終章・二 向かう先は

『向かう先は』

「これが全てだ……お前の父親の過去だよ、アサヒ」


 楠木は全てを語り終えた。父との出会いも、十二年前に何が起こったのかも。母を殺した理由も、全て。

 楠木に馬乗りになったままのアサヒは、流血よりも多い涙を拭う事さえしなかった。楠木が苦しみを、悲しみを、怒りを、憎しみを、全ての感情をぐちゃぐちゃに吐き出したような、そんな雰囲気に圧倒されていた。十年間抱え続けた「忘れさせない」という思い。大切な人のために、絶やす事の無かった戦意。

 大切な人のために、ヒトを捨てても戦う。その意義は、妹と共に進むために戦い続けたアサヒと同じ。楠木の想いが、彼にわからぬはずがなかった。

 それでも、


「貴様は……何の罪もない母さんと、大勢の人々を殺した。その事実と、俺が抱える貴様への憎しみは変わらない。俺がこの手で、貴様を殺す!」


 アンノウンとして、神谷エイジュとユメの息子として、この負の連鎖に終止符を打つ。それこそが自分に課された使命。


「……そうだ、そうしてくれなければ! お前は英雄となって、人々が〈犠牲〉を忘れないための象徴になる! お前の両親も、それで報われるさ……」


 ――あぁ、本当にもう……クソッたれ。

 アサヒは拳銃を拾い上げ、楠木の額へ向けた。待ち望んだこの瞬間、しかし手が震えて仕方が

ない。

 それに、なぜだ。せっかく仇を討てるというのに……この虚しさは。


「じゃあな。あの世で、大切な人に会えるといいな」

「……いや、俺はサヤのいる天国には行けないさ。悔しいことに」


 この言葉が、アサヒがかけられる最大限の情け。結局、楠木シンヤも自分と同じなのだから。

 

「お前も親衛隊も……せいぜい気を付けろ。一人の思いの背後にあるのは、醜く大きな思惑だ。憎しみを絶やした先にあるのは、新しい怒りの矛先だ。……それを肝に免じて、これからもユウヒを守ってやれ」


 銃口を嬉々として睨みつけて、楠木は言った。言葉の真意は今こそわからないが、きっとそのうち気付く。「ユウヒを守る」なんて、言われなくてもそのつもりだ。

 弾丸は既に薬室に入っている。ゆっくりと撃鉄ハンマーが下がる。


「……それじゃ、で待っているよ。エイジュさんもきっと、そこにいる」


 ――発砲。アサヒは自らの手で両親の仇を討ち、同時に、数多の惨劇を生み出したテロリストを殺した。

 戦い続けた先にあったものは、アサヒの知らない過去。虚しく残る破壊の痕跡。彼は達成感を押し殺すほどの悔しさに侵され……泣いた。


「あぁ……っ! 母さん、父さんっ……俺は! 俺は……」


 こうして、楠木シンヤを首班としたテロ組織による〈リマインド計画〉は終結した。彼らの長い戦いが招いた結果は、彼らが望んだものになるのだろうか。

 それを見定めるのは、この現実を見てきた者にしかできない――



*********




 〈リマインド計画〉から二週間後


「先輩、お体はどうですか?」

「……アスカさん?」


 国防省の屋上。晴天の下、痛々しい傷跡が目立つ東京の街を、アサヒは見つめていた。そこへ不意に、アスカが声を掛ける。


「俺はもう大丈夫ですよ。……大丈夫じゃないのは親衛隊でしょう」

「確かにそうですね。〈ファントム〉がいなくなったとはいえ、彼らを生んだのは親衛隊ですから。責任追及の嵐はやみませんよ」


 事件以降、親衛隊とアンノウンの存在が世間の知る所となり、政府はそれらを認める運びとなった。世論は親衛隊を、「平和と秩序を守り続けた英雄」と呼ぶ声もあれば、「テロを生み出した元凶」と糾弾する声もある。どちらかと言えば、後者の方が圧倒的に多いのだが。


「……さて、俺たちアンノウンはどうなることやら。生物兵器として解剖の末に処分されるか、あるいは英雄のままあがめめられるか」

「後者である事を願いたいです……」


 何よりも、〈強化人間〉と〈ナノマシン〉の情報が国際世論を揺るがした。

 それは彼らを「非人道的な生物兵器」だとを非難するものが多い。が、それが諸外国にとっては建前である事は容易に想像できる。


「世界中が、でしょうね。どれだけ残酷な物だとわかっていても、国家という大きな存在にとっては道具に過ぎない。……復讐心だとか、忠誠心だとか。そういう人間の心理につけ込んでしまえばいい。そしてまた、新しい〈犠牲〉を生んでいく」


 言うアスカの表情は悲観的ながらも、どこか皮肉を交えたような雰囲気を醸し出す。

 その〈犠牲〉はやがて憎しみを生み、楠木のような人間を増やしていく。


「それが現実になったら、先輩たちが戦った意味って……どうなっちゃうんですかね」

「……さあね! その先がどうなろうと、俺たちはやれる事をやった。今はそれで十分じゃないですか?」


 知らん顔をするわけではない。それでは、楠木が憎んだ平和依存者と同じだ。だけど今は……今だけは。自分の人生にとっての通過点を、心から見つめたい。

 彼らが戦った理由は、「過去に取り残された自分達が、前に進むため」なのだから。


「……いずれ、このナノマシンコアを供養する時が来るといいです。でも外したら死ぬので、一生付き合っていくことにはなりそうけどね」

「アハハ。――でも、きっと来ますよ」


 目の前の敵は、倒すべき〈亡霊ファントム〉は成仏した。現在は残党狩りが行われているが、奴らもそう遠くない日に降伏するだろう。

 ――ようやく、終わったんだ。



*********



「お二人さん、それはまだ少し先になるかもね」

「「あ、コマンダー!」」


 音も気配もなく背後に立つのは、大月タスク。彼もこれまで、大きなものを背負って戦い続けてきた男だった。しかし事件以降、優男顔の裏で張り詰めていた何かが、和らいだような雰囲気を持っていた。

 ……そのはずだった。昨日までは。


「どうしてんですか? そんな敵でも現れたような顔して」

「あぁ、そうね……出たのよ、敵が」


 大月は握りしてていた書類を掲げ、告げた。


「うちの諜報部が、楠木の周辺を洗ってみたんだ。……そしたら出るわ出るわ。〈ファントム〉に絡んだの痕跡が!」

「が、外部組織?」


 ふう……と、一つため息を置く。下りた肩の荷を、倍増して乗せられたようで。

 アサヒらもその雰囲気から、悪寒が止まらない。


「アンノウンの存在があるとは言え、ただのテロ組織が、独自にここまで大々的な戦闘力を持てるはずが無かった。そう思っていた通りで、国際ネットワークの裏ルートを通じた取引が行われていたんだ。主に精密機器や武器なんかがね」


 その手のやり口なら、世界中のどこのテロ組織にも見られる。主に麻薬や人質、強奪した資金と引き換えに、どこかの国や企業から武器を買い取る。楠木も例外ではなかったのだ。

 問題は奴が、どこと取引をして、何を対価としていたか。


「……奴らはその引き換えに、ナノマシンの技術を流していた! 少しずつ、パズルピースを渡していくかのように」

「……ちょっと待ってくれよ。それじゃあその相手が、アンノウンを造ってもおかしくないってことか!?」

「そうだよ、クソが! ――で、取引相手の組織なんだが。いくつかある中で、この名前が出てきた」


 大月はバサッと、証拠書類を見せつけた。

 瞬間、聞き覚えのある名前に肝を冷やす。


「……CIA? って、アメリカの!?」

「本当に最悪だ! ……一応、ナノマシンを流したのはCIAだけのようだが」


 よりによってナノマシンは、世界最高の諜報機関へ渡ってしまったらしい。

 アスカが言った、「世界中が欲しがる」どころではない。アメリカは既に手に入れているのだ。楠木が最後に残した、最悪の置き土産だ。

 アメリカは二〇五七年になっても、超大国の座を維持し続けている。かの国が、こんなにも美味しい技術を利用しないはずがない。


「これからは少々、アメリカと揉める事になるかもしれないな。 ……なんせ我々は、アメリカにとって最高のデータベースだろうから」


 ――これで終わりではない。

 「一人の想いの背後にあるのは、大きな思惑」。楠木の言った通りだった。あの男はこれを見越して、アサヒに言葉をかけたのかもしれない。

 なんにせよアサヒが、八一五部隊が解放されることはない。立ちはだかる敵を殺し、負の連鎖を倒し続ける。……その果てが見えるまで、いつになるかはわからないけれど。


「――ったく、国家ってのはどうしてこうなんですかね。……でもまぁ、結局はやるしかないんでしょ?」

「申し訳ないが、そう言う事だ。アスカさんはどうする?」


 大月はアスカに問う。アンノウンであるアサヒと違い、彼女は人の体だ。親衛隊に入った経緯も、祖父である〈大路ソウイチロウ〉の事があったから。大月にとってもこれ以上、アスカを組織へ留めておく必要はない。

 その問いに、アスカは迷うことなく答えた。


「もちろん、私もお供します! ……先輩、これからもよろしくお願いします」

「了解! 俺も最後まで引っ張っていくので、覚悟しておいてくださいね」

「さ、最後まで……? り、了解です!」


 戦いの先には、新たな戦いが待っている。平和と言うのは、次なる戦いまでの準備期間でしかない。歴史はそうして繰り返されてきた。

 しかし、その災禍で生まれた〈犠牲〉を、決して忘れてはならない。

 次の時代を生きる者の使命は……かつての〈犠牲〉を背負い、その想いを受け継ぐことにある。

 彼らは、その使命を胸に刻む。そして、〈犠牲〉が繋いだ今ある命を生きていく。その者たちが見ることが出来なかった、未知アンノウンの領域を――――





アンノウン・アポカリプス  〈完〉




 





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アンノウン・アポカリプス hard(ハルト)少佐 @yamami_syosa

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