『裏切り者』
「――ねぇ聞いた? 特別区で大事故があったってニュース!」
「あ、それ今朝見た! そのせいで交通規制がどうのこうのって」
いつの時代も変わらぬ、東京の満員電車。晴天が、近未来化した首都圏を照らしている。
通学途中の女子高生たちがスマホ片手に、流れてくるニュースを観て。
「軍需企業の事故だから……武器が暴走したとか?」
「バカ言うな。特別区のビルに、そんな事故起こす武器があるわけねーだろ!」
「人為的なものだったりするのか? だとしても、交通規制だけは勘弁だ。仕事に行けなくなる」
通勤途中の若い男たちが、あやふやな情報を基に考察を進める。特に意味もない行為だが、実情を知らない彼らにとっては、面白いお遊びなのだ。『自分たちが世の中に関心を持っている、出来る人間』だと自覚するための。
「なぁなぁ! ネットだとさぁ、どっかの誰かが空撮した映像が出回ってんだぜ!」
「軍需企業ビルで発砲……『スーツとマスクを被った謎の人間』? こんなのフェイクに決まってんだろ」
「こいつらがテロリストだって話も出てるぜ? それを裏付ける情報も」
時代に沿って進化したSNSで、男子学生が楽しむ。どこから溢れたのか、確かな情報化もわからない、ネット世界の映像に踊らされている。再生されたその動画には『テロリストと交戦する八一五部隊』の姿。彼ら一般人は、その内容をエンターテインメントの一環のように観ている。
『謎の覆面集団、現る!』などというふざけた見出しと共に、殺し合いの映像を。
――彼らはそれぞれ違う理由で、その情報に向き合っている。しかし、それぞれに共通していることが一つだけ。
『――自分たちには関係ない』
これが彼らの日常。当たり前。
その様子をただ一人、傍観者の立場で。
新城アスカは悲観的に眺めていた。
なお、これらの情報は――数分後に強制消去されることになる。
**********
「――少しは楽になりましたか? どうぞ、コーヒーです」
「ありがとうございます、アサヒ先輩。……少しずつ、現実が見えてきた気がします」
国防省・親衛隊特務課
窓が一つもなく、外界から完全に閉ざされた情報処理室。
「無理をする必要はないですよ。……あの時は俺もキツイことを言いましたし。アスカさんのペースで慣れるしかありません」
「慣れ、ですか。先輩たちは完全に慣れちゃったんですか? ……戦いに」
「そんなわけないですよ。俺だって、本当はこんなクソッたれなことはしたくない。でも、それ以上に戦う理由があるんです――俺たち全員」
もっとも、あのような凄惨な現実に慣れてしまう程、悲しいことはないだろうが。
特別区での戦闘から、数時間ほどしか経過していない。当然帰宅などできるはずもなく、戦闘の後始末に追われた。
深夜の急な任務であった為、体には異常なほどの疲労感。空腹と睡魔によって、脳はほとんど動かず。敵アンノウンが見せた悲痛の表情が、彼女を縛り付ける。
コーヒーを一口流し込んで、アスカは呟く。
「……でも、受け入れるしかないんですよね。私が知らなかった、あの現実を」
「一般人には知る由の無いことです。俺はあなたが、全てを知ってここに来たのだと思っていたので、あんなことを……すみませんでした」
「私、これでも人並み以上には、知っているつもりだったんですけどね。国の事も、戦争の事も。先輩がいう程、一般人じゃありませんから」
情報処理室のモニターには、八一五部隊のアンノウン四名の〈ナノマシンコア〉、その情報が可視化されている。無論、〈ジャック〉と名付けられたアサヒのコアも。
彼らアンノウンにとって、第二の心臓たるこの装置。
生態強化情報がプログラムされたナノマシンを、肉体の強化部や全身へ送り込む
感情変化などに反応する性質も持ち、モニターには彼ら四人の感情が現れる。
現在のアサヒの感情は――哀れみと、謝罪の気持ち。
「先輩……あのテロリストたちは、一体何なんですか。……あのアンノウンは、一体何なんですか!」
アスカは悲痛な表情を変えず、アサヒに食いかかるように立ち上がった。
コーヒーを溢しそうになりながら、彼はそれに比例して後退する。
「……アンノウンは親衛隊の独自技術のはず。しかも政府の管理下にあって、外部で開発されることもあり得ない!」
身を乗り出し、アサヒに詰め寄る。少しだけ、涙ぐんだ表情で。
「教えてください。彼らは一体、何者なんですか? 私も組織の一員です。そのくらいの情報は知ってもいいはずです!」
「アスカさん……本当に知りたいですか?」
「昨夜のアンノウンは……『返せ』と、何度も何度も叫んでいました。死の間際には、『お母さん』と。そして先輩は、『すまない』と」
モニターの〈ジャック〉と記されたコアが、強く反応した。感情は、懺悔。
「私は、あの言葉の意味を知らなければならない。私にはその義務があるんです! ――そのために、私はここへ来たんです!」
――不退転の決意。それか、それらしいものを、アサヒは感じ取った。
彼女は何も知らない。ただ『知ったかぶり』をしていただけの女だ。
しかしそれが、これらから知ろうとしているなら。自分が今まで感じてきた、『当たり前の日常』を、自らの意志で壊してでも。それでも知ろうというのなら。
「……これらか教えることは、誰にも言わないで。では、一緒に来てください」
**********
「これは、」
「はい。昨晩、俺たちが殺したアンノウンです」
回収されたその遺体。保存用ポットの中で静かに安置されている。
「
……吐き気が催した。安らかに眠るその敵を、アスカの精神が受け付けない。
しかし、込み上げる物を抑え込んで、顔を上げて。
――決めたんだ。現実を知るんだと。
「我々が戦っているテロ組織は十年前、あの二次戦争が終わった頃に生まれました。」
「二次戦争……領土奪還作戦ですね?」
「はい。親衛隊はその少し前に。アンノウンはその戦争での秘密兵器として開発されました。――今で 言う、〈第一世代〉の誕生です」
「その話は知っています。関係者から習いましたので」
――日本が周辺大国からの侵攻を受け、戦場と化したのが『一次戦争』。
その後、奪われた領土の奪還を名目として勃発したのが『二次戦争』である。
これらの戦いは、彼らに大きな傷跡を残す。
新城アスカも、この時代で幼少期を過ごした。幼き少女には何が起こっているかもわからず、その家柄によって、安全圏で守られていただけで。
「目的は『少数の強靭な兵士による、戦術的優位性の確保』。……悲しく、非人道的な目的ですが、彼らはその運命を受け入れました。その体と人生を売ってまで、守るべきものに忠誠を尽くしたんです」
「……結果的に、その人たちはどうなったんですか?」
「合計で七人のアンノウンが完成して、戦場へ投入されました。それはもう、目覚ましい活躍をしたそうです」
目覚ましい活躍。その言葉の裏にある事実を、アスカは恐れながら訪ねた。聞きたくもない、しかし知らなければならない。彼らが、どれだけの犠牲を払ったのか。
「……その後は」
「全員、生き残りました。数人に後遺症は残りましたが、死ぬことはなかったんです」
死んではいない、その事実だけでひとまず安堵する。
その安堵を横目に、アサヒは続けた。
「その後、コマンダーたち〈第二世代〉が開発されましたが……一言で言えば失敗作です」
「えっ――しかし、このアンノウンは」
「奴はおそらく、第二世代の流用。しかも奴には……いえ、
……絶句。次第にアサヒの口調が強まる中、一瞬の沈黙。安置される敵アンノウンを見ながら、アスカの表情から血の気が引いた。
あれも元は人間。そうとは思えぬほどに醜く、生物的に変異したその姿が、全てを裏付ける。
そして、コアが無い。それが意味することは。
「つまるところは、人間体に戻れないわけです」
「――っ⁉」
物々しい空気が場を包む。胃を斬り裂くほどの恐怖と嫌悪感が、アスカを襲う。
覚悟は決めていた。現実を、彼らの戦いを知らなくてはならないと。それが自分の『義務』だと。しかしこればかりは……
彼女の中ではまだぼやけている、『敵』という存在。その存在が、なぜそこまでの事をするのか。彼女にはまるでわからない。
アサヒは唇を噛みしめ、より強く言葉を放つ。感情に任せて壁を殴り、部屋のガラスが大きく揺れた。
「流出したんですよ……第一、第二世代とナノマシンの技術が! 奴らに持っていかれたんですよ!」
「そ、そんな――、なんで⁉」
頭を掻きむしりながら、怒りを露わにして。アサヒの声が荒ぶる。
「戦後、親衛隊内部にとある男がいました。そいつは戦後に作られたアンノウンで、尚且つ『最後の第一世代』だったんです。……裏切ったんですよ、その男が」
「……裏切り、」
「開発データと、アンノウンである自分の体。奴はそれを持って消えた! ――大勢の同胞を殺して!」
頭では混乱している。しかし、もうおおよその話は見えた。
その『裏切り者』が持ち出した技術を、既存のテロリストが手に入れたか。もしくは、裏切り者自身がテロ組織を創ったのか。
二次戦争の後、国内では様々なイデオロギーが入り乱れていた。無論、テロ行為を手段とする別組織も存在していた。していた、のだ。
それらの危険分子は、数年前に親衛隊が軒並み排除している。これには八一五部隊は関わっていない。ただの危険分子なら、そこらに群がる虫と同じ。人間の力で事足りるのだ。
――しかしそれが、人間でなかったとしたら?
「俺たち〈第三世代〉は、対アンノウン用として開発されました。……そう、奴らと戦うためにね!」
「――その人は……その男はなぜ裏切ったんですか⁉ 何が目的で、そこまで」
「わかりませんよ! 奴の行動も、裏切りの理由もまるで不明です! だからこそ俺たちは」
コアが鼓動を上げる、その胸をぎゅっと抑えて。うっすらと涙を浮かべて。
「だからこそ、俺たちは『裏切者』を追います。それが親衛隊の……八一五部隊の目的です。そこまで戦い続けて、辿り着いて! 辿り着いた先に、俺が、俺たちが探した答えがあるんです」
「……先輩」
「全ての始まりはあの戦争だ。俺たちも、奴らもきっと、あの戦いが残した傷跡に苦しめられる、奪われた者たちなんですよ」
呼吸が荒くなった。泣くのを抑えようと必死で、強く息をした結果。
――シナリオの全貌は、大方知ることが出来た。しかし、アサヒの涙の理由。戦う理由は、まだ知る由もない。それをどこで知ることが出来るのか? ――どこかで、その時までついていくのみ。アスカはそう感じた。
「……あまりここに長居はできません。行きましょう、」
「――先輩! ……最後に一つ、お伺いしてもいいですか?」
「……なんです?」
アサヒの袖を掴んで呼び止める。
「――先輩は、一体何を探しているんですか?」
「……真実。父と母の痕跡、ですかね」
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