第四章 忘れさせない

『やまと事件』

 七月が終わり、二〇五七年は八月を迎える。

 親衛隊は〈やまと事件〉以降、その行動を消極化せざるを得なかった。

 ヒト型のバケモノを使い、世間を騒がすテロリスト共。政府中枢及び親衛隊による徹底的な情報統制によって葬られ続けた、数々のテロ行動が浮き彫りになり続けている。世間の目で見れば、「偶発事故」や「一般犯罪」と認識していた数々の事件の裏に、悍ましく恐ろしいテロリストが関わっていたという事実が広がっているのだ。

 七月二十日の事件より十日弱。この急速的な世間の動き、情報統制が崩落する中で、親衛隊は自らの存在を隠蔽する事で精一杯。政府も、組織とのパイプを見せぬようにする他なかった。


 しかし同時に、〈ファントム〉の行動も見受けられない。一大攻勢の後、その戦力を回復する為であろうか。はたまた、力尽きたのか。

 親衛隊にとって最後の手掛かりは、あの夜にセカンド、ジョージ、アスカが聞いた〈蛇〉の言葉。

 ――同志が望む結末。再興。運命の日、〈リマインド計画〉


**********


「みんな、休暇は楽しめたかな?」

「それなりに。お計らいで頂いたお給金をぱーっと使って、戦場を忘れてまいりましたよー」

「コマンダーも、いつものテンションで何より」


 約十日間の休暇を経て、再び特務課に集結した八一五部隊。

 ケイスケはゲーミングチェアに、エリナはカウンターチェアに座り紅茶を嗜む。 今日はアサヒがいない、それはよくあることだった。オペレーターを担うアスカも、本来の居場所はここではない。

 各々がいつもの立ち位置で、いつもの振舞いで、何等なんら変わらぬ彼らなりの日常を。

 ただ一つ、大きく違う事がある。足りないという空虚さが。


「……あとは、ダンジの墓参りにでも行ければ文句ないんだけどね」

「ちょっとやめてよ、ケイスケ。やっとお通夜気分が抜けてきたってのに……」


 ――桐山ダンジがいない。

 いつもなら、ケイスケがゲームをする横で無駄話をしてくる。エリナの茶菓子を勝手に食べる。アサヒに妹とのエピソードを問う。この三人と違い、特定の何かをしているわけではない。ただ室内をうろうろして、仲間たちに語り掛ける男。

 その声が、どこにもなかった。


「墓なんて……贅沢な事を言わないでくれ。僕らアンノウンは、そんな物に入れやしないんだから」

「はいはい、いつもの国家機密ね……」

「ま、そもそも強化骨格のせいで火葬もできないしね」


 人生も、人としての当たり前も、全て失った。否、奪われた。

 しかし彼らは若い。まだまだやり直せた、――はずなのに。その肉体を犠牲にして戦う事を選んだ。そんな彼らの言葉にはいつも悲壮感が混じる。

 それを前にして、コマンダーは心の底で呟く。

 ――ごめん。


**********



「で、情報は何か掴めたの?」

「うん。宇宙局局長らを拉致した敵部隊の足取りを追ってみた。奴らは人質を抱えたまま現場を去り、その騒動で混乱する第一特別区の中を逃走した。区内のカメラだとかを駆使して、足跡を捕捉した……はずだったんだけどね」

「はずだった?」

「こちらが追跡したルートは、丸ごとカムフラージュだったのさ。何分にも区内は人でごった返してね、その中で器用に紛れ込んで、親衛隊の目を欺いたってわけ……最悪」


 要するに、敵と人質を取り逃がしたと。

 事件当時、親衛隊は内部でも混乱状態だった。戦闘で八一五部隊がジョージを失い、民間人の目が直接彼らに向けられた。それを隠す事に躍起になった結果が……このザマだ。

 それであっても追跡を振り切られた。――親衛隊の質も落ちたもんだな、と感じるコマンダー。それは、自身への皮肉を込めて。


「おまけに世間の、主にメディアの目が鋭くってね。こちらも大規模な捜索を行いたいところなんだけど、組織が大々的に動けば鼻がいいに逆探知される。それは民間もそうだし、軍や警察だってそうだ」

「ってなると、もの凄く隠密に調べるしかないわけね」

「ごもっとも」


 悩む唸り声が三人分。

 いつもなら「上の事情なんか知ったこっちゃない」と言うであろう、現場人の彼ら。いざ自分達に弊害が出ると、そうも言っていられないものだ。


「ただね、奴らが拉致した人物から予想できることが、いくつかあるんだよ」

「それって、宇宙局の人達?」

「と言うか、〈やまとプロジェクト〉の重要関係者だね。そもそもがプロジェクト成功の祝賀会なんだから。」

「つまり……奴らの目的に人工衛星が関係しているって事?」

「多分、そう言う事。」


 ケイスケに向け、コマンダーが指を鳴らして言う。


「新日本宇宙局は現在、国内の宇宙産業を統括する国営機関。〈やまとプロジェクト〉の責任者である局長を拉致したって事は、そういう事だろう」

「じゃあさ、その衛星をで何をする気かって話よね」


 エリナの疑問符に続き、再び唸る。

 

「ありそうな事だと……通信衛星でネットをジャックするとか、衛星をぶっ壊したり、落としたり。あとはGPS情報に、妥当なところだと軍事衛星もあり得るかな。」

「衛星って、役割めっちゃ多いのね。今まで特に気にしてこなかったけど」


 ケイスケが考える例を淡々と述べ、軽く結論付ける。

 あまりに規模が肥大化しすぎて、それは一つのテロ組織に成せる事ではないように感じてしまう。しかし、ファントムならやりかねない。


「どれも可能性としてはあり得そうだけど……それ以上ははっきりしないね」

「アサヒ達が聞いたって話、〈リマインド計画〉……だっけ? それに関係してたりする?」

「そもそも、その計画が何なのかもわからないじゃん」

「ですよねー」


 現状、局長がどこへ連れ去られたかも不明。宇宙規模まで広がる話に、関連疑惑があっても筋を見つけられない敵の計画。わからない事尽くし。

 それらの情報を細々と、世間のネットワークから隠れつつ詮索しなければならない。

 コマンダーは頭を抱え込み、部屋中に広がるため息をついて。一言溢す。

 

「現状、八方塞がりか……」

 

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