『奴の元へ』
旧世田谷区
事件勃発以降、交通規制により多くの民間車が立ち往生している。その神奈川―東京を繋ぐ幹線道路で、東京へ向け疾走するバイクのエンジン音。
アサヒの進行方向からは、銃声やら爆発音がよく聞こえてくる。
『セカンド、長官より指令です』
受信した無線の相手は八一五部隊のオペレーターだった。滅多に会話することのない声であったため、メインの人員でないことはわかる。部隊も、使える人材は総動員したという事か。
『渋谷、スクランブル交差点周辺が敵に占拠されました。さらに軍の偵察ドローンが、楠木シンヤと思われる人物を確認しています』
「楠木! そんな所で何を……コマンダーはどうした⁉」
『大月少佐は千代田区で戦闘中。グレースは港区で、フランセスは台東区で制圧戦を行っています』
「となると、まともに動けるのは俺だけか」
長官からの指令、と言うのは要するにそう言う事だろう。
コマンダーも前線へ出た以上、現状を鑑みればそれが最も適切だ。
楠木シンヤ本人が現れたのだ、自身の
衛星管制局での戦闘からは、たった一時間しか経過していない。全身の、特に脚部のクールダウンが足りていないが。
……やれるか、この体で。
否、やるしかないのか。そこに楠木がいるなら。
『セカンド。至急、渋谷へ向かってください。少なからずの応援は出すそうですから』
「了解。最善を尽くします」
それに、なんだろう。
楠木はなぜ、堂々と姿を見せるような行動を取っている? ドローンに見つかるなんて、そんなヘマをする男ではないだろうに。
まるで、こちらに見せびらかしているような。残虐極まりないテロが行われる光景を、悠々と眺める自分の姿を。
「なんでもいい……ただ、全て教えてもらうぞ。母さんを殺した理由も、父さんの行方も」
*********
「――あれで最後かな。」
グレースは
周辺の敵は粗方掃討した、軍用偵察ドローンからも情報は回ってこない。だから恐らく最後の敵部隊。
現状、港区に敵アンノウンの展開は確認していない。ここまでやれば、後は国防軍に任せてもいいはず。そうすればグレースも、コマンダーやフランセスの支援に回ることが出来る。
「それならそうと……早いとこ片づけちゃおうかな」
ふと、敵の装備に目が行く。無反動砲だ。つまり歩兵が携帯できる大砲のような物。
残弾は少ない。狙撃位置を気付かれてアレを撃たれれば厄介だ。だから出来るだけ少ない射撃で、確実に仕留めたい。
風を感じ、想像で見える弾道に
瞬間、グレースのマスクに衝撃が走った。内部のアナログメーターにノイズが走り、視界が弾ける。
「――がぁ⁉ ……ってぇ、今のは」
今のはなんだ、と考えるよりも先に体が動いた。
グレースがうつ伏せから立ち上がると、元居た場所に火花が飛び散った。すると続け様に足元に。彼が跳び上がって物陰に退避すると、彼の影を追うように小さな火花が散った。
跳弾だ。
「クソっ……向こうにも
不意に、マスクの中に微かな風が入り込むのを感じた。
その場所に手を当ててみると、――隙間が開いていた。やはり頭部に被弾したのか、そしてマスクが損傷したのだ。直後に内部でノイズ音、徐々にアナログメーターが消えかかる。
幸いにも貫通はしていない。
瞬間、
「うわっ⁉ マジかよ――」
嫌な予感がして、狙っていた敵部隊見た。
予感は的中。位置情報が
咄嗟にコンクリートの壁へ退避するも、その壁が砕け散った。グレースは軽々しく吹き飛ばされる。
「……調子に乗るなよ、テロリストが」
瓦礫を退かしながら立ち上がる。次の狙撃が来る前に、早く。
ヒビの入った、マスクの紅い瞳孔を剥がし取る。そこから変異した蒼い
そんな彼は
〈ワイヤーフックショット〉
「……いいさ、
*********
「――ほいっと! 蜂さん、こっちにいらっしゃいよ」
「バカにしやがって……!」
台東区の戦闘。現状の優劣は四:六で国防軍がやや劣勢。しかし相手は〈ファントム〉だ。軍はむしろ善戦しているとも言えよう。
先程まで敵アンノウンに蹂躙されていた彼らにも、今やフランセスと言う強力な味方が付いた。総合的な戦力ステータスで敵に劣ろうとも、彼女が敵の大将首を落とせば、あるいは。
「ほいほいー! その立派な針はお飾り? 毒ってね、当たらなければどうという事はないのよ」
「なにを……ふざけるな! クソ親衛隊!」
敵の攻撃を柔軟な肉体を生かして連続回避。煽りながらミスを狙っていた。
やはり、ムキになった〈蜂〉が太い毒針が生えた腕を大きく振り下ろした。
瞬間、股下に潜り込んで。ダガーナイフで体表を突く。
しかし、
「おっと、――やっぱり表面はそれなりの硬さね! 流石、腐っても昆虫融合アンノウンだもんんね」
「うがああああああああああ――⁉」
〈蜂〉がフランセスへ、背負っていたSMGを発砲。地面を高速で蹴り、弾道に追いつかれぬように後退。しかし距離を開けすぎても狙い撃ちにされる、だから二メートルほどの距離を維持する。
フランセスの煽りは上級品だ。敵は完全に、頭に血が上っている。
恐らくこの敵アンノウン、〈ファントム〉としての実戦はこれが初めてか。戦闘のポテンシャルは高いが、フランセスにしてみれば経験不足もいいところだ。
感情に支配されて自らの武器を有効活用できずに、ただひたすら銃を撃ち続ける。弾が無くなるまで、考えもせずに。
「蜂さん、あんた元軍人? 戦場ではこんな事は無かったでしょうけど、一対一では心理攻撃も考慮しなくちゃダメ」
「小癪な!」
「正直、〈チェン〉や〈蛇〉の方がよっぽど強かったもん。――だってあなたの戦いは、奴らのような繊細さなんて微塵も感じない」
体を捻って間隙を縫う。体表が硬いなら、関節を狙う。手足の伸縮と反動を生かし、器用に斬り付けていった。
直後、
「た、弾が――」
〈蜂〉は感情に任せて射撃するあまり、残弾数さえも意識していなかった。むしろこんな事だろうとは思った。だから煽り散らかしたのだ。
元軍人で戦場を知るタイプの輩は、剣を交えた心理戦には弱い。すぐにムキになって、そのポテンシャルを生かせなくなる。
これまでの幾度とない戦闘で得た、フランセス自身の経験と教訓だった。
「そろそろ終いね、――とうっ!」
「この! クソ⁉ クソ⁉」
銃を投げ捨てて、毒針で徹底的な応戦を見せる。
しかし筋が甘い。ナイフで軽く
「残弾数は、きちんと体で覚える事よ」
瞬間、〈蜂〉の下顎へ拳銃を突きつけた。仲間のコードネームが刻まれた遺物を、彼の意志を。
――射撃。撃鉄が戻った時には、敵の脳天から噴水のように血が溢れていた。それがヒタヒタとマスクへ落ちて。静かに、言葉なく〈蜂〉は倒れた。
「……やった。何気に初めてかな、一人でアンノウンを倒したのは。いつもピンチの時は、みんなが来てくれたから」
しかしそのみんなは。一人は敵によって倒れ、他二人は今も戦い続け。もう一人は、長年追い求めた仇と対峙しているそうじゃないか。
それなら自分は、
「こちらフランセス、敵は私たちに任せて。……必ず辿り着いてね、アサヒ」
*********
丸の内駅舎前広場で、高く高く跳躍機動を取る〈アーヴィング〉
跳び上がっては地上へ向けて発砲し、敵の逃げ場を制限。滞空中の僅かな時間に目標を定め、
「――らっ!」
急降下からの蹴撃。
直後、複眼
――態勢を急転換、蹴撃で突きあげる。敵〈第一世代〉の青黒く変色した体表は、直後に血を吐き出して消えた。
「少し鈍ってはいるが、酷く衰えたもんじゃないな! 僕はまだまだやれる」
敵が銃撃を繰り返しても、再び跳躍機動で空中へ逃げる。たとえ粗悪品でも敵はアンノウンであり、身体能力は通常の兵士の数倍はあるはずだ。しかし、アーヴィングには届かない。
親衛隊アンノウン、内の〈第二世代〉でもトップクラスの機動力を誇った彼には。
地上に降りれば脚力が再び生かされ、巧みな回転技によって絶妙な攻撃を繰り返す。頭部へのオーバヘッド・キック。脚部への横蹴り。
「僕の強みは格闘だけだと思った? 残念、銃の腕も衰えちゃいないよ!」
九ミリ機関拳銃を取り出し、射撃。強化された筋力で手首にかかる反動を抑え込む正確な射撃。四十年以上も前の旧式銃であり、最新の防弾チョッキを貫通する威力も無い、彼の愛銃。
しかし、彼なら。銃は使用者によってその性格を変える。アーヴィングはその性格を引き出している。
「――っらぁ!」
そしてトドメは、やはり自慢の脚で。
軋む肉体を上げ、敵の腹に
「どうした、随分と骨の無い奴ばかりじゃないか。貴様らの仲間はもっと強かったぞ? ここにきて数に注力した弊害が出たんじゃないか、亡霊たちよ」
腰を深く落とし、大腿部の筋肉へナノマシンを。
「さぁ、もっと来いよ……今夜ここで壊滅させてやるからさ!」
*********
「……っ! 流石に疲れたって」
最初に狙撃を受けてから十分。グレースはフックショットを利用し、ひたすらビルとビルの間を移動し続けていた。
その過程でも複数回は被弾。移動の隙を突かれ、ワイヤーにぶら下がった滞空中を狙われるのだ。しかし敵の位置がわからない以上、同じ場所に留まり続けるのも良策とは言えない。
スーツの下に痛みが響く……マスクの補助機能も使用不能。
「だって俺、狙撃型だもん……
ステータスを視神経へ極振りした結果、〈狙撃型〉最高傑作が生まれた。代償として、それ以外の戦闘では仲間や敵に劣ってしまう。
だからこそ……
「だからこそだよ……これだけは負けられないんだ」
ふと、遮蔽物の外へ。全身を露わにして、撃ってくれと言わんばかりの状態で立ち尽くした。
直後、スーツの一部装甲をパージ。出来るだけ触覚神経が外部を感知するように、風をその身で受け止めた。
……ほら、来いよ。動かない的がここにいるぞ?
刹那、
「――よし、撃ってきたぁ!」
研ぎ澄ました感覚の中、こちらへ高速で向かってくる弾丸を見つけた。
しかし反応速度の問題で、この距離から避けるのは難しい。きっとセカンドやジョージならできたのだろうが。――だから、避けない。
パージした装甲は一部だけ。残った腕部の物で弾丸を受け止め、踏ん張る。
「……うぉ! 痛いしゴリ押しだけど、見えたよ!」
弾道はグレースより十九時の方向。その軌道を逆算して捉えたビルの屋上に、
――タイムラグは生ませない。瞬時にSRを構え、敵影を照準へ。
「やっぱり、お前もアンノウンか……流石にこの狙撃技術ならね」
見えたのは〈第一世代・狙撃型〉、そのグロテスクな顔と蒼い双眸。
――敵は位置バレに気が付いたか。移動を開始する素振りが見えた。
逃がすわけがない、逃げられるはずがないのに。
「ジ・エンド」
――射撃。弾丸は長距離によって初速が減衰し、やや放物線を描いていく。しかしそれは風に流され、グレースの思う所に命中。
ヘッドショット
「……終わった。俺のやれる事はやったよ。あとはアサヒだけだ、しっかりやってよね」
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