『真実』

 時は進み、二〇四六年

 サヤの死から数か月後。〈二次戦争〉は領土奪還に成功した日本の辛勝で集結した。その勝利の背景には〈親衛隊〉と、彼らアンノウンの活躍が少なからず影響を与えていたと言われている。ヒトの体を捨て、死をかえりみなかった者たちの戦果だ。

 

「それでも俺たちは、犠牲を払い過ぎた」


 多くの戦友が、多くの罪なき人が、……彼らの大切な人が。空虚な勝利の糧となり、ミクロにも満たない歴史の一部に刻まれる。

 だからこそ俺たちは、その〈犠牲〉を忘れてはならない。何年、何十年が経っても。サヤのような犠牲者を


「シンヤ……サヤさんのことは申し訳なかった。でも彼女のような犠牲があったからこそ、勝利が掴めたんだ。人類の歴史だって、多くの犠牲を積み重ねて彩られてきたんだ」


 ――エイジュさん。あんたに謝られても、サヤは戻っては来ないんだよ。

 人の死に価値を見出せるのは強者の特権だ。この人は強い男だから、その犠牲が結果に見合っていたかどうかを見極めることが出来る。……俺には出来ない。いや、出来てたまるか。


「辛いのはわかる。だが、俺たちは前に進まなきゃいけない。……犠牲の果てには、新しい時代が待っているんだ」


 何が「わかる」だ。強者のあんたに何がわかるってんだ。

 だってそうだろう? 俺はサヤを失った。戦友たちは仲間を、その家族だって大きな存在を失っている。でもあんたは? 

 

 そう、心の中では感情が渦巻いていたけれど。俺は何も言わなかった。


「……そこでだ。シンヤ、折り入って話がある。俺からの個人的な話ははなく、親衛隊という組織からのお達しだ」

「親衛隊が、俺に?」


 俺はこの時、自分がどんな目に遭うのかを予想した。辿り着いた結論が、「消される」ということだった。それが必然的だろう。アンノウンの存在を無駄に知りすぎて、組織の内側を見た外部の人間なのだから。


「この戦後世界で、社会は大きな混乱を迎えることになるだろう。それは最早、国家だけでは統制しきれないほどにな。……親衛隊の次なる使命は、社会秩序を影より支えることにある」


 なのに、俺の運命は予想だにしなかった方向へ開けた。


「よって我々は、その戦力として〈新型アンノウン〉を開発することになった。楠木シンヤ、お前はその一員としてスカウトされたそうだ」


 後の、〈第二世代アンノウン〉の誕生だ。しかし「一員としてスカウト」とは、都合のいい言葉選びだ。言い換えれば、「危険分子はこちらへ引き込んでしまおう」という魂胆だろう。


「俺をアンノウンに……それはまた、どうして」

「実は、密かにお前の遺伝子を検査させてもらったんだ。……すると驚き、ナノマシンとの適合確率がそれなりに高水準だったらしい。組織としては、そんな人材が身近にいるなら是非ともってことなんだろう」


 適合確率、なんとも信じがたいことだ。一体いつから俺は、被検体のように観られていたのだろうか。

 社会秩序を守るための戦力。戦いの先には次なる戦い。……嫌気がさしてくる。

 それに何年か経てば、人々は過去の戦いを忘れていくことだろう。同時に、犠牲になった者達を想う人間は減っていく。何も失っていない連中は、特にだ。そんな秩序など、一体どこに守る価値がある!? そんなものはサヤに比べれば……彼らの価値に比べればクソ以下だ!


「俺は……」


 俺はそんな秩序のために戦い続けるのか? 冗談じゃない。しかし、どうせ拒否すれば殺されるに違いない。

 俺が戦う理由は、強くなる理由は――


「俺は、――忘れさせないために、そのために戦いたい」

「やってくれるのか?」

「はい。全てはサヤのために、奪われた者たちのために」



*********



 その後に俺は親衛隊へ加入。ナノマシンと他生物融合ゲノム手術は成功し、俺は〈第二世代アンノウン〉として開発された。

 俺はこの力を利用して、長い長い戦いを始めていく。犠牲を弔うための聖戦を、人々の記憶に深く刻み込ませるために。

 

「そして、あんたは何も失っていない。だから俺と同じ存在を、大切な人を奪われてもらう。それはあんたが言うような、未来にとっての〈必要な犠牲〉ですよ……エイジュさん」


開かれた俺の銃口は、最初の標的を定めた。俺が犠牲とするべき最初の人物、神谷エイジュの妻・〈神谷ユメ〉へ――



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