『仇』

「楠木ッ――――――――!」

「戦うその姿も、エイジュさんそっくりだよ」


 瞬間、両者がやいばを持って駆ける。鮮やかな無数の光に照らされるスクランブル交差点の中心で、金属がぶつかり合う火花が散った。

 セカンドの高周波ブレードは酷い刃毀れ、バッテリー切れという満身創痍の状態。銃は弾が底を突き、さらに左肩部と右大腿部に傷があるという最悪のコンディション。

 対して楠木シンヤ。伸縮式ブレード一太刀ひとたちに、あとは拳。その腕に増加装甲を装着しているのが見えるが、とても〈ファントム〉のトップとは思えぬほど貧相な装備。


「っらあああ!」

「うぉっ――……重いな、流石は〈ブラッディ・セカンド〉! あの人の遺伝子を継ぐ者!」

「あの人あの人ってうるさいんだよ、俺は俺だ!」


 両者が攻撃し合う事で、互いの肉体に伝わるエネルギーもそれ相応に倍増した。単純な性能で言うなら、ナノマシンに加え強化筋骨を持ったセカンドの方が上のはず。そのはずだ。

 瞬間、楠木は競り合う双方のブレードに左腕を向けた。腕の中には小さな空洞、発射口が備え付けられていた。 

 セカンドが危機を察した刹那、物体が飛び出す。


「……なっ」

「ナノマシンで成分合成した蜘蛛の糸だ! 体内生成は効率悪いから、外部からの装填式だがな」


 刀身の交差点が固定され、引き戻すことができない。


「――このっ!」

「殴り合いか、そう来ると思った!」


 ブレードを投げ捨てて殴りかかり、襲撃、回転技を入り混ぜながら連撃。

 楠木はある程度の攻撃を避けると、すぐさま同じような動きで反撃に転じる。互いに隙を見せぬ一進一退の攻防で、セカンドは怒りの限り拳を振るった。楠木はこの時間を嬉々として味わっていた。

 その刹那、セカンドの動きが鈍った。


「――いっ⁉」

「隙あり。からの……」


 負傷した肩部と大腿部に大きな負担をかけた、――瞬間、楠木の蹴撃が下腹部に直撃。下から突き上げるような強い衝撃は、セカンドを軽々しく吹き飛ばした。

 ビルの外壁へ叩きつけられるセカンド、そこへ蜘蛛糸が飛来。ガラスの壁に彼を張り付け、僅かに自由を奪う。

 間隙を作らず、セカンドが正面を向いた瞬間には、楠木は目と鼻の先に迫る。振りかぶった攻撃が我が身へ到達する……直前にセカンドは下半身を無理やり動かす。両足のみを振り上げ、楠木が接近したタイミングで――蹴り上げる。

 命中。一瞬、奴が視界から消えたと思えば上に気配を感じる。見れば、壁に張り付いた楠木。


「……いってぇ。いい反応だ、その調子で俺たちを滅ぼしてくれ。それが俺の望みだ」

「あぁそうするさ。でも、まだ死なれちゃ困るんだよ!」


 母の死と父の過去を、自分やユウヒの人生が犠牲となった、その真相を知るまでは。

 蜘蛛糸を剥がし取ったセカンドは、腕力を用いて壁を登る。ガラスを叩き割って内部へ侵入する奴を追い、照明が燦燦さんさんと輝く空間へ。

 待ち構えていた楠木が、登った瞬間の隙を突いて攻撃。しかし無防備ではない、予想はできている。セカンドは組み手を取り、互いの腕を交差させてクリンチ。

 第二世代用マスクの緑のモノアイの中、双眸に超至近距離で目が合う。セカンドはそれに釘付けとなった。


「答えろ! 貴様と父さんの関係性を、なぜ母さんを巻き込んだのかを!」

「……報復だ。あの人が愛する人間を失わせることで、俺と同じ思いをさせるためだ」

「報復だと? 父さんが貴様に、一体何をしたと――」

「わかるはずがない。当時幼い息子だったお前に、良き父親としてのエイジュさんしか見ていなかったお前に! 本当のエイジュさんはなぁ……」


 お前が知っている父親は表面上の姿だと。記憶の底にうっすらと残る父親を否定され、しかしセカンドは――アサヒは返す言葉を詰まらせた。

 楠木が神谷エイジュを語るときの、その表情は悔しさが溢れているようで。


「あの人は、戦場では完全な合理主義者だった。たとえ大切な仲間でも、命令や勝利のためとあらば切り捨てる……優秀な男であり、容赦のない冷酷な男! お前の上官である大月タスクコマンダーは、そんなエイジュさんの模倣をしていたんだよ!」

「コマンダーが……父さんの模倣?」

「あぁそうだ。俺たちは〈最高傑作〉であるあの人を慕っていたからな。ひたすらにその背中を追って、〈第二世代アンノウン〉となって! ……そして俺は、も同然だった!」


 考えられない。数年間一緒に戦ってきたコマンダーが、追い続けた父親と同じだというのか? しかしアサヒには、彼に父の姿を投影することは到底できなかった。大月という男は日常的に優男で、現場に出れば立派な合理主義指揮官だった。

 アサヒの中で父の記憶は薄い。しかし憶えているのは……「行ってきます」と言って自分とユウヒを抱きしめる、抱擁ほうようの温もり。

 そんな父親にコマンダーと同じ人物像を重ねるなど、不可能だ。


「だがそんなエイジュさんでも、決して切り捨てられない存在があった。それが愛する人であり、お前の母親である〈神谷ユメ〉だった。……エイジュさんからその存在を奪う事で、同じ生き地獄を見させてやると!」

「――⁉」


 瞬間、不意を突いて糸が発射される。強靭で細い糸をアサヒの首元へ巻き付かせ、彼の身体に腕を回すようにして、瞬く間に締め上げていった。


「ぐっ――……!?」

「そうじゃなきゃ不公平だからな。お前達と新城アスカの関係のように!」


 その存在を慕い続けた結果の、想いを裏返した復讐心。当時の楠木にどれほど苦しみがあったとしても、アサヒにとっては仇の戯言でしかない。

 それが招いた数年に亘る惨劇と、アサヒは戦い続けてきたのだ。彼は言葉をぶつけた。


「だが貴様の復讐は、復讐の連鎖を生み出しただけだ……肥大化した復讐心は〈ファントム〉という形で何百人もの犠牲を生み出し続けた! 俺はその権化として、今こうして貴様と戦っている!」

「俺たちは同じだ、アサヒ! 過去に囚われて戦い続ける亡霊だ――」

「だとしても……俺たち八一五部隊は過去の為じゃなく、先へ進む為に戦ってきた! 貴様と同列にするな!」


 糸で締め付けられて上手く息ができない。しかし、掠れた声で激しい感情を剝き出しにして、己の戦う意味を叫んだ。


「俺は。俺の大切な人、彼女を含んだ多くの犠牲を無下にしようとする……そんな社会を守る親衛隊を心から憎んだ!」

「そしてアンノウンの技術を盗んだ」

「あぁ、そしてリマインド計画に繋がる。犠牲を過去の物にしないために……アサヒ、お前はその最高のピースだったよ!」

「――俺は、そんな物に成り下がっちゃいない」


 瞬間、アサヒの心臓が強く破裂しそうなほどに血が沸き上がった。ナノマシンコアの出力が徐々に上昇。肉体に限りない力を与える。


「貴様の犠牲を無駄にしないって思想はよくわかった。わかったからこそ俺は貴様を殺す。過去に囚われるのは今夜で最後だ……俺が戦うのは平和のためでも、貴様のような復讐のためでもない!」


 不意に、微かに涙が零れた。


「父さんのように、復讐はまた復讐を呼ぶ。過ちを繰り返す事だけは絶対にダメだ」

「過ちだと? お前まで彼らの死を愚弄するか、アサヒ――!」


 引き込まれるような楠木の双眸を、奴を殴ることで振り払う。苦しみながら、皮肉にも共感してしまいそうになる。


「ユウヒだって、アスカさんだってそうだ。みんな、に戦ってきた……それが、犠牲になった奴への最大の手向けだ」


*********



 組み手を崩して、握力に全ての意識を注ぐ。ナノマシンコアが唸りを高ぶらせる度に強化筋骨がメリメリと鳴る。そして楠木を離さない。

 屋内での激しい格闘戦の後だ。――アサヒは奴を掴んだまま、交差点側のガラス壁へ向かって走る。ありとあらゆる障害物を薙ぎ倒し、破壊しながら狂ったように突貫。


「行っけえええええ――!」

「マジか――……」


 第三世代の圧倒的パワーに、蜘蛛の筋力は押し勝てなかった。

 否、性能的な問題ではない。蜘蛛とは強力な筋肉を持つ生物だ。それが人間大になったのが楠木だ。それでも押し勝てなかったのは、――意志が呼び起こす力なのか。

 直後、アサヒは自分ごと楠木を外へ、地上十数メートルから放り投げた。咄嗟に糸を発射するも……その勢いを止めるには至らず。自身の状態も理解が追いつかぬまま、楠木は硬いコンクリートへ叩きつけられた。

 一方のアサヒは、


「まだだ」


 一緒に飛び出したはずなのに、彼は落下していなかった。

 垣間かいま見えたその手の内には〈ワイヤーフック〉が。建物の鉄骨部へ簡易的に固定されたワイヤーは、そのまま遠心力で半円を描く。軌道を利用して再度ガラス壁に足を着き、――蹴る!


「――ぐふぁっ!?」


 自らが砲弾のように急速直進、その勢いのまま蹴撃を加えた。

 それは楠木の胸部に直撃。体感で数十キロもの圧力をかけられた肉体からは、空気が無理やり抜け出すような強い音。

 そして感じた、

 吹き飛ばされ、地面で弾んだ楠木の身体にはどうしようもないほどのダメージが響く。……立ち上がるのは無理だ。


「……っ! まだだ、まだ死ぬんじゃない」


 アサヒも着地は出来ずに、痛む全身で受け身を取った後に立ち上がった。特に脚部の損耗が激しく、歩くのはクソほど辛い。一歩一歩アスファルトを踏みしめる度に、ひび割れるような痛みに歯を食いしばった。


「ゔぅ……うらあ゛あぁ!」

「あ……サヒ――」


 スクランブル交差点のほぼ中央、仰向けに倒れる楠木へ乗りかかる。

 アサヒは自分と楠木のマスクを剥がし取り、互いに今の心情が現れた素顔を見せ合った。そして他生物融合ゲノム型の醜い顔に向け、


「これは……俺とユウヒの、滅茶苦茶にされた人生の分!」


 一撃、残るナノマシンとエネルギーで殴る。


「これは……アスカさんの分! そして、貴様によって犠牲となったみんなの分!」


 また一撃。ナノマシンを含んだ仇の血が、口元から飛び出す。


「そしてこれは……父さんと母さんの分だ」


 メキっ――と、骨の鈍い音がした。頬骨にひびが入ったのか。それでも舌が回る限りは……

 復讐の為ではないとは言いながらも、両親の仇に対しての恨みを込めた拳だった。復讐は復讐を呼ぶ、そして大切な人を巻き込むことになる。楠木が言った事はアサヒにとって完全に図星だった。自分は妹を巻き込んでしまった。

 結局、戦うという選択肢が間違っていたのだろうか。……それでも記憶の奥に残る母の痕跡が、両親が消えて妹の悲しむ姿が、アサヒをこの数年間突き動かしてきた。

 自分を制御できぬまま、楠木の胸倉を掴んで叩き起こした。


「なぁ楠木……話せよ、お前の過去を。父さんとの間に何があったのかを」

「……」

「話してくれなきゃ、俺は進めないんだ……だから頼む。全部教えてくれ」


 切望した。全てはこの男のせいだ、この男が全てを滅茶苦茶にした。そう思い込みたいから、そうでなければ自分の正当性を自負しきれないから。だからこそ、ありのままを教えてほしかった。

 ふと、胸に当てたままの手がトクンという鼓動を感じた。体内が損傷した時に見られる、その鼓動を。


「……会いたい。サヤに……会いたいよ」

「それが、お前の」

「俺を強くしてくれた、俺の……大切な人」


 声の奥に、ゴロゴロと血の音がする。

今、楠木に見えているのはアサヒの顔ではない。十二年前の〈二次戦争〉、楠木がいた戦場の

 楠木は朦朧とする意識の中で、目の前にいるであろうアサヒへ懸命に伝えた。


「よく聞け……アサヒ! これは誰も知らない、俺とエイジュさんの……物語だ」









 






 

 

 

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