終章 アンノウン・アポカリプス

『全てを教えよう』

 二〇五七年 八月十五日 

 地獄の惨状は日を越え、〈始まりの日〉を迎えた。


 部下は軒並み死んだ。貴重なアンノウンも、ナノマシンも沢山失われた。楠木にとっては後者の方が重要なのかもしれないが。

 しかしこの男は表情一つ変えず、硝煙の匂いが混じった夜風を楽しむ。


「さて……遂にこの瞬間がやって来たわけだけど、概ね予定通りと言った所かな」


 旧渋谷――スクランブル交差点

 いつの時代も人だかりが絶えなかったこの場所を闊歩するのは、今やテロリストの主犯格のみ。ここへ集う若い民間人は、軒並み追放されるか排除された。

 ――楠木の元へ、次第に近づいてくるバイクのエンジン音。


「おっ、来たか。〈やまと〉の落下を無事に止められたみたいだね。おめでとう、アサヒ」

「何が無事に、だ。結果的にはこのザマだ!」


 疲れ、軋む肉体で渋谷まで辿り着いたアサヒは、バイクを乗り捨てるようにして楠木へ詰め寄った。

 途中に奴の配下が待ち構えていたが、どういう事か促されるようにここまで来たのだ。

 それに何故。〈リマインド計画〉はほぼ失敗したはずだ。楠木にとってはこれ以上ないほどに屈辱的なはずだ。……なのにこの男は、むしろ嬉しそうだ。


「そう怒鳴るな。俺は信じていたさ、お前とアスカがここまでやり遂げることを」

「なんだって? 一体どういう――」

「全て決まっていたんだよ! 衛星落下の失敗も、この無差別テロの殲滅も!」

「……は?」


 毅然とした態度で、楠木は高らかに宣言した。

 

「〈リマインド計画〉は。お前とアスカに〈やまと〉を阻止させて、我々が敗北する時まで! そこまでが計画のシナリオだ」


 ――こいつは何を言っているのだ。全てがシナリオだというのか。

 アサヒは愕然とし、脳が一瞬フリーズしかける。信じられない、信じたくないという思いから口が塞がらない。


「ち、ちょっと待てよ……それは本気で言っているのか? いや違う、戯言だろう⁉」

「お前達は、自らの力で計画を阻止したと思っていただろ? それは違う。所詮は俺のシナリオの中で、役者をしていたにすぎない。管制局で言ったじゃんか、『役者は揃った』って」 


 ……屈辱的なのはこちらだった。

 自分やアスカはずっと、この男のてのひらで踊らされていた。初めから嘲笑われていたのだ。悔しい事に、記憶にある楠木の行動が面白いほど辻褄が合う。

 ――だったらあの努力は一体どこへ、今夜の無差別な犠牲は一体何のために⁉ 自我の中で目まぐるしく飛び交う怒りと疑問が、アサヒの冷静さを欠いた。


「……何のために、そんな」

「全ては思い起こさせるリマインドためだ。俺たちが払った犠牲を、絶対に忘れさせないようにな」


*********


「例として太平洋戦争を挙げてみよう。敗戦の後、日本は『戦争の放棄』という志の下に新たな時代を歩み始めた。しかしそれが招いたのは『日本は平和』という表面上の意識であり、〈平和ボケ〉だった。その結果、どうなったかわかるな?」


 淡々と語った合間の問いに、アサヒは喉を詰まらせながら答えた。


「守る力の減衰……そして、〈一次戦争〉」

「そう! さらにそこから〈二次戦争〉への道が開かれ、延いては俺たちってわけだ。エイジュさんも俺も、時代の波の中で戦い続けたんだ。お前だってそうだろう?」


 十代の頃には〈一次戦争〉へ。子が生まれてから、アンノウンという兵器として〈二次戦争〉に参加した父・エイジュ。楠木と父の関係は、これまでずっと追い求めてきた。

 それに、そんな歴史は知っている。アサヒやユウヒ、八一五部隊の仲間達もみんな、その二十年間の災禍によってここに辿り着いた。彼らは当事者だ。


「太平洋でもそうだった……日本人は自らに非があると感じれば、すぐさまそれを悪と決めつけ、忘れ去ろうとする。そして歴史は繰り返す。俺たちが払った犠牲は、戦争という悪行として忘れかけられているんだ! 戦場で散った奴だけじゃない、も、もみんな! その死は時代と共に消えていくんだ!」


 楠木は涙を浮かべていた。やつれきった不気味な顔は一変。本当に、誰かの死を嘆く人間味のある表情。


「それを、忘れさせないために?」

「……あぁ。俺たち〈ファントム〉は、その志を同じくする人間が集まった。その中で最も意志の強い奴をアンノウンに改造した。彼らは『ヒトには戻れない』と聞いた時、何も言わなかった。むしろ本望だと、ね」

「貴様らの狂心の理由は、そこか」


 ずっと不思議に思っていた。平和依存者のアスカに至っては恐怖すら感じていた。

 「ナノマシンコアが無いからヒトには戻れない」、どうしてそれでも戦うのか。

 その原動力は思想と組織、そして楠木シンヤへの忠誠心だった。敵が犠牲を払い続ける理由は、亡霊であり続ける理由は。


「……俺たちが今夜の一大テロやまと落下を行う事で、人々の記憶に〈絶対悪〉として君臨する。そして親衛隊は、その〈絶対悪〉を倒した〈英雄〉になる! そして民衆は思い知るんだ――」


 鮮やかに輝く街を背景に、楠木は大手を挙げて告げた。


「犠牲を悪たらしめて忘れ去れば、やがて自分達の首を絞めるんだと! そして再び〈ファントム〉のような悪が現れぬよう、アンノウンのようなバケモノが生まれぬよう、戦わぬ為の力を求める! ……そして、これまでの犠牲を思い出してくれるはずだ」


 一貫した志を持って戦い続けた、テロリストたちが求める道の先は――


「アンノウンという存在が、それを人々に知らしめる事になる。……まさに、〈アンノウン・アポカリプス〉だよ」


 



「新しい時代の幕開けだ。それを扇動するのは英雄となった親衛隊、そしてアンノウン当事者であるお前だ――神谷アサヒ! お前だって両親の犠牲を忘れてほしくはないだろう⁉」

「……おい、待て」


 涙ながらに告げた楠木を静止し、その言葉にアサヒは反応した。聞き捨てならない事をこの男は言ったのだ。


「……母さんも同じ犠牲だと言ったのか? ――ふざけるのも大概にしろよ⁉ 母さんは貴様が殺したんだ、それまでは家族で普通に暮らしていたんだ! 俺たちは貴様に奪われた、あの頃のささやかな幸せを!」

「普通? 違うな、それは君ら家族がエイジュさんの事を知らなかっただけだ。その幸せとやらはあの人が取り繕っていた仮初かりそめの物だ!」

「違う、俺たちは! 俺たちは……――もういい、貴様とこんな話をしても意味がない。ただ一つ、質問に答えろ」


 幼き頃の幸せを否定され、自分も所詮は平和依存者であったと。その皮肉を幸せを奪った張本人に言われても、それを否定するのは諦めた。多分、心のどこかで自覚してはいたから。

 しかし、どうしても確かめなければならないことがある。アサヒにとっても、ユウヒにとっても。彼ら兄弟が進む為の真実。


「父さんはどこへ行った? あの人は母さんの復讐の為に、貴様を追って消息を絶った。……俺たちを巻き込まないために、俺たちを置いて」

「……そうだな。しかしお前も、薄々感じてはいるんじゃないか? ここまで来て、エイジュさんが生きている可能性なんて余程低いってことを」

「やはり、父さんは……」

「あぁ、。とっくの前に、俺たちに敗れた」


 ――あぁ、やはりか。

 楠木の言う通り、アサヒは薄々そう感じていたのだ。そもそも生きているなら復讐を遂げているはず。それならそうと、家に残してきた子供たちの元へ帰ってくるはずなのに……十年経っても帰ってこない。それどころか、〈ファントム〉は増長している。

 楠木に殺されたのか、あるいは別のアンノウンか。なんにせよ、〈第一世代〉最高傑作である神谷エイジュは敗れたのだ。


「これも教えておくよ、アサヒ。君は既に。正確には、エイジュさんの遺伝子に」

「俺が、会っている……――おい待てよ、遺伝子ってまさか」


 瞬間、アサヒの脳裏に考えたくもない答えが浮かんだ。それはグロテスクで、腹の底から不快感が押し寄せるような答えだ。

 父の遺伝子には会っている、どこで、いつ?

 〈第一世代アンノウン〉、これを〈ファントム〉が量産。アンノウンである父の、その遺伝子と言えば……ナノマシンと生態プログラム。


「あの大量の〈第一世代〉は――」

「彼らは、エイジュさんの体内から抽出したナノマシンを利用して造ったんだ。エイジュさんは元々の同調率が高かったが故に、あの人の遺伝子は量産には最適だったんだ」

「――⁉ ……き、貴様!」


 つまり、アサヒが数時間前に殺した〈第一世代〉は父のナノマシンを利用していた。言うなればアサヒは……父の遺伝子を殺したのだ。何度も、何度も。

 ふと、東の方角から銃声が近づいてきたのがわかった。


「どうやら国防軍がそこまで迫っているようだね。……時間も無い、そろそろ始めようか」

「……それは」


 言うと楠木は、羽織っていたコートを脱ぐ。その下に隠れていた姿を、アサヒは一目で理解した。

 まさしく、親衛隊アンノウンの強化戦闘スーツ。それも第二世代で、アサヒの物とは少し違う。

 

「俺が裏切ったとか、お母さんを殺した理由は追々で話すよ。その気になったらね?」

「――っ、あぁそうかい! ならその口、戦って叩き割ってやる」

「……あぁ、その姿。エイジュさんそっくりだ」


 ニヤリと、不敵な笑みを浮かべる。直後に告げた。

 

「変身」


 瞬間、楠木の胸部からナノマシンコアの駆動音。

 首元から徐々に血管が張り、体表組織が変色していくのが見える。次第に手足の筋肉が膨張し始め、肉体に他生物的な違和感を生じさせた。

 


「――ゔっぐあ゛あ゛あああああ⁉ ……俺の融合遺伝子は〈蜘蛛クモ〉だ。ステータスも〈第二世代〉の中じゃ低レベルの代物! だからさ、鼻からお前に勝てると思っちゃいないんだよ」


 苦しみで喉を震わせながら、赤く変色した双眸そうぼうでアサヒに訴える。

 対して彼もナノマシンコアを起動。回復が不十分な肉体を奮い起こす。


「オープンザコア――ネームド〈ジャック〉!」

「そうだ……せいぜい終焉まで、楽しませてくれよ。アサヒ」


 ――両者共にマスクを装着。

 両親の仇、全ての元凶である男に、〈ブラッディ・セカンド〉となったアサヒは高周波ブレードを向けた。

 これで全てが終わる。もう誰も犠牲にはさせない、この男を殺せば……。

 そして、ユウヒと共に前へ進むんだ。そう信じるかららこそ、彼は戦う。


「……行くぞ」


 





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