第三章 進む者、囚われる者

『短冊に願いを』

 二〇五七年 七月六日


「――っりゃ!」


 本日は、否、本日も任務に励む日々。〈ファントム〉による散発的なテロ行動を抑制しテロの芽が生えればそれを摘む。

 現在はファントム構成員との戦闘行動中。

 いつもの如くグレースの狙撃による援護の後に、格闘戦へ持ち込む。ブレードで切り裂き、それでもって拳でなぶる。敵が装着する硬いヘルメットもアンノウンのパワーを以て叩き潰す。


「逃げた……グレース、頼む」

『あいよ――よし、終わりっと』


 上空のヘリから狙撃。残敵は掃討され、目撃者がいれば別班が対応。

 淡々と殺人という内を秘めた仕事をこなす。

 チェンという新型アンノウンと対峙した以上、他の事は彼らの苦労の中にカウントされなくなった。今後はアレと同じような輩が現れる可能性が高いために、油断はできない。

しかし、それ並に厄介なことが近日起き続けていた。


『先輩、ジョージさんの方も終わったらしいです。速やかに引き上げて、ポイントDで合流しろと、コマンダーのお達しです』

「了解」


 セカンドのモニター担当・アスカも、いつものようにナビゲーション。この仕事にも次第に慣れてきた様子。慣れない方が本人の為ではあるのだが。


「……グレース、こんなことは初めてだよな。俺たち四人がバラバラに行動するなんて」

『たぶん、前例ないと思うね。無駄に場数を踏んでるから、よく覚えてないけど』

「うん。おかげで戦力が分散されて、排除任務にもいつも以上に手がかかる」


 厄介なこと――それはそう言う事。

 本日の任務は同時発生したテロ事案に対応する為、八一五部隊はセカンド・グレース、ジョージ・フランセスの二班に分かれている。部隊の指揮はコマンダーが遠隔で行っているが、正直守備範囲が厳しい。一つの戦場に集中しなければ、指揮や異常への対応に支障をきたしかねない。


『戦力分散、怖いですね』

「本当に。四人揃ってこその部隊ですから、もしアンノウンが現れれば対応しきれない可能性が高いです」

『最悪、死ぬかもね』


**********


「今月に入って六度目だ……流石にこの頻度はおかしい」


 国防省に集結した八一五部隊は近日に発生したファントムの行動を分析している。東京都内の地図を持ち出し、発生日時と当時の敵戦力をマーク。アスカや他のオペレーターは事務作業に当たっていた。


「しかも全て、二つの動きが同時に起こっている。その度に俺たちは、戦力を分散して戦わなければならない。まるでそれを狙っているかのような――いや、狙っているのか」

「だとしてもよ。私たちをバラしておいて、どうしてアンノウンを出してこないのか。そこが引っかかるのよね……」

「アンノウンがいなくなったのか、戦力温存か、それとも別の何かか」


 全員が腕を組む仕草。これまでのファントムの行動を考察しつつ、地図のポイントへペンを伸ばす。


「最初は、検察庁への戦闘員侵入。同時に警察庁情報通信局への自爆テロ――これは未遂に終わったけど」

「次は軍需企業と、その傘下の施設に侵入事件」

「今度はいきなり横須賀に飛んで、海軍施設への攻撃。挙句の果てには秩父の山奥にある科学研究所だぜ? しかも全部が小規模だし……もう、何がしたいのかわかんないや!」


 統一性が無く、しかしほぼ同時に発生するテロ行動。大規模な戦闘員を出すわけでもなく目的もあやふやなまま。共通していることと言えば、それら全ての行動が大した効果を及ぼすわけではない、という事。テロならば行政省庁などに対しての攻撃などを行うのが常套じょうとう。逆に言えば、それが無いのだ。これが余計に困惑を招く。

 コマンダーは、頭を掻き毟って唸る。


「なんかな……意味のないように見えて、でもそうとは言い切れない感じ。何か、戦略的なものを感じる」

「分散が目的にしても、そのタイミングで叩いてこないのはおかしい。俺が奴らの親玉なら、まさにそこでアンノウンを投入します」

「……こちらの注意を欺きにきているのか? 散発的で頻度が高ければ、こちらの目が定まらない――現にその状況だ」


 アサヒは、まるでわかりませんという顔を浮かべる。過去に経験のない事例に、八一五部隊は対応策を出しかねていた。

 そもそも、コマンダーを除いた彼らはそもそも軍人ではないのだ。その素性と戦争への怒り、ナノマシンへの順応性を買われた元一般人も集まりである。親衛隊という組織自体、軍と言う枠組みではない。その実働部隊である彼らにとって、戦略的なことは専門外。

 ふと、会議に混ざらずにくつろいでいたダンジが言った。


「ま、そんなことを俺らが考えてもしゃーないさ。作戦は上のお偉方に任せて、俺たちが死ななければそれで良し」

「そ、そうですよ! 皆さんが無事に任務を遂行できれば、それで……すみません、出しゃばりました」


 アスカが呼応した直後。新米がわかったようなことを言うな、とでも言いたげな視線を向けられ、委縮した。


**********


 視線を向けつつも、二人の言葉に気が和らぐ彼ら。

 アサヒがうんと、背伸びをして言った。


「確かにそうですね。俺たちに出来るのは、現場の事だけですし。コマンダーが俺らを死なせてくれなければ、それで」

「……わかった。後の事は、僕が長官らと話し合っておく」

「コーヒーでも飲もうか」


 エリナが席を外し給湯室へ向かう。

ふと、アスカはスマホを見て明日の日付を思い出した。


「そうだ、明日は七夕ですよ! 折角だから、みんなで短冊でも飾りましょうか!」

「そう言えばそうだった。短冊、気晴らしにやりますか」


 彼らが死ななければそれでいい。なら、その思いが天の川に届くように、と。

 アスカの無邪気な提案は採用された。


「短冊の笹はどうするのさ」

「庭の松の木から、枝取ってくるか。国防省のだけど」

「それ、コマンダーの僕が怒られるやつだから」


**********


 皆で地図に向かい合う重々しい空気から一変。紙を長方形に切り、笹の代わりの松を設置して。短冊にそれぞれの願い事を書く。

 アサヒのスマホから流れるネットニュースでは、キャスターが昼の報道を読み上げていた。


『明日に発射予定の新型人工衛星〈やまと〉。その準備は着々と進められ、宇宙の夢へとその翼を輝かせています。三十分後には、〈やまと〉搭乗員による最後の記者会見が開かれる予定で……』


 BGM代わりのニュースでは、世間が注目する人工衛星についての報道。どこのチャンネルでも基本的にはこれ一択。マスコミはいつの時代もネタに敏感であった。


「そうか、明日だったのか。例の人工衛星」

「確か、国防軍の技術局も開発に関わったんですよね。莫大な予算をかけて、国の復活の象徴にするんでしたっけ」

「七夕に合わせるとか、トップはロマンチストかな」


 ふと、アスカがエリナに身を寄せる。


「エリナ先輩、どんなお願い事するんです?」

「私はねー……もっと休みが欲しいですって」

「あ、うん……はい」

「なによ、その反応は」


 微妙、と言いたげな反応を見せる。

 そして待っていたかのように、自分の短冊をさり気なく出した。


「アスカちゃんはなんて?」

「私はさっきも言った通り、皆さんが無事に任務を終えて、帰って来れますようにって」

「ま、そうだろうと思ったわ」

「ダメですか?」

「そんなことないわよ。……本当、健気で可愛いんだから!」


 女性陣が寄り合う光景を横目に、男性陣の筆は進まない。

 適当な事でいいか、と書いてみる。夢が無くとも、日常的な事。

「もうシスコンって言われませんように」

「これ以上強い敵が出ませんように」

「ゲームが欲しい」

 その中で、ダンジの筆だけが進まなかった。


「ダンジ先輩、難しいですか?」

「ん……強いて言えば、『もう外国人とは戦いたくない』とかかな」


 意外だった。八一五部隊の口から、「戦いたくない」なんて言葉。

 部隊は墨田基地で中国人アンノウンと戦った。それを気に留めての事なのだろうか。

 アスカはふと、思い出す。


「そういえば先輩、どうして中国語を? どこで習ったんです」

「あー、それ聞いちゃう? ……ま、いずれは話さなきゃだしな」


 短冊を置いて、代わりに口を動かす。その表情は酷く曇っていた。


「俺、親父が中国人なんだよ」

「――え? 先輩、ハーフだったんですか」

「……俺は一次戦争の頃、九州のとある街に住んでいた。親父と母親、当時五歳の俺で三人。中国語を話せるのはそう言う事だ」


 無論、仲間たちは知っているという前提で話す。

 唖然と聞き入るアスカを前に言葉を止めない。嫌なことはさっさと話してしまおう、と。


「戦争が始まって、俺の街も被害を喰らった。街には発電所があってな、そこを空爆されたんだ。……その後に、敵がやって来てよ」

「……」

「みんなが恐怖する中で――俺たち家族は無事だった。親父が中国人だったから。……ただ、それで周りからどう思われるか。想像つくだろ?」


 言葉が出ない。

皆が恐怖し、全ての日常を奪われる。その中で少しでも優遇された、そのうえ人種の違う者が受ける理不尽――偏見と差別。


「あの父親はスパイなんじゃねぇか、あの家族だけ何も失わなかった。……何も失ってないわけねぇ。十年後の二次戦争を経て、俺は親衛隊と出会った。数年後にファントムの奴らが現れて、それを機に入隊して。第三世代候補になり、今に至るってわけだ」


 桐山ダンジは現在二十七歳。幼い頃から戦いの渦に飲み込まれ、抜け出せなかった被害者。かつて加害者として、いわれ無い扱いをされて。仮初の平和を創るまでに積み上がった、いくつもの犠牲を見てきた。その中に自分もいる。

 部隊の中で年長者で、お調子者で、それでも笑いを絶やさず指揮を保とうとする。アスカがこの数か月で見てきたダンジのイメージとは裏腹。これを語る彼は、また違う人間に見えた。


「まぁなんだ。俺は自分の過去を払拭したくて、半分自棄やけになって強化人間になったわけだが。……ここでこいつらと出会って、それぞれが背負うものを知って、学んだ」


 ふと、笑って。


「戦いってのは、壊したり奪うだけじゃない。己の未来のための手段でもある。――死ぬ気で戦うのと、死んでもいいと思って戦うのは違う。過去を拭うためじゃなく、明日を生きるために戦う。ファントムの連中もきっとそう……チェンのように、俺たちと同じなんだ」

「同じ人間を、囚われた過去から解放する……そういう事ですか」

「そうだ。アスカちゃんもわかってきたじゃねぇか」


 ダンジは、少し深呼吸をした。涙ぐんでいるように見えたが、表情は笑っていた。


「柄でもない事言っちまったな。――さ、短冊飾ろうぜ! みんなが生きて帰れるように、だろ?」


 再び短冊を取り願いを書く。少しばかり、新米のアスカに感化されたようだった。



 

 








 

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