリは殺されてもおかしくなかった。別班による暗示と精神ケアを以てしても、マリが見た光景を無かった事にはできなかったのだ。現に、《《》》らしい。

 それなのにマリは、コマンダーの裁量で生かされた。同情かとも思ったが、その真意は未だわからない。

 

「アスカさん?」

「……? あ、先輩」


 ――ふと、声を掛けられる。ドアが開かれたことに気付かぬほど、ぼうっとしていたのか。

 入って来たのはアサヒだった。ぱっと目が合い、やつれ気味のアスカに少し戸惑う。

 アスカはマリの方に向き直って


「もう、寝ていなくていいんですか?」

「えぇ。弾が貫通した訳ではなかったので、すぐに回復しました。……早く帰って、妹に顔を見せてやらなきゃですし」

「……シスコン」

「違いますって」

「――ふふっ」 「はははっ」


 不覚にも苦笑してしまう。


「ずっとここにいたんですか?」

「はい。……ここで見ていたって、マリは戻っては来ない。そうわかっているのに、どうしても離れたくなくて」

「無理に離れなくてもいいんじゃないですか? 俺も母が死んだ時、遺体安置室から離れなかったのを憶えています。父はそんな俺を見て、復讐を誓ったんでしょうかね」


 魂が抜けたように動かぬマリを、二人でそっと見つめる。

 きっとアスカが顔を見せれば、マリは狂ったように暴れだすだろう。否、狂ったからこうなっている。その瞬間、マリはかつての親友に吐き捨てるのだろう。

 ――この人殺し! パパとママを返して!


「……ごめん、マリ」


 二度と一緒に笑い合うことはできない。彼女が正常に戻るだけでも、相当な時間を費やす。あるいは、戻ることすら叶わない。

 あの夜、アスカはある意味で失ったのだ。

 ――親友を、自らの行いで。


「……あの、こんな時に聞くのもなんですが」

「なんです?」


 アスカが泣き出すか、否か。様子を伺いつつ、アサヒは問うた。


「お友達が言っていた事、――戦犯の孫とは一体なんですか。彼女は随分と皮肉を込めたような言い方をしましたけれど」

「……」


 唇を噛みしめ、苦悶の表情を浮かべるアスカ。

 ――隠しているつもりは無かった。ただ、部隊内で時を過ごす中で自然と言わなかっただけで。伝えるべきか、否か、迷ってはいたのだ。

 最早、ここで逃げるという選択肢は残されていなかった。自身の過去を打ち明けたアサヒやダンジを思えば、自分だけ逃げるのは卑怯だと。

 

「戦犯、という言葉はもちろんわかりますよね? 数十年前までは、旧大戦での指導者らがそう呼ばれていました。でも、今の時代は違う。二十年前の戦争、敗戦時の政府首脳陣が今はそれです。……当時の首相は、大路おおじソウイチロウという人物でした。そして私の、母の旧姓は大路」

「――⁉」


 聞いたことが無いはずがない。近現代を生きる人間なら、誰しもが知っているであろう。

 一次戦争後に国防軍を創設し、それに続く二次戦争の発端を開いた男。

 混乱する社会の裏でし、〈強化人間アンノウン〉の開発にも多大な影響を及ぼしたと言われる男。

 大路ソウイチロウ。


「私は、大路ソウイチロウの孫なんです。親衛隊も、あたなたちアンノウンも……全ての元凶となった男の血を引いています。もっとも、祖父の顔なんてまるで憶えていませんが」

「……」


 驚愕のあまり広がった瞳孔を向けたまま、無言で立ち尽くすアサヒ。

 涙を堪えていそうな、少し掠れた声で語るアスカを前に、フリーズしかけていた。


「ちょっと待って……一つ聞かせてください。それじゃあアスカさんは、その事実を意図的に伏せていたんですか? 俺たちの境遇を知っておきながら、ずっと」

「それは……半分は、皆さんの境遇を知ったから尚更でした。もう半分はきっと、後ろめたさです。それは否定しません」

「知ったから尚更って? ……そんなの、何の優しさにもなりませんよ!」


 ――あぁ、やはり……先輩は怒ったな。

 アサヒにとってその事実は、全ての仇を目前にして知らされなかった事と同義。親衛隊を創り、彼の父が〈第一世代〉となった事も。父を恨み、組織を裏切った男に母を殺された事も。両親の真実を追うために、自身も父と同じ運命を辿ったのも。

 元を辿れば、全ては大路ソウイチロウに繋がる。

 その孫であるという事実を、アスカは隠し続けた。彼女の血筋ではなく、隠していた事に怒りを憶える。


「それに……もっと早く言ってくれれば、俺たちだって!」

「早く言ったところで、あなた達が私に抱く感情は変わらないでしょう⁉ ……みんな、祖父のせいで全てを犠牲にしたんですから。アサヒ先輩も、親衛隊のみんなも、テロリストだって! 私を恨むに決まっています」

「それでも! そんなの、俺たちを騙したのと同じじゃないか……」


 頭を抱えて、アサヒは座り込む。

 強化骨格が軋む音を微かに聞き、その手をアスカに向けてかざした。――自分の肉体と人生の元凶。その男の血が、彼女の中に流れているのだという実感が得られないまま。

 ――いや、わかっている。ここでアスカを責めるのは筋違いだと。全ては大路が原因であり、彼女に責任は一切無い。あるわけが無いのだ。

 ……だからこそ、どうして隠していたんだ、と。その一族を恨みはしても、誰も責めたりはしないのに。


「私はこの数か月、『責任がある』という言葉を多用したと思います。……それはつまり、私は逃げてはいけないという事。祖父がこの国に残した傷跡も、社会の裏に隠れた現実も、私には受け止める義務がある。親衛隊にスカウトされた時、そう決めたんです。まぁ、その現実は私の想像以上のものでしたけど」

「……それは、アスカさんなりの罪滅ぼしですか? それはあなたの罪ではない、だから目を背ける事だってできたでしょうに」

「確かにそうです。でも、」


 きびすを返して、座り込むアサヒと向き合う。


「目を背けなくて、良かったと思っています。……たくさんの残酷な光景を見ました。でもそれは、私に必要な事でした。――戦犯の孫が、ただの平和主義者では駄目なんです」


 一瞬、マリの方を見て。直後に廊下を歩き始め、エレベーターへ向かう。

 ――失った親友を見る目には、堪えきれなかった涙が。アサヒにはそう見えた。


「今回の事件ではっきりしました。先輩方も、殺し合うテロリストも被害者。戦争による負の産物に同情して、悪だと決めつけて戦う事に葛藤していました。……でもようやく、自分の気持ちがはっきりしたんです」


 ――初めて見た。彼女の目に、自分たちと同等の殺意が籠るその瞬間を。


「私は……憎い。この血も、奴らも。だからもう、同情も葛藤もしません。私は戦います」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る